17
昼食を終え、自分の研究室へ向かっている途中、魔術師長に遭遇した。
歩く魔術師長は偶に面倒ごとを押し付けてくるから厄介だ。
私は何食わぬ顔で避けようとしたが、魔術師長の後ろに見覚えのある人影があったので思わず声をかけてしまった。
「あれ、フルド様じゃないですか。」
フルドは突然かけられた私の声に驚いたように目を丸くして振り返った。
「・・・・・・ニーナ。」
そんな私たちのやり取りを見ていた魔術師長は、顎を撫でながら首を傾げて尋ねてきた。
「おや?ニーナは彼と知り合いだったのかな?」
「ええ、まあ。」
何と言いますか、先の任務で一緒に捕まった仲です。
「ああ、そう言えば、二人は魔術学園の同期だったね。」
そう言えばそうでしたね。また忘れてました。
「ところで魔術師長、彼はどうしてここに居るのですか?」
「彼ね、今日付けで王宮魔術師になったんだよ。」
「えっ。」
「以前から声かけはしていたんだけれど、やっと色よい返事をもらうことができたよ。」
フェルーク様が言っていた事はこの事か!
確かに、私はフェルーク様の前ではフルドに対して態度悪かったし、虐めるのではないかと危惧したのだろう。
別に、小悪党顏だからって、「お前の席ないから」とか言ったりしませんよ。
しかし、彼なら王宮魔術師になるのも納得だ。
ベンゲランテ伯爵邸に施された結界魔術は見事なものだったし。
「そうだ、ニーナ。この後時間ある?」
「嫌な予感のする前振りですが、一応聞きましょう。何でしょうか。」
「彼の研究室への案内と部屋の片付けを手伝ってあげて欲しいんだ。」
「えー。」
「場所は此処だから。じゃあよろしく。」
そう言うと魔術師長は、私にフルドの部屋の場所が書かれた紙を無理やり握らせ、止める隙すら見せずに颯爽と去って行ってしまった。
えー。
このまま突っ立っていてもしょうがないので、取り敢えずフルドを彼に与えられた研究室へと案内する事にした。
「此処が貴方の研究室ですね。」
そう言ってドアを開けてみると、既に荷物が運び込まれているようで箱が幾つか積んで置いてあった。
「荷物はこれだけですか?」
「ああ。」
「少ないですね。それじゃあちゃっちゃと終わらせましょうか。」
私がそう言いながら腕まくりをすると、フルドは首を振り、私を部屋の入り口に止めた。
「少ない荷物だ。一人で大丈夫だ。」
そう言って背中を向けようとするフルドだったが、私は人差し指を立て、それをチッチッチと左右に揺らした。
「片付けを舐めてはいけませんよフルド様。貴族のご子息はこういうのした事ないでしょうから、ヒッチャカメッチャカになって最後収拾つかなくなるんですよ。何故か。ここに来て、そう言う人を何人も見ました。」
その私の言葉を聞いたフルドは思い当たる節があったのか、一瞬ハッとしたような顔をしたかと思うと、すぐに顔を逡巡に変え、躊躇いがちに「是」の答えを出した。
暫く荷解きし無言で片付けていた私達だったが、この無の空間に私はすぐに耐えられなくなった。
なので、なにか話題をひねり出すことにした。
「そう言えば、王宮魔術師に誘われていたんですね。」
「ああ。卒業する前に話が来た。魅力的な話ではあったが、その時は家を継がねばならなかったから断ったんだ。」
「え?何故です?王宮魔術師の中にも家督を継いでる貴族はいますよ?」
王宮魔術師は爵位持ちはダメみたいな決まりは無かったはずだが。
魔力持ちは貴族に多く現れる。
だから魔術学園も生徒は貴族が大半だし、王宮魔術師も貴族が多い。
だから、王宮魔術師の中には嫡子もいたりするし、実際に家督を継いでいる人もいる。
魔術師長も実家の爵位を継いでいた筈だ。
「君は知らないのかい?以前にもベンゲランテ家は謀叛を謀った事があったんだよ。それで、いつ裏切るか分からないベンゲランテ家の人間は王宮で働くことを許されていなかったんだ。」
あー、そんな話しを殿下から聞いた事があるような無いような。
「先の騒動でベンゲランテ家はとうとうお取り潰しになったし、ベンゲランテで無くなった僕は、こうして誘いを受けてた王宮魔術師になったんだ。」
未遂ではあったものの、またしても謀叛を企てたベンゲランテ家は持っていた全ての爵位を剥奪され、お取り潰しとなり、今後、ベンゲランテ家を起こす事は未来永劫禁止された。
主犯である元ベンゲランテ伯爵はその罪を償うため投獄され、魔術師の男も捕らえられ牢獄の中だ。
本人達にどんな裁きが下されるかは私の領域ではないので分からないが、昔読んだ小説の内容を思い浮かべてみると、まあ、そういう事になってるのかな、と察しはしている。
「本当は僕もこんな所に居てはいけないのだけれど、ハリストール殿下の口添えで、王宮魔術師になる事ができたんだ。」
「そうだったんですか。」
実際、フルドは当事者家族だと言っても、事件には一切関与しておらず、留学の切り上げも父親の命令で理由も聞かされずに行われた事らしい。
そこで父親の異変に気付いたフルドは、むしろハリストール殿下と繋がり、内通者として私達が夜会に出席できるよう取計らったりしてくれたのだという。
フルドは殿下に言ったそうだ。
「父を止めて欲しい」と。
「あれでも昔の父はね、優しかったんだ。でも、始めの謀叛を起こしたベンゲランテ公爵の日記を見つけてしまって、王位すら狙えたのだと知ると、変わった。優しい父から醜い人間になってしまったんだ。」
フルドは手を止めると、窓の外を見やった。
今日は天気が良く、布団を干したくなるような晴れ具合だ。
「父の事は残念だったけれど、正直、あの家は滅んで正解だったと思ってる。ベンゲランテの人間はね、昔から傲慢で欲深い性質を持っていたんだ。建国に携わった初代ベンゲランテ当主は、その事に気付いた。彼は賢い人だった。だから、王位の話が上がっても、その話を断ったんだ。自分が王になれば、きっと国は乱れ、すぐに滅んでしまうと解ったから。この業を抱えては、政治は出来ても国を治める事には向いて無かったんだ。」
「よく、初代の事をご存知ですね。」
「この話はね、実は初代から代々受け継がれているものなんだ。」
「!」
「と言っても、口伝とかではなく、本に書いてある事で、この事が書いてある本は屋敷図書室の奥にあるから、内容は気付いた者しか知る事ができないんだ。しかも、本が古くなる前に、何代か置きに新しく作り直していたみたいで、初代が書いた原本ではないから、内容はそのままとは限らないけど。でも僕は、限りなくベンゲランテの真実に近いと思っている。」
はあ、そんなものが。
歴史が古い家なだけはありますね。
「僕も昔は、父の言葉を信じ、ベンゲランテの業に囚われていた一人だったんだ。でも、その本を読んで、歴史書は正しかったんだという事と、自分の中に巣食う業に気付くことができた。」
フルドはそう言うと、再び手を動かし始めた。
「だから僕は、今の状況を悲観なんてしてないよ。」
黙々と片付け続け、思ったよりも短時間で終える事ができた。
「今日はありがとう。助かったよ。」
「いえ、思ったよりフルド様がマトモに片付けができる人でよかったです。」
「これでも留学中は少しは身の回りのことをしていたからね。」
「そうなんですか。」
早く終わったのも、偏にフルドが意外と使えたからだ。
もしかして、彼は本当に一人でも片付けられたんじゃないかと思う。
まあ、何はともあれ、魔術師長のお願いは完了したし、これで堂々と自室に戻れます。
「では、私はこれで失礼しますね。」
私がそう言って退室しようと、一休みのために座っていた椅子から立ち上がろうとした時、再びフルドが口を開いた。
「ニーナ、実は君にずっと伝えたかった事があるんだ。」
「?」
何だろう?
私が少し浮かせた腰を再び椅子に落ち着けると、少し外を見たかと思うとこちらをまっすぐ見据えてきた。
「僕がベンゲランテの業に気付いたあと、それを受け入れる事ができたのはね、実は君のお陰なんだ。」
え?
私の?
夜会で初めて会った時は挨拶以外特に喋ってないし、牢屋に捕まって以降も起きてからすぐ以外は私空気だったし。
と言うか、全体的にフルドと会話はそんなにしてない気がする。
それ以前に、フルドは夜会で会う前から業については今の考えに至っていた様に言動から考えられる。
ん?それは本当に私なのか?人違いでは?
「君は覚えてないかもしれないけれど、学生時代、一度君と話した事があるんだ。君とあの時話ができたから、今僕はこうしていられる。本当にありがとう。」
そう言ってフルドは表情を柔らかくした。
今まで硬い表情しか見てこなかった彼の、微笑みとも取れる柔らかく優しい表情には、とても驚いた。
それでも、彼が良い方向に進んでいる事が見て取れたから、私も笑顔でそれに応える事ができた。
ま、何言ったか全く覚えてないんだけどね!
さて、今度こそ本当に帰りますかと私が立ち上がりドアへ向かうと、フルドも見送るためかドアの前までやってきた。
ドアを開けて出ようとした所で、フルドは何か思い出したのか「あ」と言った。
「そうそう、僕はもう貴族ではなく、ただのフルドになったんだ。これからは、『フルド様』ではなく『フルド』と呼んでくれ。」
思わずキョトン。
いや、まあ、そうなんだけどさ。
身分も(今では)一緒だし、同僚だし、同学年だし、呼び捨てでも良いは良いけど、さっきまでフルド様と呼んでいた身としては、つい微妙な顔をしてしまう。
しかし、これ程晴れやかな顔をしているのだ。
それくらい、意見を飲んでもいいだろう。
「これからよろしく。フルド。」
「私、そこまでネチネチとしてませんけど。」
「久しぶりに会って開口一番それ?」
いつもの酒場にて。
呑みたい気分だった私が取り敢えずな酒を飲んでいると、いつもの様に何処からともなくフェルーク様がやって来て、定位置にしれっと座った。
長い事不在にしていたフェルーク様とは、結構久しぶりではあったけれど、その間に溜まった言ってやりたい事が満タンになり過ぎて、ついつい挨拶よりも先に出てしまった。
「新人王宮魔術師って、フルドの事だったんですね。」
「ああ、やっぱり会ったんだ。」
「はい、会って、色々話を聞きました。」
「そう。仲良くやってる様でよかった。」
人をいじめっ子みたいに言うのやめて下さい。
私は懐がとても広いんですから。
「そう言えば、建国時の王位の話を聞いてフェルーク様驚いてましたけど、フルドから聞いてなかったんですか?」
「聞いてたっていうか、元から知ってた。でも、色々聞いておきたかったから、相手が話したくなる様な反応を取っただけ。」
え、何か腹黒な理由じゃありませんか?
これが誘導尋問と言うのだろうか?
「うーん、交渉術とでも言っておこうかな。」
人の心を読まないで!
「まあ、だからこそフルドが進言した事は信憑性があると判断されて、すぐに次の行動に移す事ができたんだけどね。」
「そうだったんですね。」
そのお陰で、計画を阻止できたわけだし、何だかんだで平和は保たれた訳だ。
「ねえ、ニーナ。」
「何でしょう。」
「もし、異世界に渡る術が開発されたら、君はどうする?」
「どう、て。」
「君は、自分の世界に戻っちゃうの?」
私は目を見開いた。
フェルーク様は視線を伏せ、グラスに注がれた酒を見つめていた。
「それは、」
そこで私は口籠ってしまった。
元の世界に戻る。
それは、ここに来た当初、私が渇望し、無理だと諦めた事。
もし、それが叶うのだとすれば・・・・・・。
「それは、正直難しい問題です。」
私がそう言うと、フェルーク様はグラスを握る手に力を入れた。
「きっと、初めの頃の私なら、即答で戻る事を選択したと思いますが、今の私は、それができません。」
私は酒を一口飲み、喉を潤した。
「こちらに来て、私は短くない時間を過ごしました。その時間の分だけ、出会いがあり、思い出があり、情があります。一度全てを失い、その大切さを知った私には、それらを簡単に切り捨てる事はできません。それでも、今答えを出さなくてはいけないのなら、」
そこまで言うと、私は残りの酒を一気に飲み干し、ドンっと音を立ててグラスを卓に置いた。
「私は戻らずここで暮らします。」
そう、言えるくらいには、この世界をこの国をここの人達を私は好きになっていた。
それなりに辛い事とか苦しい事とか、殺ってしまおうとか、リア充爆発しろとか思った事はあるけれども、それでも、ここを嫌いにはならなかった。
「帰りたい」と言わなくなったのは、いつからだったか。
今の私は、ここで生きたい、と思えるようになったのだ。
それに、元は骨を埋めるつもりでしたからね。
私の答えにフェルーク様は満足したのか、安心したように笑うと、グラスに残っていた酒を飲み干し、この酒場で一番高い酒をボトルで注文してくれた。
「今日は僕の奢り。」
上機嫌に注がれる高い酒を眺めつつ、私は有難くそれを頂いた。
まあ、戻らない理由としては、他にも私を好いてくれている人がいるから、と言うのもあるのだが、既に機嫌が良いみたいだし、恥ずかしいので暫くは黙っておく事にしましょう。
「ニーナ、殿下から書類を預かって来たぞ。」
「ああ、ロダン。ちょっと声抑えてくれる?頭に響く。」
「ん?今日は変わった薬品を使用しているのだな。消毒薬か?」
アルコールはアルコールでも、私の身体から発せられる飲むアルコールの臭いだよ。
あの後、一瓶開けてしまった私とフェルーク様。
私は途中で意識を失い、飲み干した後どうなったとか全く記憶にないが、朝意識が戻ると自室のベッドに居た。
知らないけど、足だけベッドに居た。
恐らく、酔い潰れた私をフェルーク様がどうにかしてくれたのだと思う。前にもあったしね。
そして、よく飲んだ翌日の今は二日酔いで、吐き気や頭痛と闘いながら、二日酔いの薬を作成中だ。
「まあいい。書類はいつもの所に置いておく。」
「はーい。」
「ん?」
「なんです?」
「いつもと違う髪留めだな。」
「君に乙女の些細な変化に気付く甲斐性があったことに驚いたよ。」
「新しく買ったのか?」
「うーん、まあ、そうなるんですかね。」
「ふーん。ニーナの髪は黒だから、白の百合が映えるな。」
私はニンマリ笑って言った。
「そうでしょう。あ、あいててててて。」
顔の筋肉使ったら頭に響いた。
17/01/24 記
誤字修正しました。