22
長めです。
すみません。
肉食系に草食系、人には色んな種類があると言われているが、リャドム様はアレだ、ちょっと前に流行ったやつ。
ロールキャベツ男子。
「ニーナさん、奇遇ですね。途中までご一緒しませんか?」
「こんにちは、ニーナさん。重そうですね。よかったら半分持ちますよ。」
「今からお昼ですか?よかったらご一緒してもいいですか?ニーナさん。」
リャドム様が私に『ほの字』だと発覚後、かの人はすぐに行動へ移して来た。
目をキラキラと輝かせながら「好意的です!」と言わんばかりの笑顔でいつも私のところに来るのだ。
しかもグイグイ来る。
見た目草食系だったので、そんなあからさまなアプローチは無いだろうと思っていたら、甘かった。
顔に似合わず、ホント、グイグイ来ル。
どんな魔法を使ったのか、私の名前を入手していたし、結構頻繁に出くわす。
これは私を売ったな、魔術師長。
「こんにちは。ニーナさん。偶然ですね。」
そして、今日も出くわしてしまった。
お昼の時間を除けば一日に一回医務室を離れるか離れないかなのに、すごい偶然があったもんだ。
ちょっと、魔術棟に呼ばれて数分滞在しただけなのに、すぐに見つかってしまった。
嗅覚が優れ過ぎていて恐ろしいよ。
でも、医務室まで来ないところを見ると、そこまでは流石に情報を流していないようだ。
私は溜息を吐きたいのを堪え、何とか笑顔を貼り付けてリャドム様へ振り返った。
「こんにちは、リャドム殿下。」
今度は何の用だよ。
そう思いながら相手を観察してみると、何やら手を後ろに回してモジモジしていた。
あー、なんとな〜く展開が読めて来たぞ。
私が黙って様子を窺っていると、リャドム様は恥ずかしそうに頬を染めながらも、意を決したように両手を突き出し、後手に隠し持っていたものを私に差し出した。
「これ、一輪、分けてもらったのでよかったら。花もむさ苦しい男よりも、麗しい女性に貰われた方が嬉しいと思うので。」
と言って最後に照れたのを隠すように小さく笑った。
誰かしらに分けてもらったという花には、レースのリボンが巻かれ、若い女の子が好きそうな何とも可愛らしい感じになっていた。
しかもその花は、淡いピンク。
乙女の心を何とも押さえた一品だ。
あきらかにプレゼント。
渡す時の台詞といい、乙女な贈り物といい、リャドム様にはきっと欧米人の血が流れているに違いない。
奥ゆかしい日本人の私には真似出来ぬ。
そして、そんな奥ゆかしい日本人の私は、その贈り物を受け取るのもハードルが高いんですけども。
こんな体験初めてだから対処しきらんです。
取り敢えず受け取ってお礼言っとけばいいかな。
「あー、ありがとうございます。」
そしてニコリと笑っといた。
愛想は大事だからね。
「いえ、貴女に貰ってもらえて花も嬉しそうです。それに、僕も嬉しいです。」
ぐはっっ!
「やっぱり、貴女には花が似合う。」
ぐほっっ!
おい、見たか聞いたか!
今この人、サラッと小っ恥ずかしいこと言ったぞ!
しかもハニカミ笑顔のおまけ付き。
この、ハニカミ王弟が!
私は、ははは、と乾いた笑いしか出ませんでしたよ。
「あ、そろそろ行かなくては。これから共同研究の試験なんです。」
「左様でございましたか。」
「はい。名残惜しいですが、今日はこれで。それではまた、ニーナさん。」
そう言ってリャドム様は徐に私の手を取ると、手の甲に軽くリップ音を響かせて去って行った。
またの機会は、是非ともお帰りになる時まで取って置いていただきたい。
もう私の精神はゴリゴリに削られたよ。
はぁー。
出歩くと絶対会う(怖い事に何故か)から避けるの難しいなぁ。
明日からお昼はお弁当にしようかな。呼び出しにもなるべく避けるようにして、考慮してもらおう。
去り行く背中を見送りながら、私は暫しその場に佇み項垂れた。
さて、この花はどうしようか・・・・・・。
医務室まで戻って来た私は、削られた精神を正常にするために、医務室外で栽培している薬草の手入れをしていた。
今は丁度、心の中で「駆逐してやる!」と高笑いと共に叫び、雑草を根こそぎ狩り尽しているところだ。
女型(ただの草)とやり合うために体を起こし伸びをしていると、視界の端に不審な影がチラついた。
なんだ?と思いながらそちらを見ると、そこには少女の姿が。
おや?何故ここにいる?
私が首を傾げるのも仕方がない。
何しろ、その少女は隣国の魔術師のローブを着ているのだから。
というか、彼女は異世界の少女・マドカちゃんなのでは?
マドカちゃんはキョロキョロと忙しなく顔を左右に振り、辺りを見渡しているようだが・・・・・・もしかして迷子か?
騎士が詰めているこの場所は魔術棟から遠く、また、魔術師も滅多に足を踏み入れない場所だ。(用無いし、遠いし、面倒だから。)
そんな場所に、普通に考えて隣国の魔術師が用事などあるわけもなく、案内もされているのか怪しい場所だ。(用無いし、遠いし、面倒だから。)
これは、どうしたらいいのか。
接触するなと言われているし(一部例外あり)隠れて避けるのが正解だと思うが、マドカちゃんの顔を見ると、困り果てているようで今にも泣き出しそうだ。
さすがに困った女の子を放っとくのは、良心が痛む。
周りを見渡しても誰もいない。
見える範囲には私とマドカちゃんだけだ。
私は意を決してマドカちゃんに声をかけた。
「あのー。」
「!」
急に背後から声を掛けられ驚いたようで、肩をビクつかせマドカちゃんはこちらを振り向いた。
そして、私を視界に入れると、また驚いたようで目を少し見開き、すぐに顔を強張らせた。
きっと心の中ではこう思っているに違い無い。
「なんだ、この不審者は?」と。そんな顔をしている。
まあ、そう思うのも仕方が無い。
その時私は、魔術師のローブを脱ぎ、汚れてもいいようにツナギのような作業着に着替えていたし、日焼け対策に首に手拭いを巻き、農作業用の帽子(鍔広くて日除けの布が付いた帽子)を顔が隠れるように被っていて目元しか出ていない。
ちなみに余談だが、この帽子は自作だ。
どうみても怪しい人だ。
私は布を避けて顔を出し、マドカちゃんににこりと笑ってみせた。
「隣国の方ですよね。何かお困りかな、と思って声を掛けてみました。」
だが、少女は私の顔を見ると、さらに目を大きく開けた。
あれ?思った反応と違うな。
愛想良くしたつもりなんですけど、逆に怪しかったかな?
「もしかして、あなたも日本の方、ですか?」
あ、そっちですか。
さすがは私のジャパニーズフェイス。
すぐにお里がバレましたよ。
それに、あなたも、という事は彼女も日本人なのか。
それじゃあ、同郷だな。
しかし、これは正直に答えていいのだろうか?
会うことを想定していなかったので、確認してなかったな。
「あ、ごめんなさい。変なこと聞いちゃって。そんなそうそういる訳無いですよね。」
えへへ、と言うとマドカちゃんは可愛らしく笑った。
私がどうしたものか、と考えながら笑顔で首を傾げて長らく黙っていると、マドカちゃんは勝手にいいように解釈してくれたようだ。
取り敢えず、結果オーライ。
「この国にも異世界から来た人がいるって聞いて、同郷の人がいたらいいな、て思ってたんです。そうしたら、私の国の人にそっくりなあなたに会って、思わず出ちゃいました。」
頬を掻きながらえへへ、と尚もマドカちゃんは可愛らしく笑っているが、その顔は少し寂しそうで、悲しい色が浮かんでいた。
私は一度空を見上げ、心の中で「うー」と唸った後、再度マドカちゃんの方に向き直った。
子どもに悲しい顔させちゃ、ダメだよね。
「間違っていませんよ。私も日本人です。」
と笑みを浮かべて私は答えた。
すると、少女は頬を紅潮させ、嬉しそうに笑い、目尻を少し湿らせた。
突然、全く知らない世界に飛ばされて、右も左も分からない土地で、少女はさぞ不安であっただろう。
いくら異世界人に理解があって、周りが良くしてくれていたとしても、少女は大人に保護される存在であって、子どもなのだ。
大人であっても不安なのだから、未成年の少女ならなおのこと。
彼女も同郷に飢えていたのだろう。
私がそうであったように。
異世界でこの気持ちを分かち合える存在が欲しかったのだ。
「すごい!同じ国の人に会えるなんて!」
「世界が同じかは分かりませんが、一応、日本人です。」
「それでもすごいです!奇跡!」
少女は私の手を取ると、嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねて、私に返してくれた。
しかし、それも少しの間で、少女は「あ!」と何かを思い出したようで、急にワタワタとし始めた。
「どうしたの?」
「あの実は、魔術棟へ行かなくへてはならないんですが、その、道に迷ってしまって・・・・・・良かったら道を教えてもらえないでしょうか。」
「近くまで送るわ。ここから魔術棟は結構遠いのよ。」
「ええ!?良いんですか!?いや、でも、お仕事の邪魔をしては」
「大丈夫よ。ひと段落してるから。こっちよ。」
そう言うが早いか、私は歩き出した。
その様子を暫く見ていたマドカちゃんは、はっとすると慌てて私の後を追った。
「その、すみません。でも、有難うございます。」
「気にしないで。それにしても、どうしてこんなところに?魔術師の人は滅多にこっちには来ないのよ。」
魔術棟へ足を進めながら、道すがら私は疑問に思っていた事を聞いた。
騎士団の場所と魔術棟は真逆と言って差し支えが無いような位置関係にある。
彼女が天才的に方向音痴であるか、何かしら別の理由がないとここに辿り着くのは難しい。
「あの、その、実は人を探してまして。」
「人を?」
「はい。」
「誰?私が知ってる人なら案内するけど。」
私がそう言うと、
「あ・・・・・・その、リャドム様を探してたんです。」
「りゃ、りゃどむ様?」
ここでもリャドム様かーい。
思わず顔が引きつっちゃったよ。
「あ、リャドム様は私達と一緒に来た魔術師の方なんです。」
「へ、へー。」
「最近、リャドム様の様子がおかしくって。休憩の度に何処かに行ったり、お昼ご飯を別に食べたりして、いつもだったら他の魔術師さんと一緒なのに単独行動が増えたんです。それに、何だかソワソワしてたと思ったら急にニマニマ笑い出したり、たまに上の空の事もあるんですよ。」
あからさまに不審だな。
「変だな、と思って、」
うん。確かにそうだね。
「それで私、リャドム様の後を尾けたんです。でも、途中で見失っちゃって。後を尾けてただけだから、何処に来たのかもどうやって戻ればいいのか分からなかったんです。でも、あなたに助けていただいてよかったです。」
リャドム様を追ってここにねえ。
私が騎士団に今お世話になっている事は伝えて無いが、ここまで来ていたとは。
リャドム様、中々いい勘してるな。
しかし、マドカちゃんがここまで来た理由は分かった。
兎に角、リャドム様の所へ案内するのは難しいので(私も知らないし)、ここは魔術棟へ案内する事で落ち着かせた。
歩きながら私達は色んな話をした。
日本で流行っていたものの話やカルチャーショックを受けた事、こちらに来て困った事など色々話した。
すると、マドカちゃんはふいに何かを思い出したようで、私に新たな話題を振った。
「そうだ、あの、ニーナさん、て言う方知りませんか?」
「?」
それは、私の事だろうか?それとも違うニーナさんかな?
実はニーナとはありふれた名前で、日本で言うところの愛子ちゃんレベルで同名の人に会う事ができるメジャーな名前だ。
平民に多い名前なので、王宮勤めの人ではあまり聞かないが。
「それは、何処のニーナさん?」
「何処の方かは分からないんですけど、王宮に出入りする事ができる人みたいで、少なくとも女性の方だとは思うんです。」
うーん。
何だか雲行きが怪しくなってきたような気がして、私はヒクつく頬を堪えながら首を傾げた。
マドカちゃんは何で騎士団の所まで来たのだったか。
リャドム様の後を追ってきたからだ。
女の子が特定の異性の後を追うのだ。
今にして思えば、彼女のこちらに来てからの話しは、大体リャドム様が登場してきていた。
「ちなみに、その人がどうしたの?」
私は答えを求め、新たな質問を投げかけた。
「最近、リャドム様がよくその名前を口にするんです。今まで女の人の影とかなかったから、もしかして、と思って。それで、その、気になって・・・・・・。」
そう、マドカちゃんは少し照れた様子で言った。
こ、これは、その、つまり。
私は唾を飲み込むと、意を決して核心に迫る質問を投げた。
「も、もしかして、リャドム様のことが、好きだったり?」
・・・・・・ポッ。
まーじーかー。
これはあれだな。
あれ。
「恋のトライアングルに強制参加させられた。」
「とら?何の事だか分からないが、それが不在にしていた理由か?」
異世界の少女を送り届けて戻って来た私を出迎えたのは、書類を抱えたフルドだった。
フルドは私宛の魔術棟からの仕事を持って来てくれたらしい。
現在、特例で騎士団医務室に勤務している私には魔術師棟が絡むような仕事はほぼ無い。
緊急事態や王太子に関する事、私の研究魔術に関する急を要する用事といった事を除く全ての魔術師の仕事は他の人がしてくれる事になっている。
まあ、そんなに仕事も持ってなかったのでサラッと他の人に渡りましたけど。
医務室前で立ったままなのも何なので、私はフルドを医務室へ招き入れた。
「で、何のご用で?」
もてなしもそこそこに、私は早速椅子に腰掛けたフルドに用件を訊ねた。
「これを預かってきた。」
そう言ってフルドは私に持って来た書類を差し出した。
私はそれを受け取る。
「これは?」
「今、隣国と共同研究している魔術陣についての研究内容だ。少し行き詰まっててな。ニーナの意見を参考に聞いてこいと言われた。」
「え、隣国との交流に関わっちゃダメなんじゃなかったっけ?」
「人と直接関わるわけじゃ無いから、いいんじゃないか?魔術師長から行くように言われたし。」
「はあ。」
「それに、ニーナはもう隣国との王弟とは会ったんだろ?今更じゃないか。」
「げ、何故それを。」
「お前、王弟に何したんだ?あの人のお前に抱く感想がおかしい。」
「何よそれ。」
何でも、フルドはリャドム様と同じ研究班らしく(王宮魔術師になって間もないのに、何という大抜擢)、一緒にいる時によく話に上がるそうだ。
私の名前が。
「ニーナさんは今頃何をなさっているのでしょうか?」
リャドムの口から初めてその名を聞いた時、その場にいたニーナを知る王宮魔術師達は身を固まらせたという。
隣国との共同研究のために設けられた部屋で、リャドムと同じ研究班になったフルドもその場で聞いていた。そして固まった。
一番早くに復活したのは班の中では一番年長の魔術師で、流石は年の功と仲間の魔術師は賞賛した。
「ニーナ、ですか?」
年長魔術師の言葉にリャドムは喜色満面に頷いた。
「はい。あ、ニーナさんも王宮魔術師なのですよね。今回の研究には参加されないんですか?」
え、どういう事?
誰もがそう思った。
ニーナについては御触れもあったので、紹介もしなければ名も口にしていなかったというのに、何故、この王弟は知っているのだろうか。
年長魔術師はチラリと遠くに居る魔術師長を見る。
魔術師長はこちらの会話に耳をそばだててた様で、目で「カクカクシカジカでバレちゃった。適当に話し合わせて切り抜けて」と伝えてきた。
えー、と王宮魔術師達は思わなくもないが、とにかく上司命令なので実行する事にした。
「ニーナは専門が研究内容に合わなかったので。」
「そうなんですね。ニーナさんの専門は何でしょうか。」
「えー、」
そこで年長魔術師は言葉を詰まらせた。
何だったっけ?
戦闘魔術だったか?それとも殲滅魔術?いやいや、今医務室にいるんだしそっち系か?
「いやはや、歳のせいか言葉が出て来ませんで。」
そう言って冷や汗を拭う年長魔術師に助け舟を出したのはフルドだった。
「治癒魔術ですよ。ニーナの専門は。」
「ああ、そうですそうです。」
年長魔術師はホッと息をついた。
「ニーナさんは治癒魔術師なのですね。聖女のように清らかなニーナさんにピッタリだ。」
ほう、と感嘆の声を漏らしたリャドムにまたしても王宮魔術師達はその身を固まらせた。
その様子に気付かないリャドムの口は止まらない。
やれニーナは清楚可憐だ、慈愛に満ちた微笑みは春の木漏れ日のようだ、私の女神は姿だけでなくその心も美しいやら何やらかんやら云々かんぬん。
それは、どこのニーナさんでしょう?
リャドムの語るニーナについて王宮魔術師の誰もが思った。
自分たちの知るニーナとは随分とかけはなれた人になっていた。
そして、爆弾を言葉の最後にリャドムは落とした。
「ああ、私の愛しい女神。貴女に会いたくなってしまいました。」
これはどうすればいいのー!
王宮魔術師達の声にならない悲鳴が静かに響いた。
その日以降、リャドムから聖人君子さながらの『ニーナさん』の話を事あるごとに聞く事となった。
その間、王宮魔術師達は若干白目を向いているそうだ。
「お陰で大多数のこちらの魔術師は思考が停止する事が増えた。だからかもしれないな、研究で行き詰まったのは。」
「ちょっと、人のせいにしないでよ。」
「変に善人面するからだろ。しかも女神ってなんだ。」
「知らないわよそんなの。善人面もしてないし。愛想笑いと社交辞令と生返事くらいしかしてません。」
「それは流石に失礼ではないか?」
そう言うとフルドは眉をひそめた。
そういうところは真面目なのね。
「取り敢えず、その資料は読んでおいてくれ。明日、意見を聞きにまた来る。」
「はーい。」
それだけ言うとフルドはメ◯パニの呪文に侵された魔術棟へと帰って行った。
私はその背中を見送った後、一つ息を吐き天井を見上げた。
面倒な事に巻き込まれたな。本当。
オバさん展開の早さについていけないよ。
あ、自分で言ったオバさんに、ちょっと心が痛んだ。




