スーザンの事件簿
間話的なオチ的な話です。
ニーナの養母にして、王都の工業地区の一角にある鍛冶屋『アスニ』(住居兼店舗)の女将スーザンは、娘のクローゼットを見て戦慄した。
何故なら、見た事のない箱が娘のクローゼットの中にあり、しかもその箱はとても綺麗なガラで可愛らしいリボンが巻かれていたのだ。
何だろう気になる、いや、見ちゃダメダメ、でもちょっとくらいなら、いやダメよ!でもちょっとくらいなら・・・・・・と己の良心と葛藤しつつも、チラッ箱の中身をと見たところ、新緑色の素敵なドレスが入っていたからだ。
「ねえ、アーちゃんはどう思う?」
一階にある工房兼店舗にて、スーザンは夫のアンガスに先程娘の部屋で見た衝撃的な出来事を話した。
話しかけられたアンガスは、チラリと視線をやるだけで妻の問いかけには答えず、ナイフを無言で研ぎ続けていた。
その態度にスーザンは全く気にした様子もなく、そのまま話を続けた。
「私はね、ニーナがイイ人から貰ったんじゃないかと思ってるの。だって、可愛いリボンが巻かれた綺麗な箱に入れられていたのよ。きっとそうに違いないわ!」
自信満々に拳を握りながら息巻くスーザンだったが、夫はそれすら気にせず黙々とナイフを研いでいた。
「何だ?ニーナちゃん、イイ人ができたのか?」
スーザンに反応を示したのは、今アンガスが研いでいるナイフの持ち主である、一つ先の通りに肉屋を構える中年の男。
「私はそう思ってるんだけどね。」
スーザンは恋話に花を咲かせる乙女のように嬉々として言った。
「まあ、ニーナちゃん、とうとう結婚なのね。」
斜向かいにある時計屋を営み、スーザンの茶飲友達である奥さんが、随分昔に去った少女時代を思い出した様に表情を華やかせた。
この鍛冶屋『アスニ』には、夫への依頼と妻とのお喋りを楽しみに来る二種類の客が訪れる。
アンガスへ鍛冶の依頼をしに来る客と、スーザンと話しを楽しみに来る客だ。
無口(というか声を聞くことも稀)な夫のアンガスに代わり妻であるスーザンが基本客対応をするのだが、彼女の話は面白く、人を惹きつけるため、長話をしてしまう客もしばしば。
また、田舎から来たためか、近所付き合いもお手の物で、ご近所の奥様方が回覧板やお裾分けと共にやって来てはスーザンと話し込むことがしばしば。
という事が田舎にいた時から頻繁にあったので、この王都で新装開店した鍛冶屋『アスニ』では、長居するお客さんのための、ちょっとしたお茶飲みスペースがあるのだった。
そこでは、スーザンのその日の気分によって用意されたお茶とお茶請けを楽しむ事が出来るようになっており、客はそこに座り、依頼の出来上がりを待ったり、スーザンと話したりして時を過ごすのだった。
さて、そんな場所で盛り上がっている本日の話題は、アンガスとスーザンの一人娘、行き遅れのニーナの恋人の影についてだった。
「それで、誰だか目星とか付いてるの?」
斜向かいの奥さんが、身を乗り出してスーザンに聞いた。
「そうねぇ。この人じゃないかしら、て言う怪しい人が何人かいるのよ。」
「やるじゃねえか、ニーナちゃん。」
「誰なの?誰なの?」
スーザンは頬に手を当て、相手を思い出しながら話し始めた。
「まずは、ニーナの同僚だという人。貴族出身の騎士みたいなんだけどね、うちで一回剣を誂えてくれた方がいるのよ。ニーナとも親しげだったし怪しいわ。」
「確かに。」
「そりゃあ、同僚だからとかの気安さじゃないのかい?」
「そうなのよ。それが難しいところ。でも、ドレスを贈るなんて貴族っぽいじゃない?」
「そうねぇ。貴族の間では自分色のドレスを男性が女性に贈るって聞いた事があるわ。」
「そうでしょう?」
「だったら、魔道具やの倅はどうだ?あいつの髪色、そのドレスと同じじゃないかい?」
「うーん、ちょっと違うような。ドレスの方が鮮やかだったわ。」
「あの子にはドレスを贈るなんていう発想なさそうじゃない?」
「あー、そういや魔道具作りが趣味で取り柄の男だったな。」
「ドレスより、ニーナちゃんには自作の魔道具贈るわよ。それなら、大穴でハリストール殿下なんてどう?」
「それは流石に恐れ多いわよ!」
「そうかしら。よくあるじゃない?王宮浪漫もので。」
「そりゃ物語だろうが。ハリストール殿下は婚約者と円満だって言うしよ、それはないだろう。」
「それもそうね。」
「そう言えばニーナ、学生時代少しモテてたみたいなの。」
「あら。」
「その時の人ってか?」
「どうかしら。あの学園に通ってた子は王宮魔術師になる人が多いって聞くし、王宮魔術師の誰かなんじゃないかしら。」
「あり得るなー。」
「あり得るわねー。」
「ねえ、アーちゃんはどう思う?」
と、三人で盛り上がっていたところでスーザンが、一人黙って作業を続けていたアンガスに話を振った。
ずっと作業に集中していたアンガスが、それまでの話を聞いていたのか不明であるが、シャッシャッという規則正しい音を一瞬止め、非常に重かった口を開いた。
「・・・・・・アイツもいい大人だ。好きなようにさせてやれ。」
それだけ言うと、アンガスは再び作業に戻り、規則正しいリズムでシャッシャッとナイフを研ぎ始めた。
それを聞いた三人はしばらく黙ると一口お茶をすすり、代表してスーザンが一言言った。
「それもそうね。」
そうしてこの話は終わりとなり、次の取り留めのない話に三人は花を咲かせたのだった。
あれから何日も経ったある日。
スーザンは帰りの遅い娘の帰宅を待っていた。
飲んで帰って来ることはしばしばあったが、今日は久々の遅い時間。
スーザンが「大丈夫かしら。何か事件とかに巻き込まれてないかしら。何事もなければいいのだけれど。襲った相手が。」などと、娘を心配しているのか、加害者なのに被害者になってしまう相手のことを心配しているのか分からないことを考えていると、玄関の外から小さな話し声が聞こえてきた。
やっと帰ってきたのかしら。
スーザンは玄関まで行き、娘が帰って来たのかそっとドアに耳をつけて外の様子を確かめた。
「ほら、着いたよ。」
「う〜ん?」
「起きて。風邪引いちゃうよ。僕が。」
「え、そこは普通私でしょう?」
「あ、起きた?」
「むにゃ。」
「えー、寝言?ほら、起きて、ニーナ。君の家だよ。」
どうやら、娘がご迷惑をお掛けしているようだ。
スーザンは申し訳なく思いながら、酔っ払った娘を回収すべく、玄関ドアを静かに開いた。
「あ、夜分遅くにすみません。ニーナさんのお母様ですか?」
目の前に突如現れた美しい男に、スーザンは一瞬で心奪われ時を止めた。
止まってしまい返事ができないスーザンを怪訝そうに男は見やり、困った様に首を傾げた。
「あの、違いましたか?」
スーザンに向けられた問い掛けに、彼女はハッと意識を取り戻すと(私は人妻私は人妻愛しているのはアンガス!)、男へ向けて持ち前の愛想の良さで返事をした。
「え、ええ。そうですよ。」
「よかった、あってて。あ、お嬢さんをこんな遅くまで連れ歩いてしまい申し訳ありません。」
本当に申し訳なさそうに男が眉を下げてそう言うと、スーザンはクスリと笑い首を振った。
「構いません。どうせこの子が酒瓶を離さなかったのでしょう?」
男は困ったように笑うだけだったが、スーザンにはそれが肯定だとすぐに分かった。
「まったく。お酒が大好きなんだから。ごめんなさいね、この子が迷惑をかけたみたいで。あらら、嬉しそうな顔して。よっぽど楽しかったみたいね。」
スーザンは娘を受け取るために大きくドアを開けた。
中の光りが外にに漏れ、男を照らした。
「いいえ、迷惑なんて。僕も、楽しかったですから。」
光りの中、優しい笑みを浮かべる男の輝く瞳を見て、「あ」とスーザンは思った。
「それでは、夜分遅くに失礼しました。」
スーザンは無意識に娘を受け取ると、そう言って去って行く男の背中をただただ見つめことしか出来なかった。
そして、一呼吸して
「あれが本命だったか。」
と呟くのだった。
足元が覚束ない娘を引きずるように歩かせ、なんとか部屋まで連れてくると、手を離し、倒れ行く娘をそのままに、彼女をベッドへ寝かせることに成功した。
「まったく、すっかり大きくなっちゃって。いや、初めて会った時から大きかったけどね。」
スーザンは一息付くと、娘の靴を脱がせ、掛布を着せた。
成長しきった娘の寝顔を見つめ、そこでスーザンはあることに気付いた。
「あら?この子、こんな白い百合の髪留めなんて持ってたかしら?と言うか今朝出かける時、こんな髪留め付けてたかしら?」
その時、スーザンの頭に新緑の瞳が過ぎった。
「ああ。」そう言うこと。
翌日、二日酔いの娘を連れ叩き起こし出勤させ、スーザンは掃除に洗濯、接客と、その日の一日の仕事に勤しんだ。
昼には乾いた洗濯物を取り込み、家族のクローゼットへ洗い立ての衣服を納める。
娘のクローゼットを開けると、以前話題となったドレスの箱は見当たらず、スーザンは首を傾げる。
どこか別の所に収納したのだろうか。
そう思い、スーザンは気にせず娘の服をかけて行くと、奥の方に何やら布塊があり突っ掛かりを覚えた。
何かしら?とスーザンが詰まっていた物を取り出すと、それはいつかの素敵なドレスで、そのドレスは埃まみれの傷だらけの姿になっていた。
ニーナの養母にして、時には恋バナに花を咲かせる乙女な鍛冶屋『アスニ』の女将スーザンは、娘のクローゼットを見て戦慄した。




