フルド・ベンゲランテの懐古
学生時代、当初はベンゲランテの業に染まっていた僕は、学園の玉座、つまりは首席である事を望んだ。
しかし、首席の座は常に一緒に入学した王族に取られ、僕が学園の玉座を手に入れることは叶わなかった。
またベンゲランテから玉座を奪うのか。
幾年もの間、我らから奪った玉座にのうのうと座り続け、それだけに飽き足らず、貪欲にベンゲランテから王の座を奪っていく王族に対する憎悪は日に日に増すばかりだった。
彼女に会ったのはそんな時だった。
薬学の授業で二人一組にならなくてはならない場面があった。
この高貴な僕が組むに相応しい生徒などいるはずも無いが、この中で取り敢えず僕の邪魔にならなそうな相手を探すことにした。
そして見てしまったのだ。
自分よりも遥かに優れた魔力量を持つ者を。
あの憎らしい王族でさえ、僕とあまり変わらない魔力量だと言うのに、彼女のそれには全く敵わなかった。
だからだろう。
「君、すごい魔力量だな。」
思はず声を掛けていた。
彼女は僕の声に気付いたようで、僕を振り返ると小首を傾げて見せた。
「はあ。」
何ともやる気を感じられない返事だった。
それだけではない。この言葉に褒められた事への嬉しさも感じられなかった。
声を掛けたこちらとしても、反応に困る反応だった。
しかし、無情にも時間は流れ、一言ずつしか交わしていない間に、他の生徒達はいつの間にか二人一組になっており、余った僕達は流れで組むこととなってしまった。
作業の合間、他の生徒達はお互いに話しながら和気藹々と進めていた。
僕達も、和気藹々とまではいかなくとも、会話をしながら作業を進めた。
今にして思えば、彼女は僕が話しかけたから返していたに過ぎず、僕が一方的に話しかけていただけだったが。
「将来は王宮魔術師に?」
「その予定です。」
「それだけの魔力があれば王宮魔術師長も夢じゃないな。」
「はあ、そうですか。」
「興味ないのか?」
「まあ。私、暫く勤めたら辞めるつもりなんです。結婚するんで。」
なんだって!?
「結婚するために辞めるなんて勿体無い!君ほどの力があればもっと上だって狙えるのに!」
僕は思わず荒げてしまった声に、自分でも驚いた。
そして、大声を上げながら立ち上がった僕に、彼女も周りも驚いたようにこちらを見ていた。
何ともいえない空気が流れた中、僕は視線を彷徨わせた。
やってしまった。
「失礼した。」
一先ずそう告げ、僕は座り直し、作業を再開した。
それでも僕としては不思議でたまらなかった。
常に上を目指し、王に相応しい人物となるべく努力を重ね、王位奪還を考えている僕としては、彼女の考えは驚きだった。
「充分な力があるのにそれを活用しないだなんて、信じられないよ。」
「そうですか?」
「君はそれで満足なのか?」
「そうですね、不満はありません。」
「何故だ?」
そうですね、と彼女は呟くと少し考え、
「今を、一番大切にしたいから、ですかね。」
そう答えた。
「私は一度、全てを一瞬にして失いました。それは本当に突然で、心構えも何もしないまま全てを失いました。だから、私は、大切な人やモノ、それらがある今がとても尊いものに感じるんです。」
「今あるモノ。」
「はい。それ以下でもそれ以上でもなく、今の状態が、私は幸せで、一番大切なんです。まあ、欲を言うのであれば、家族や婚約者から引き離されたことは不満ですけどね。」
そう言うと彼女は少し笑い、自分の作業へと戻った。
今あるものが大切、か。
当時の僕には無い発想だった。
その頃の父はベンゲランテの業に染まりきっており、玉座奪還に思索を巡らせていた。
このままでいいわけが無い。
歪んだ道は正すべきだ。
頂点に相応しいのはベンゲランテだ。
事あるごとに父が口にしていた言葉だ。
常に王である事を望んでいた父が、現状に満足することはなく、いつも自分の置かれた境遇を嘆いていた。
本当は王位は自分のものだったのに、と。
産後の肥立ちが悪く、僕を産んで母はこの世を後にした。
それからは父が男手一つで僕を育ててくれた。
優しい父の姿は幼い僕の記憶に刻まれ、その印象は今まで変わることはなかった。
業に囚われ人が変わっても、父は変わらず僕に優しかったのだ。
そんな優しい父の思いに報いたかったのだ。
父の役に立ちたかったのだ。
父の言葉を信じ、父に従い、僕はいつしか業に囚われた立派な『ベンゲランテ』になつていた。
そんな僕が、父が満足していない『今』に満足しているとは言えなかった。
しかし、大切なものがある今が大切、か。
僕が大切なもの、それは家族。
父が望むから、王位だって望んだ。
だが、そうじゃない。
彼女が言っていることは、自分の大切なものだ。
彼女は上を目指す欲が無いと言う。
大切なものがちゃんとあるからだ。
それに対し、自分は大切なものを傘にきて、欲にまみれ固執さえしている。
首席であることだって、本当は自分が父に褒められたいからなりたかっただけにすぎないのだ。
そんな自分が、急に恥ずかしい存在に思えた。
「・・・・・・そうか。」
それだけ返し、僕は自分の作業に戻った。
その時は、彼女の言っていた事をよく分かっていたとは言えなかった。
しかし、それからベンゲランテの業について知った時、彼女とのこの会話があったからこそ、業の事を受け入れられたし、ベンゲランテの幻影から逃れることができたのだ。
それから、彼女を自然と目で追うようになった。
そうしているうちに彼女について幾つか知ることができた。
彼女は平民で、田舎からやって来た事、その田舎に彼女の婚約者がいる事。
そして彼女は、あの王族と仲がいい事。それを知った時、僕は別の意味でも王族の事が嫌いになった。
だけど、王族が彼女へ向ける眼差しに気付いた時、僕は彼に敵意を向ける事が出来なくなっていた。
それから彼女とは特に接点もなく、学園を卒業し、それから暫くして彼女が結婚するために田舎に帰ったと噂で耳にした。
その時、僕は自分の中に淡い想いがあった事に初めて気付いた。
そして、それと同時に彼のことが頭を過ぎった。
僕は目を閉じると、彼女がこの先も幸せである事をそっと祈った。
まあ、それは結局無駄に終わったわけだけど。
彼女は結婚せず、不満タラタラに欲塗れの恐ろしげな実験を繰り返していたことを知ったのは、また、別の話。
「ああ、フルド、いい所に。」
「何だ。」
「この間、式の構築が上手くいかないと言っていたじゃない。あれ、理由分かった。多分、媒体が良くない。」
「媒体が?」
「構成している原子の話になるんだけど、何て言えばいいのかな、まあ、鉄からは金は出来ないって事なんだけど。」
「ふむ。」
彼女と同僚になり、よく仕事の話をする仲になった事も、また、別の話だ。
主人公が聖人君子のように描かれておりますが、本人、そんなに深くは考えてないです。
テキトーに学生時代は過ごしていたので、
「取り敢えず、いい人そうな事言っとけばいいかな?」
くらいで言ってます。
ごめんなさい。フルド。夢を壊して。