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二ヵ国による合同研究もひと段落付き、隣国からやって来た魔術師達の帰還の日が迫っていたこの日、打ち上げと称し研究に関わった魔術師だけでの宴もとい宴会が開かれていた。
研究に取り組む間、魔術師達は国境を越えて親睦を深め、無礼講に酒を酌み交わせるほどまでの仲になっていた。
飲めや踊れやと騒ぐ中、緊張感漂う席が一カ所。
隣国の王弟リャドムと魔術師長の席だ。
ちなみ、今回は研究に参加していないフェルークは欠席しており、代わりに元高位貴族で同じ班のフルドがリャドムの隣りに座っていた。
無礼講な空気に馴染んでいるリャドムであるものの、王宮魔術師達はさすがに隣国の王族であるリャドムに対し、礼を欠くことなど出来ず、それなりの節度を持って接していた。
「はぁ。」
リャドムは深くため息を吐くと、酒の入ったグラスを卓に置いた。
それを見逃さなかった魔術師長は、すかさずリャドムへ声を掛けた。
「如何されましたか?」
「あ、いえ。どうということは無いのです。ただ、もうこの国を立つのだな、と思うと離れ難くて。」
それは、離れ難いのは誰でしょうか?
魔術師長は額を滑る汗をサッと拭った。
討伐、つまりニーナが森に更地を作って以降、リャドムからニーナの名前をとんと聞かなくなったのだった。
研究が大詰めになった事も影響しているかとも思うが、その言動は顕著で、ニーナに会いに行く事も、『ニーナさん(?)』について語る事もなくなった。
先頃の出来事で千年の恋が覚めたのだと、王宮魔術師の中では専らの噂だった。
何しろ、恐ろしい怒気を撒き散らしながら、悪魔の如き形相で敵を殲滅していたのだ。
たまに叫ばれる「駆逐してやる!」という声が余計に恐怖を煽ったという。
そんな姿を見れば、今までの幻想が粉々どころか原子並みに粉砕され、嫌でも夢から叩き起こされるというものだ。
だがここで、先程のリャドムの台詞。
実はまだ覚めていなかった、てやつなのか?
横で聞いていたフルドも口の中にあった酒を、ゴクリと音を立てて飲み込んだ。
「これ程長く滞在すると、どうしても情が湧いてしまいますね。」
ああ、土地に対してだったのね。
と、魔術師長とフルドはそっと胸を撫で下ろした。
「そんな風に思って頂けて、こちらとしても嬉しい限りです。」
「本当にこの国では多くの事を学び、多くの人と出会うことができました。あの人とも会うことができましたし。とても貴重な経験をいたしました。」
ピシリと二人は固まった。
そんな二人に気付かず、リャドムは話を続けた。
「ニーナさんが竜殺しの魔術師だったのですね。」
先日の討伐でニーナが『竜殺し』である事が知れたことを魔術師長は思い出した。
『竜殺し』の事を隠していたという後ろめたさから、魔術師長は苦笑で応えた。
「先日見た魔術は凄まじいとしか言いようがありませんでした。蘇生するかのような治癒に全てを薙ぎ払うような攻撃。間違いなく、ニーナさんは最高峰の魔術師です。しかし、なるほど、私には勿体無いほどの、過ぎた人だったのだと改めて感じました。ニーナさんは、私には高嶺の花だったのです。」
そこまで言うとリャドムは物思いに息を吐き、遠くを見つめた。
「魔術を使う彼女に、魔術師として嫉妬を覚えました。同じ魔術師として、遥か高みにいる彼女に、きっと私は小さな自分が恥ずかしく妬んでしまいます。なにより、魔術を使う彼女はとても恐ろしかった。恥かしながら、正直、非常に怖かった。あの時は、怖すぎて動く事も震える事もできませんでした。」
魔物が殲滅される光景を思い出したのか、リャドムは自分の腕を抱き、ブルリと震えた。
ニーナが目の前で色んなものを破壊する様を見ている二人もその時のことを思い出し、同じように自分の腕を抱き、ブルリと震えた。
「私が恐ろしかった、という事はよく伝わりました。」
「目の前で更地が出来たら怖いだろうな。僕も屋敷が半壊したときの事を思い出すと足が震える。」
「その節は失礼いたしました。」
「何はともあれ、目下の悩みが解消されて良かったじゃないか。魔術師長も安堵されていたよ。」
確かに、この件に関しては魔術師長も殿下も胃を痛めていたからなぁ。
私も頭を痛めたけど。
昨日行われた魔術師の打ち上げであったことを、わざわざ騎士団医務室まで来てくれたフルドから私は聞いていた。
リャドム様の衝撃の好意には手を拱いていたのは事実。
断るつもりではいたが、気がないからといってバンバン押してくる好意を国交問題になりかねはいから無碍に扱う事もできず、かと言って親身に接したら思わせぶりな事をして弄んだと言われかねず、結局国交問題に発展しかねない。
男女の駆け引き系の経験が乏しすぎる私には、問題無く解決する方法に苦悩していた。
まさか、こんな思ってもみなかった形で解決するとは。
怖すぎて振られるなんて、乙女として素直に喜べない。
「千年の恋も冷める恐ろしさの魔術師、か。」
何だか新しい二つ名が生まれそうである。
「まあ、それだけが理由じゃないみたいだけどな。」
「どう言うこと?」
小さく発せられたフルドの言葉に、私は意味が分からず聞き返した。
フルドは少し考えるように間を空けると、「いや」とだけ言い私の出したお茶を飲み干してその場を濁した。
「取り敢えず、そういう事だから。僕は確かに伝えたよ。」
フルドはそう言うと素早く立ち上がり出口へと足を向けた。
完全に逃げの体勢である。
よかろう。私も鬼じゃない。今日の所は見逃してやろう。
そそくさと逃げるフルドの背を見送りながら、私は残りのお茶を一人楽しんだ。
「それに、」
リャドムはそうポツリと呟いた。
その呟きは本当に小さく、宴会の喧騒に掻き消されてしまいそうだったが、今までと違う声音で発されて言葉に、フルドの耳は自然と傾いた。
フルドは横目にリャドムをチラリと見た。
リャドムの視線はどこか遠くを見ており、ここには居ない、誰かに思いを馳せているようだった。
その瞳は悲しげに揺れ、少し俯く横顔からは哀愁を感じた。
「あれを見たら、彼女の心が誰にあるのか、すぐに分かりました。」
フルドはそれを聞き、リャドムの本当の気持ちにハッと気付いた。
フルドは先の討伐に参加していなかったが、現場に居合わせた者から粗方のことは聞いていた。
彼が怪我をした際、一番に駆けつけたのは彼女だったのだという。
青ざめた顔に今にも溢れそうな雫を瞳に宿し、彼女は彼へと駆け寄ったのだそうだ。
必死に彼の名を呼ぶ彼女の声は、周りにいた者の胸を打ったそうだ。
その場には、勿論リャドムもいた。
近くでその様を見ていたリャドムは、嫌でも彼女の心を知ってしまったのだろう。
彼も、僕と同じだ。
彼も彼女の心を目の当たりにしたのだ。
フルドはリャドムの杯に酒を溢れる程注ぎ足すと、己の杯にも同じように酒を注いだ。
リャドム越しに魔術師長が「何をしているんだ」と慌てる様子が見えたが、フルドは気にせず己の杯を持ち上げた。
「今日は無礼講ですよ。飲んで騒いで、楽しい思い出をお持ち帰り下さい。」
フルドはそう言うと、キョトンとするリャドムに無理矢理杯を持たせ、カンッと音を立てて互いの杯を合わせた。
そしてフルドはそのまま自分の分を一気に煽り、溢れる程注いだ酒を全て飲み干した。
ふー、と息を吐くフルドを呆然と見ていたリャドムは数回、目を瞬かせると、手に持った杯を見つめ、意を決したように中身を一気に煽った。
リャドム越しに魔術師長が「ひえー」と言うように顔を青ざめさせていたが、フルドはそれを見ない事にした。
酒を飲み終えたリャドムは「はー」と深く息を吐き、吐き切ると次は声を立てて笑い始めた。
それには流石のフルドも、「ご乱心だー!」と狼狽する魔術師長に同意せざるおえず、「失敗したかな」と背中に冷たい汗をかいた。
リャドムは一頻り笑うと目尻に浮かぶ涙を指で拭うと、改めてフルドの方へ向き直った。
「ありがとう。」
フルドを見送って暫くしてから、そろそろ常備薬を作ろうかと思い腰をあげると、入り口から控え目なノックの音が聞こえた。
誰だ?
この「叩いていいかな、やっぱり止めようかな、いやでもな」と言う葛藤の末行われたような控え目なノックは、ここの騎士達のものではない。
彼等は取り敢えず行動する派が大多数を占めているので、もっと主張したノックを行う。
場合によってはノックすらない。
私は首を傾げつつも謎の客人を出迎えるべく、扉へと向かった。
「どうぞ。」
そう言って開けた先には、何とも言えない顔で佇むマドカちゃんがいた。
「あの・・・・・・。」
どう言葉を切り出せばいいのか迷っているのか、マドカちゃんは口をパクパクさせながら視線をキョロキョロと動かしていた。
あー、これは、アレだよね。
彼女の用件を何となく察した私は、一先ず彼女を部屋の中へと招き入れる事にした。
「どうぞ、入って。」
マドカちゃんは少し迷った後に、一つ頷き私の誘導に従い部屋の中へと足を進めた。
「そこに座って。今お茶を入れるから。」
「あ、お構いなく!」
マドカちゃんは緊張した面持ちで返事をし、そのまま椅子へと腰掛けた。
カチコチになっているので、体は不自然に真っ直ぐだ。
私はひっそり笑ってから、淹れたてのお茶を持ち、マドカちゃんの所へと向かった。
「粗茶ですが。」
「きょ、恐縮です。」
侍か。と思わずツッコミたくなるが、ここは我慢。大人として我慢だ。
マドカちゃんの向かい側に座るとお茶を一口含み、取り敢えず話題を振ってみる事にした。
「それで、今日はどうしたの?」
しまった。
リラックスできるように世間話から始めようと思っていたのに、つられて緊張したのか、ド直球に用件を聞いてしまった。
マドカちゃんの様子をチラリと伺うと、気まずそうにしている。
そ、そうだよね。
緊張している相手から言われると、余計変な感じになっちゃうよね。ごめんよ。
それでも、マドカちゃんは決意に満ちた瞳でこちらを見返し口を開いた。
「あなたが、ニーナさんだったんですね。」
いつか言われる時が来るとは思っていたけれど、それがまさに今、キターーー。
私は冷や汗をかきまくる内心を隠しながら、余裕に見えるようにゆっくりとお茶の入ったカップを机へと置いた。
「私は治癒魔術師のニーナよ。『竜殺し』とも呼ばれているわ。」
「あなたが、リャドム様の・・・・・・。」
そこまで言うとマドカちゃんは俯き、膝に乗せた拳を見つめていた。
暫しそうしているかと思うと、唐突にバッと自分の顔を両手で覆った。
あまりに素早く唐突な行動だったため、私はギョッとし、思わず引いた後にツッコんでしまった。
「・・・・・・何してるの?」
「己に恥じてるんです。」
「何で?」
「知らなかったとは言え、アレヤコレヤと自分の気持ちとかリャドム様のこととか言ってしまって。しかも本人に。恥ずかしい。」
「あー・・・・・・。」
その気持ち、分からなくはないが。
恋のライバル(仮)に援護射撃送ってる感もあるし、「私達ライバルね!」と知らないながらも言ってる感あるし、奥ゆかしい日本人としては恥ずかしいし気まずいよね。
「こんな事なら、もっとリャドム様の話に耳を傾けておけばよかったです。よくよく思い出してみれば、星の瞬きが散りばめられた夜空のような瞳とか、極上の宝石を思わせる艶やから黒髪だとかヒントはあったのに。私、リャドム様が異性に夢中になっている話を聞くのが嫌で、大半を聞き流していましたから。」
いや、その話聞いて私に辿り着ける人は、まず居ないよ。
しかし、リャドム様は何ちゅう小っ恥ずかしいこと語ってくれとんねん。
もう、本当にやめて欲しい。
「いつもこうなんです。友達と好きになった人がかぶったり、そのうえ好きな人は友達が好きで、友達と気不味くなったり。別の好きになった人と仲良くなったと思ったら、実は私の友達が好きで告白してて、その友達も黙っていたけど実は彼のことが好きで、それで気不味くなって、次に好きな人と友達もそんな感じで・・・・・・。仲良くなった人と好きになった人が被るんです。」
自分の恋愛遍歴を語るマドカちゃんは、少しずつ肩を落としていき、見るからにシオシオ、という具合に項垂れていった。
類は友を呼ぶとは言うが、好みまで類を呼んじゃうのか。
何と言うか、この子、運が無いと言うか、気の毒と言うか。
気落ちするマドカちゃんにどうしたものかと考え、ふと、一つ否定しなくてはならない事があるのに私は気付いた。
「一つ、誤解があるようだから言っておくけど、私、別にリャドム様のこと好きじゃ無いわよ。」
「え?」
「人間的には嫌いでは無いけれど、恋愛感情は全く無いわ。」
「え?」
私の言葉にマドカちゃんは勢いよく顔を上げたかと思うと、驚きも露わに目も口もパッカリ開けていた。
「意外・・・・・・。」
ポツリと漏らされたマドカちゃんの声を拾った私は、首を傾げて聞き返した。
「意外?」
「あ、えっと、はい。てっきり、ニーナさんもリャドム様が好きだと思ってました。」
「え、そうなの?」
「リャドム様はとても素敵な方なので、そんな人に好意を向けられたら好きになっちゃうと思って。」
まあ、無いとは思わないけど。
私だってマドカちゃんのことそう思っていた訳だし。
「なんか、変に勘違いしてすみません。」
「気にしないで。私も、マドカちゃんはフェルーク様のことが好きだと思っていたし。」
「ええっ!?」
あ、しまった。
考え事していたら、いらんことまで言ってしまった。
「いや、初めてあなたがフェルーク様に会った時さ、すごい見てたじゃん。それで、もしかしてそうなのかな、と思って。」
そうだったかな?と思い出すように首を傾げていたマドカちゃんは、少しすると思い出したようで「あ!」と声を上げた。
「あの時、あんまりにもフェルーク王子がイケメンだったので、もしかしてここは乙女ゲームの世界かな?と思って。異世界転移って言うんですか?」
「乙女ゲーム?」
「女の子用の恋愛シミュレーションゲーム、て言えばいいでしょうか。」
「はあ。」
「その世界に転生とか転移する物語がここの来る前流行ってて、それかなって思っちゃったんです。」
はー、そんなものが流行ってたんだ。
私がいた頃はそんなもの無かったなぁ。時の流れって凄い。
「それで、もし乙女ゲームに転移したんだったらフェルーク王子は攻略対象なんじゃ無いかと思って、思わずガン見しちゃいました。」
「そ、そうですか。」
「結局は違ったんですけどね。」
時代の流れに取り残されている私は、それ以上の相槌を打つ事が出来ず、とりあえずお茶を飲む事に逃げた。
乙女ゲームの話をするマドカちゃんの瞳が輝いていたことは、ここに記しておこう。
暫く乙女ゲームについて語ったマドカちゃんは、そろそろ集合の時間なので、と立ち上がった。
「あ、あの、ニーナさん。」
「なあに?」
立ち上がったマドカちゃんは、立ったまま改まり、真剣な顔でこちらを見ていた。
「また、こういう風にお話しして下さいませんか?」
そう言って、せっかく出会ったのだし、同じ故郷なのだし、と色々理由を続けるマドカちゃんに私は素でキョトンとしてしまった。
確かに、何となく気不味い期間もあったしお互い知り合いになる予定も無かったけれども、その点は払拭されたし、彼女との交流を嫌がる理由など無かった。
だから私は、
「もちろん。」
と、笑顔で答えた。
マドカちゃんはホッとしたように息を吐くと、満面の笑顔でこの場を後にしていった。
17/06/13記
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