15
連れて来られたのは、広間のようになった窓一つない部屋だった。
あの地下牢から階段の上り下りをしていないから、私達はまだ地下にいるのだと思われる。
室内は薄暗く、灯りは最小限といった感じで、部屋の様子はよく見えない。
妙な魔力の流れを感じるから、状況を確認したいんだけどな。
「連れて来ました。」
魔術師の男が声をかけた先を見ると、薄っすらと人影が見えた。
その人影は靴音を鳴らしながらこちらへと、ゆっくり近付き、明かりが灯る場所まで来ると、その姿を顕した。
ニヤリと嫌な笑みを浮かべるベンゲランテ伯爵がそこにいた。
「これはこれはフェルーク殿下。先程はどうも。」
「やあ、ベンゲランテ伯爵。こんな所で歓迎されるとは思ってもみなかったよ。」
ベンゲランテ伯爵の言葉に、フェルーク様は皮肉を含ませ笑顔で応えた。
「お身体も、大事ないようで良かった。大きな魔力も健在なようでなりよりです。」
魔力?
何故そこで魔力の話が出るのだ?
確かに、魔術学園を首席で卒業したフェルーク様は、魔術師としても優秀で、魔力も多く質が良い。
それが何の関係が?
フェルーク様も疑問に思ったのか、片眉を上げ相手の意図を探るように、ベンゲランテ伯爵から目を離さないよう観察していた。
「そんな怖い顔をされますな。私には貴方の魔力が必要なんです。」
「僕の魔力が?それは、貴殿のご子息や我々がこんな風に囚われの身になっていることに関係があるのか?」
フェルーク様の問いにフルドが身を硬くした。
ベンゲランテ伯爵はそんな空気を気にもとめた様子もなく、面白そうに笑みを浮かべると思案するように狸顔の顎を撫でた。
「そうですね。折角なのでお話ししましょう。まずはこれをご覧下さい。」
ベンゲランテ伯爵がそう言うと、部屋は先ほどよりも明るくなり、部屋の様子を照らした。
石造りの壁と床で、家具などは一切置かれていない殺風景な部屋。
しかしその床には、図形や魔術師が使う魔法文字を使用した魔法陣が床一杯に描いてあった。
私が索敵魔術で感知した魔力はこれか。
専門ではないから詳しくは分からないが、珍しい陣だ。
強化の陣に呼び寄せの文言、あれは・・・・・・字が下手で読めない。
だが、見たことがない魔法陣だ。
「これはーー」
怪訝な表情で呟いたフェルーク様の声に、ベンゲランテ伯爵はニンマリ笑い答えた。
「これは、竜を召喚し使役する魔法陣です。」
竜の召喚?
この世界における召喚魔術はまあまあ珍しいもので、召喚は魔術の源と言われる精霊に対して行われる。
精霊は肉眼では見えないものの、普段からその辺りに浮遊している存在だと考えられており、召喚魔術では見えない精霊を見えるようにし、魔術の源である精霊と契約して魔術を行使するのだ。
つまり、従来の召喚魔術とは、見えない物を見えるようにすることなのだ。
RPGのように、何処からともなく召喚獣が現れたり、モンスターが現れたりしないのだ。
この理論でいけば、幽霊も見えるようになるのではないかと考えた事もあったが、怖いので研究するのは止めた。
もし、スプラッタなお化けを見えるようにしてしまったら、やっぱり、ねえ。
日頃から見えない精霊に対し、竜は実体を持ち肉眼で見る事ができる生物だ。
なので見えるようにする訳ではなく、実体のある物を召喚する、つまり何処かから竜を呼び寄せようとベンゲランテ伯爵はしているということなのだ。
そういった成功事例はまだ聞いていないけれど、可能なのだろうか。
「結論から言うと、私は玉座をそろそろ返してもらおうと思っています。」
「玉座を返す?」
「ええ、だって、建国の際に建国の功績者である初代ベンゲランテを陥し入れ、王位を現王家の始祖が奪ったのでしょう?だから返してもらう、であっている筈です。」
「何?」
険しくなったフェルーク様の顔を見て、ベンゲランテ伯爵はクスリと笑った。
「おや、その様子だと真実を知らなかったようですね。それも当たり前です。都合の悪い歴史は、全て隠されてしまっていますからね。」
「!」
フェルーク様が目を見開き、ベンゲランテ伯爵は更に笑みを深くした。
「王にと望まれた初代ベンゲランテ当主でしたが、王位欲しさに仲間に裏切られ、その座を奪われたのです。その奪った者が現王家の始祖。」
ま、まじか。
驚きの事実ではないか。
殿下からそんなこと聞いてないんですけど。
フェルーク様を横目で窺い見てみるが、特に反応は無く、無言でベンゲランテ伯爵を見ていた。
それは、どう捉えれば良いのでしょうか?
もし、この話が本当だとするならば、ベンゲランテ伯爵に王位を譲った方がいいのか?
でも、現王家が治めて何百年と安定した治世を保ってるんだし、このままでも良いような。
「ですが、その治世もここまで。偽の王にはご退場いただき、真の王がその座に着く時が来ました。その為に、竜をこれから召喚しようと考えています。一体で国一つを滅ぼすことのできる竜。この男は中々に優秀な魔術師でね、竜を召喚する術を編み出した。その竜を使役し、玉座を乗っ取ったまがい物の王を引き摺り下ろし、一族郎党根絶やしにして、正当な王位継承者である私が王位に就くのだ。」
朗々と語るベンゲランテ伯爵は、そこで一度言葉を区切り、しかめ面を作って見せた。
「しかし、そこで問題が一つ。竜を召喚する為には膨大な魔力が必要だ。先の実験で竜を召喚してみたが、魔力不足で出来はいま一つ。試しに森に放ち騎士を襲わせてみたが、若い者にあっさりやられてしまった。あれでは竜とは言えない。」
新人研修の時に現われたあの竜は、ベンゲランテ伯爵が召喚したものだったのか!
確かにあれは竜の劣化版といった感じで、きっとあの竜の本来の強さを引き出せていなかったのだろう。
そうか、あの竜はコイツのせいだったのか。
コイツのせいで、私の計画は頓挫し、不用意に竜殺しの名を広める事になったのか。
私の心の恨み節は届いていないのか、顔を得意満面にし、ベンゲランテ伯爵は話し続けた。
「そこで、上質な魔力を多く集め、召喚の儀に用いる事にした。この上は丁度今宵の夜会の会場。今日集めたのは良質な魔力を持った者達ばかり。ここで召喚の儀をすれば、彼らの魔力は召喚の際の糧となるだろう。中でもフェルーク殿下は最上級の魔力をお持ちだ。是非ともこの召喚に協力して頂きたい。まあ、終わった頃には魔力の搾りカスと成り果てて、物言わぬ骸になってしまいますがね。」
何が可笑しいのか、ベンゲランテ伯爵はフフフと笑いを口端に滲ませた。
フェルーク様の視線が厳しいものへと変わった。
「貴方は竜召喚成功のため、実の息子すら儀式の糧にするのか?」
「幸いなことに、息子は貴方には少し劣るものの、素晴らしい魔力を持っていますからね。フルド、嬉しいだろう?父の役に立てて。昔から言っていたじゃないか。大きくなったらお父様のお役に立てるようになる、と。お前は昔から父思いの優しい子だったからな。」
それを聞いたフルドは、目を閉じるとキリっと音がなるほど何かを堪えるように奥歯を噛み締めた。
「父上、もうこの様なことはお止め下さい。」
振り絞る様に出されたフルドの声に、ベンゲランテ伯爵はそちらを向き、不思議そうに首を傾げた。
「何故止める?私達は不当に今の王家に王位を奪われたのだぞ?」
「それは違います!」
「どこが違うんだ!建国に貢献したのは我が一族だ!我が一族が一番国に尽くした!歴史では譲ったとお綺麗に書いてあるが、実際は現王家の始祖に奪われたのだ!謀叛を先に起こしたのはあちらではないか!」
「王位を奪われたというような事実はありません!歴史書で語られている事は、真実なのです!」
「ふん!戯言を。お前と話していても埒があかない。」
ベンゲランテ伯爵は嘆息すると、額に手を置き肩を竦ませ首を振った。
「まったく、昔はそんなこと言う様な子じゃ無かったのに。」
「僕は、自分の中に流れる業を知っている。貴方は分かってない!初代も自分の内にある業を知ったからこそ、王位に着かなかったのです!」
「生意気なことを言う。私の方が正しく知っている。この血の気高さも誇りも、正当な王の血筋である事も。」
「それは違う!お願いです父上、どうかお止め下さい!」
「お前こそ分かっていない。もう私は止められないのだよ。」
「父上・・・・・・!」
フルドの悲痛な呼び掛けにベンゲランテ伯爵は手を軽く振るだけで一蹴した。
フルドは傷付いたように顔を歪め、そのまま俯いてしまった。
この親子のやり取りを見ていた私は、ふと気付いた。
あれ?もしかしたフルドって、案外普通の人?
返しが普通の感性を持った普通の人っぽい。
小悪党顔だけど、フルドにはベンゲランテ伯爵のような考えは無いようだ。
彼は彼なりに父親が罪を重ねないよう、必死なのか。
「さて、お喋りはこの辺にしておきましょうか。そろそろ儀式を始めましょう。」
ベンゲランテ伯爵がそう言うと、魔術師の男はこちらへと近付き、私の目の前まで来た。
え、なに?
何故ここで私の前に?
今まで空気だったのに。
私が怪訝に魔術師の男を見ていると、男はニヤリと笑い口を開いた。
「儀式には膨大な魔力の他に、必要な物がもう一つありましてね。貴女にご協力を頂こうかと。」
協力?
そう言うと、魔術師の男は私の手枷に命令し、私をいきなり引き寄せた。
「わっ。」
「何をするつもりだ。」
フェルーク様の鋭い声に魔術師は怯んだ様子も見せず、ニヤリ笑顔のまま答えた。
「彼女は魔力が少ない様ですし、生贄にするんですよ。上から連れて来る手間が省けました。」
生贄だと?
マジかっ!
え、それ結構どころじゃなくヤバいじゃないか!
魔力を隠蔽していたことが仇になって、自ら死期を近めてしまった!
死亡フラグ半端な!
そう思うと私の顔は自然と青く変化していく。あ、変な汗も出てきた。
「止めろ!」
魔術師の男との間に入り私を庇おうとフェルーク様はしてくれたが、手枷に魔術師が命令してフェルーク様を床に縫い付けた。
「くっ!」
「フェルーク様っ!」
フェルーク様が動けなくなったことを確認すると、魔術師の男は指をスイッと横に動かし、私を魔法陣へと誘導する。
「儀式の生贄には、うら若き乙女の生き血が必要でな。丁度良かった。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
今、フェルーク様達の方から何とも言えぬ空気が流れた気がする。
そして彼らは、「あ、この召喚の儀式失敗する」って思った気がする。
「彼女、乙女かもしれないですけど、今若作りしてますから、実際は行き遅れのうら若くない乙女ですよ」って思った気がする。
「・・・・・・止めろ。」
フェルーク様、それはもしかしてアドバイスですか?
ちょっと、何で目を反らすんですか。
あ!フルドまで!
貴様ら!
「何をしている。早く来い!」
抵抗して立ち止まり(二人に睨みをきかせるために)動こうとしない私に、少し苛立った魔術師の男はそう言うと、私の腕を掴み引っ張った。
「痛っ。」
思いの外、強い力で引っ張られ、私は痛みを訴えた。
すると、バチッという大きな静電気が起きた様な音が突如起こった。
「ぐあっ!」
続いて男の呻き声がし、私は驚いて音源を見ると、そこには手を押さえる魔術師の男の姿があった。
今、何が?
「ほう。守護の魔術ですか。」
忌々しげに吐かれた魔術師の男の言葉に、私はハッと思い出した。
そう言えば、フェルーク様に貰った髪飾りにそんな効果が付いてたっけ。
すっかり忘れていた。
所有者の拒絶の言葉に反応するタイプの魔術が掛かってたのか、どうやら私の「痛っ」という言葉に反応した様だ。
と、私が考えに耽っていると、魔術師の男が手を伸ばし、私の頭から百合の髪飾りを奪っていった。
「あ。」
しまった。ボーとしてたら持って行かれてしまった。
「こんな物をつけて小癪な。」
そう言うと、魔術師の男は髪飾りを床に叩きつけ、思いっ切り振り下ろした足で踏みつけ、髪飾りをバキッと音を立てて砕いた。
何回も踏み締め、粉々になるまでその行為は続いた。
私はその光景を止める事もせず、ただただ呆然と眺めた。
フェルーク様が私にくれた髪飾り。
似合うと言ってくれた髪飾り。
こんな無残な姿に・・・・・・。
そして、私の頭の中で細い紐が切れる音が響いた。
「な、何て事してくれんのよーーー!!」
私の怒りは魔力の爆発と共に、屋敷内に木霊した。
その木霊は、明け方まで響き渡った。




