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幕間的なものです。
魔力ある人々が集うここは、王都にある魔術学園。
幅広い年齢の生徒が通っているが、その大半は十代半ばの青春期の少年少女達。
故に、生徒達は年頃の少年少女らしく、色恋に花を咲かせることもある。
「ねえ、聞いた?昨日あの方がマリーア様と一緒に街にいらっしゃったんですって。」
「まあ、本当?」
話題に上がったのは現在学園に在籍するとても高貴な人物と学年一の美少女と言われる侯爵令嬢。
その二人が休日を利用し、街を歩いている姿を他の生徒に目撃されたのだ。
「雑貨屋にいたんですって。しかも二人で!仲良さそうに!」
「もしかして、お二人って、付き合ってるのかしら?」
「そうだったら素敵。とってもお似合いの二人だわ!」
「まさに美男美女!」
「きゃー!」
教室の隅で人目を憚るように語られる話し。
実際は隅で話す女生徒達だけではなく、教室のどこかしこで同じ話しが語られていた。
その話しを彼女は自席につき、本を読みながら聞き流していた。
「ねえ、何で怒ってるの?」
「別に、怒っていません。」
「うそ。だって顔が不機嫌だよ。」
「これが真顔です。」
「うそ。僕には分かるよ。君のこと、いつも見てるから。」
「ストーカーですか。」
最後は呆れたように、読んでいた本をそのままに彼女は言い放った。
学園には生徒達の憩いの場として、いくつか庭園に四阿を設けていた。
その一つを彼と彼女は陣取り、彼女は読書に、彼はそんな彼女に付き添うようにして過ごしていた。
一向に本から目を離そうとしない彼女の様子に、彼は再度、口を開いた。
「ねえ、僕が他の子と一緒だったのが嫌だったの?」
少し真剣味を帯びた声で放たれたその言葉に、彼女はページを黙って捲る指を止めた。
彼女の変化に気付きながらも、彼は彼女から目を離さず言葉を続ける。
「僕が、君じゃない人を選んだことが、そんなに嫌だった?」
「・・・・・・。」
「ねえ、教えて?」
重ねて問われた声は次第に切なさを伴い、泣き出しそうにも聞こえたが、ページすら捲らず、沈黙を貫き本から顔を上げない彼女からの返答は来ることはなかった。
「・・・・・・いいよ。今はそれで。」
諦めたように言った彼は、言葉とは裏腹に、自分では望む言葉を引き出せないことに、胸の奥で苦さが広げた。
彼は切り替えるように一度息を吐き出すと、鞄に隠し持っていた小箱を取り出した。
「そうだ、今日は渡したいものがあったんだ。」
「・・・・・・渡したいもの?」
彼の言葉に漸く顔を上げた彼女は、首を傾げて彼に問い返した。
その彼女の顔が、少し申し訳なさそうに歪んだ跡が残っていたことを彼は見なかった事にした。
「そう。もうすぐ誕生日なんでしょう?」
彼がそう言うと、彼女は少し顔を歪ませ「はあ、まあ。」と肯定した。
彼は、彼女が年々、年を数える事が憂鬱だと以前言っていたことを思い出し、少し笑った。
そして、先ほど取り出した小箱を彼女へずいっと差し出した。
「これ。」
「なんです?もしかして、誕生日プレゼントですか?」
綺麗に包装された小箱を受け取り、彼女は始め首を捻るも、ピンときたようで片眉を上げた。
「僕からのお祝い。開けてみて。」
彼から促され、渋々包みを開いた彼女は中身を確認し、息を止めた。
「・・・・・・髪留め、ですか?」
「うん。・・・・・それを買いに行ってたんだ。」
その言葉に彼女はハッとした。
思い出したのは、教室で語られていた彼の話し。
彼女が彼の顔を見ると、彼は真剣な顔で彼女を見つめていた。
彼女は慎重に言葉を選び、彼の言葉に返した。
「これを?」
「うん。」
「二人で?」
「雑貨屋を覗いていたら、たまたま会ったんだ。それで、こういう事した事なかったから、女性の意見を少しもらったんだ。君に似合いそうなのはどれなのか。意見を聞いて、その後は別々。彼女とはそれだけ。」
教室で囁かれていた事の真実を彼から聞き、彼女は頷き「そうですか」と一言添えた。
幾分和らいだ空気に彼は気を良くしたのか、彼女に「付けてみて。」と箱を押しながら言った。
そこで戸惑ったのは彼女だった。
彼女は考えるように俯き躊躇いを見せた。
彼は彼女が躊躇う理由を知っていた。
装飾品をあまり身に付けない彼女だが、一つだけ愛用しているものがあった。
その時、彼女の母国に伝わる、異性から贈られる装飾品にまつわる意味を彼は教えられた。
それでも、彼は彼女へ贈りたかった。
彼女が自分の事を見てくれているのなら。
箱ごと髪留めを返そうとする彼女に、彼は華奢な手ごと包み込み、彼女の方へ押し戻した。
「友達のために僕が選んで贈ったんだ。君にとってそれ以上の意味はない。・・・・・・お願い。」
真摯な声とは裏腹に、彼の顔は眉が下がり、震えだしそうな唇はぎゅっと引き結ばれていた。
何かを耐えるように、何かを懇願するように。
彼女は視線を彷徨わせると、彼の方へ押していた手から力を抜き、自分の方へ小箱を引かこ寄せた。
「・・・・・・分かりました。」
「ありがとう。」
ほっと吐かれた息が、彼女の耳に届いた。
彼女は受け取った髪留めを付けて見せ、彼はそんな彼女を優しい瞳で見つめた。
「誕生日おめでとう。思った通り、よく似合うよ」そう言うと、彼は彼女の髪を一房掬い、梳くように手を引いた。
熱さを孕む彼の瞳は一心に彼女を見つめ、彼女も彼を見つめ返した。
見る人によっては、彼女のその瞳には、彼の瞳と似たような熱が宿っているように見えていただろう。
しかし、それも一瞬のことで、彼女は視線を下へ逸らすと「ありがとうございます」と返し、少し身を引いた。
彼はそれを追うことはしなかった。
彼女は微笑むと髪留めをはずし、大切に入っていた箱に戻した。
知ってますか?
あの人は貴方に気があるんですよ。
たとえ、私のためであっても、いえ、私のためならば尚更、一人で選んでほしかった。
最初から最後まで、他の女なんか思考に挟まず、私の事だけを考えて。
どんなにダサくたって、構わなかったのに。
貴方が私のことを思ってくれているのなら。
その言葉は、彼女の中の深い所へ沈んで行った。




