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王宮魔術師は基本研究職であるが、有事の際には戦闘に参加する義務が課せられていた。
そのため、魔術師と言えど戦闘訓練が定期的にあり、それにはもちろん私も参加していた。
自慢ではないが、戦闘訓練において、私は未だに負けなしという素晴らしき成績を収めていた。
「まさかこの私に、膝を付かせるとは。」
「今まで気を失ってたから、膝と言わず体全体がベッタリ床についてたよ。」
「敵ながら実にアッパレ。」
「物理は専門外だもんね。」
魔術師の私は肉弾戦や原始的な攻撃には滅法弱いという事が解りました。
あの時気を失った私達は、気づいた時には魔封じの手枷で自由を奪われ、いかにもな地下牢に入れられてしまった。
先に目覚めたのはフェルーク様で、私は彼に起こされる形で今に至る。
「護衛なのに役立たずでスミマセン。」
「男としては、守られるより守りたいんだけどな。僕の方こそ、守ってあげられなくて、ごめん。」
「フェルーク様・・・・・・。」
頭を下げ、顔を俯けるフェルーク様に、起き上がった私はそっと寄り添った。
「こほん・・・・・・僕がいる事を忘れてませんか?」
「ああ、フルド。そうだったね。居たね。」
「そういう茶番に付き合わせるの、止めてもらえませんか。」
「まあ、そう言わず。」
ニコリと笑顔でフェルーク様が言うと、フルドは嫌そうに顔を歪めた。
そんな彼の手にも私達同様、魔封じの手枷が嵌っていた。
驚くべき事に、フルドも私達と共に地下牢に入れられ、捕らわれの身となっているのだった。
フルドも私と同じ様に首に刺激を感じたかと思うとそこから意識が無くなり、気付いた時にはこの地下牢に入れられていたそうだ。
彼が気が付いた時には私達は彼の周りで寝こけており、彼がフェルーク様を起こし、フェルーク様が私を起こし、今では三人仲良く牢屋の住人をしている。
フルドは眉間に皺を寄せて渋面をつくると、プイッと顔を背けた。
「王族と馴れ合う気は無い。」
投げ捨てる様にそう言って伏せられた瞳には、悲しみの色が宿ったように感じた。
私はフルドの様子に内心首を傾げるも、聞いてはいけなさそうな雰囲気が漂っていたので、見なかった事にして、取り敢えず違う話を始める事にした。
「と言うか、ここは何処なんですか?」
「地下牢かな。」
「そんなの分かってますよ。」
私の疑問にいい笑顔で答えてますけど、フェルーク様、私が知りたいのはそういう事ではない。
「状況的に見て、ベンゲランテ伯爵屋敷の地下牢かな。そこの小窓から見える月の位置からしても、それ程時間は経っていないと思うから遠い所へ移動は出来ないだろうし、人を三人も運ぶなら、屋敷の地下が精一杯じゃないかな?いやー、流石は月見の会。見事な月で助かったよ。」
それを知りたかったんです。
そうか。ここは伯爵屋敷の地下牢か。
ならば尚更、何故彼はここに居る?
「・・・・・・何だ。」
フルドをジッと見つめながら考えていると、私の視線に気が付いたのか、あからさまに不快だと顔に浮かべてフルドが私を睨んできた。
「何でここに居るのかと思って。」
「何?」
「もしかして、そういうご趣味?」
「どういう趣味だ。」
「ほら、自分に手枷とか掛けて牢屋に入るアレですよ。苛められるのが好きといいますか、痛いのが好きと言いますか。」
「そんな趣味は無い。さっきも言っただろ、気絶させられてここに連れてこられたのだと。」
フルドは少し疲れた様な顔で息を吐くと、壁に背を寄せた。
「それが腑に落ちないのです。まあ、私達のように心当たりがあるのなら、まだ解せますが。何故、貴方はここに居るのですか?」
私の問いにフルドは唇を噛むと、目を伏せ顔を俯けた。
簒奪の疑いのあるベンゲランテ伯爵の屋敷に来て、そこでこんな事になったのだから、最も怪しいのは伯爵なのだが、その息子であるフルドも捕らわれているところを見ると、別の犯人がいるのだろうか?
それとも伯爵が?でも、実の息子まで捕らえて何のために?
「そんなの、こっちが知りたい。」
フルドは固く目を閉じると、口を引き結び、そのまま黙ってしまった。
大きな屋敷全体を覆うほどの結界を作り出せるフルド。
それ程大きな魔力を持ったフルドが主犯か、もしくは父親と結託しているのかと思っていたのだけれど。
フルドは違うのだろうか。
「さて。僕達がこんな状態になったって事は、ベンゲランテ伯爵は限りなく黒だと考えて良いのかな?」
フェルーク様の言葉に私は頷く。
「というか黒ですよ。さっきの感知の結果と合わせて、もう黒でよくありません?」
「うーん。もう一声欲しいなぁ。」
そう言われてもなぁ。
私が何かないかと唸っていると、フェルーク様は姿勢を正し、私達とは離れて端にいたフルドに向き直っていた。
「実はね、フルド。お父君のベンゲランテ伯爵には今、謀反の疑いがかけられている。」
「!」
フェルーク様の言葉を受け、フルドが驚いた様に目を見開いてフェルーク様へ振り返った。
そして私も目を見開いてフェルーク様を振り返った。
え!それ言っちゃっていいの?!
フルドだって白くはないよ!
というか敵に程近いよ!
こちらの動揺など気にも止めずフェルーク様は続けた。
「何か知っている事があれば教えて欲しい。僕はこの状況を打開したいんだ。それにもし君が、今回僕達がここを訪れた件で困っているなら力にもなりたい。」
真っ直ぐ見つめて問いかけるフェルーク様に、フルドはチラリと視線をやるとすぐに逸らし、不機嫌に顔を歪めた。
「これだから王族は好きになれない。あんなに優しかった父上を醜悪に変えてしまったんだから。」
「え?何ですって?」
ボソッと呟かれた言葉は良く聞き取る事が出来ず思わず聞き返してみるも、フェルーク様の苦虫を噛み潰したような顔や、フルドの何かを堪えるように引き結んだ口が、「あ、シリアスなやつだ」と、聞こえなかった私にも知らせた。
え〜。こういう時どうすれば良いのか、分かんないんですけど〜。
勝手にシリアス持ってくの止めてくんない?
これコメディな話なんだけど?
黙ってしまったフルドにフェルーク様は「そう」とだけ返し、この話は終わった。
暫くフルドの様子を見ていたかと思うと、フェルーク様はさっきまでの空気が無かったようににっこり笑って「さて、じゃあ脱出方法でも考えようか」と殊更明るい調子で話題を転換した。
「脱出方法ですか?」
でもさ、こういう場合の脱出ってさ、敵方の出方を窺ってから動いたり、味方が助けに来るのを待ってたりするのが定石ってもんじゃ無いの?
「ここに何日命あるまま居られるか分からないからね。僕らがここにいる事で味方が不利な状況になるのは明らかだから、一先ずは逃げとこうかなって思って。」
まあ確かに、私達の利用法は分からないし、ここであーだこーだ言っている間に殺されたら、どうしようもないのは確かだし、フェルーク様を人質とかにされたら面倒ではありますよね。私は渋々、脱出方法を考える事にした。
「じゃあ、力でこじ開けるのはどうです?」
「うーん。ここにいるのは皆んな力自慢じゃないから却下かな。」
「じゃあ、トイレ行きたいから出してくれ、は?」
「そこで用は足せるから無理だね。」
「ならば、最終手段。誰か死んで、その騒ぎの中逃げ出す。」
「君は誰を犠牲にするつもりなの?」
「・・・・・・・・・何故僕を見る。」
フルドの睨みと目が合って、無意識にそちらを見ていた事に気が付いた。
いかんいかん。悪魔の囁きが聞こえてしまった。
「君の発想はいつもどこか危険な香りがするよね。」
ふふふ、と笑いながらフェルーク様はそう言うが、目は気持ち遠い気がした。
「こういう時どうするのか訓練したりとかしてない?ニーナ。」
「ニーナ?」
突然声を上げたフルドに何事だと思って目を丸めて見やると、フルドは心底驚いた様な顔で私をまじまじと見つめていた。
な、何だ?またセクハラか?
「君は、ニーナなのか?」
「え?まあ、そうですけど。私をご存じなんですか?」
「彼、学園で同学年だったって教えたでしょう?」
呆れを含んだフェルーク様の顔に、私は視線を泳がせた。
そう言えば、そうでしたねぇ。
いや、でもさ、ほら。私のようにクラスメートすら覚えてないというケースも無きにしも非ず?的な?
「君は何かと目立ったからね。同時期に学園にいた生徒で君の事を知らない者はいないよ。普通に周りの事に目を向けていればね。」
むー。否定はしません。自覚しております。
学生だった当時、私にはいくつか目立つ要因があった。
一つ、当時、平民からの特待生は私しか居なかった。
一つ、この国において黒髪は珍しく、さらに東洋顏はもっと珍しかった。
一つ、一番仲が良かった友達は第三王子のフェルーク様だった。
これらの事によって私は学生時代、結構な有名人だったのだ。
すみませんね。アホ丸出しの質問して。
「では、本当にあのニーナなのか?」
「まあ、そうですね。」
「でも、顔がーー」
「ああ、今は変身しているんです。貴方のように私を知ってる人に会って警戒されたくなかったので。」
そうか、とフルドは言ったかと思うと、ハッと何かを思い出した様に顔を上げた。
「結婚して魔術師を辞めて、田舎に帰ったのではなかったのか?」
「・・・・・・今その話します?」
私の引き攣った笑顔に震えを見せたフルドは、左右に細かく首を振ることで意思表示を見せた。
「良い判断です。聞いたら生きては帰れないところでした。」
その私の言葉にフルドは視線を逸らすと、顔を青くし俯いて暫くカタカタしていた。
「そ、そうか。ーーだが、君がニーナだと分かって色々納得した。」
「?」
フルドの台詞に私が首を傾げ、どういう意味かを問おうとすると、フェルーク様が口を開き話の軌道を戻した。
「ところで、さっきの続きだけど、ーー」
「おや?皆様お目覚めですか?」
突然現れた第三者の声に私達はハッとし、声が聞こえた方へ振り返った。
そこには、魔術師風のローブを纏った男が一人立っていた。
真っ暗な牢の通路に設けてある光を背にして立っているせいで、顔はよく見えないが、声からしてベンゲランテ伯爵とそれ程変わらないくらいでは無いだろうかと思われる。
「丁度いい。運ぶ手間が省けました。」
男はそう言って一本立てた指をクイっと曲げると、そのまま滑らすように横へ動かした。
すると、手枷が何かに引っ張られているかのように動き、私の体を引っ張り上げた。
何これ。
他の二人を伺い見ても、私と同じように手枷に引っ張られているようで、手枷から立たされているところだった。
どうやらこの手枷は、魔術を掛けることによって効果である、魔封じをすると同時に魔力の主人である魔術師の命令で動かす事も出来るようだ。
確かに、手枷からこの男と同じ魔力を感じる。
「さあ、さっさと歩いて下さい。とっておきの場所にご案内しますよ。」
男はそう言うとニンマリと笑い、指を動かし手枷で舵を取り私達を歩かせようとした。
何とか立ち上がった私は、男が操る手枷に引っ張られ、渋々足を前に出す。
チラッとフェルーク様を見た時も、視線が合うと何だか頷いてたし、それって今は相手に従えって事なんだろうし、魔術師の男が言うように私は歩くことにした。