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「君と旅行出来たのは嬉しいんだけどさ、折角なんだからロマンチックなのが良かったな。」
「たとえば?」
「そうだなぁ、いっそ敵方の夜会に行くのではなく、花が咲き誇る美しい丘で夜景を眺めつつ月明かりの下、二人だけの夜会とかどう?」
「・・・・・・。」
「何とも言えない顔だね。」
いえ、それじゃあ本末転倒というか、仕事出来ないというか、それだったら出張とかせずに研究室にいたいというか、この旅無駄みたいな。はい。
現在、私達はベンゲランテ伯爵邸へ向かう馬車の中。
夜会用の衣装に身を包み、カタカタと馬車に揺られている。
向かい側に座るフェルーク様をチラリと見やり、私はそっと溜息をついた。
「それにしても、フェルーク様は今日はより一層輝いていますね。」
「そう?」
「ホント、何着ても似合いますね。」
常日頃からイケメンだとは思っていたけれども、夜会用の衣装に身を包んだフェルーク様はより一層、というかうなぎ上りレベルでイケメン度が増していた。
私だって、先日たまたま手に入れた呪われてないドレスを着て、夜会のために普段の千倍は飾り立てているというのに、「うーん、普段の1.5倍くらいかな?(当社比)」の飾り気しかないフェルーク様の方が輝いていた。
正直、女として負けている感が半端ない。
「そうかな?僕よりも、ニーナの方が一段と輝いているよ?ドレスも良く似合ってーー」
「この馬車、窓開かないんですか?春とはいえ、密閉空間はさすがに暑い、酸素薄い。」
「・・・・・・ニーナ、そう言うの止めるんじゃなかったの?」
「う。スミマセン。長年鍛えたスルースキルが呼吸する様に発動してしまって。日本人は奥ゆかしい生き物というか、黄金の右手が震えるというか。」
「ごめん。なんだかよく分からなかったけれど、癖だから治すの難しい、という事?」
「さすがフェルーク様。そんな感じで。」
「とにかく分かったよ。」
フェルーク様はそう言って溜息を吐くと、腕を組んで窓の外を見遣った。台詞をつけるなら「やれやれ」だろうか。
「そのドレス本当に似合ってるよ。まあ、惜しむらくは、ニーナが変身している事かな。」
そうなのです。
潜入捜査のようなものという事で、現在、私は前回の小旅行の際開発した、変身魔術を使用しているのだ。
とは言っても、私が御局様と呼ばれていた経緯からも分かる様に、『竜殺し』の名は大変有名になったが、私の顔と本名はあまり知れ渡っておらず、渾名ばかりが一人歩きしている状態だ。
名前の厳つさも手伝って、『竜殺し』は男だとも思われているしまつ。
私を知る人は少なく、面割れしていないのが現状だから、変装とかしなくてもいいのではと思わなくもないが。
まあ、それでも知ってる人は知っているので、私が潜入している事が知れないよう(バレたら相手に警戒されるだろうし)、変身していると言う訳だ。
今回はグレードアップさせ、ピアス型変身魔道具にしてみた。
魔道具なら、いちいち魔術の維持とかしなくていいしね。
また、魔力で素性がバレない様、一般人と偽装するため、魔力も念入りに隠蔽してみた。
我ながら、会心の出来である。
「あ、そうだ。」
外を眺めていた彼は、突如何かを思い出したかのように私の方を向くと、上着のポケットから可愛らしい小ぶりの髪飾りを取り出した。
「可愛いですね、それ。百合ですか?」
「そうだよ。」
「・・・・・・似合うと思いますよ。」
「生温かい目で僕を見ないで。どう見ても女性用でしょう。」
「・・・・・・似合うと思いますよ。」
「その目止めて。僕のじゃないよ。これは君に。」
彼の言葉に私は思わず数度瞬きをした。
「私にですか?」
「そうだよ。付けるから頭をこっちに。」
思わぬ展開に私は言われるがままに頭を差し出した。
「この髪飾りには守護の魔術がかけてある。専門家の君には敵わないかもしれないけど。」
「私の専門は治癒魔術ですが。」
「君を守ってくれるよう、僕がかけたんだ。」
「それだったら、尚の事フェルーク様がお付けになった方が良いのでは?護衛対象なんですから。」
「僕に女性用の髪飾りを付けろと?」
「・・・・・・似合うと思いますよ。」
「だからその目止めて。ちょっと心が込もっていたところが気になるのだけど。さて、出来たよ。」
顔を上げて見ると、目の前には満足気に頷くフェルーク様の顔が目に入った。
彼の勧めもあり、私は夜の暗さで鏡の様になっていた馬車の窓で、自分の頭を確認した。
そこには、夜会用にセットされた私の髪に、愛らしく百合が咲いていた。
「わあ、ありがとうございます。」
腐っても、嫁ぎ遅れても、私は乙女なので、こうやって着飾ったり可愛らしい物を付けたりするのは好きだ。
正直嬉しい。
私が色んな角度で楽しんでいると、窓越しにフェルーク様の様子が目に入った。
彼は、窓を眺める私を見ており、その瞳はどこまでも優しく、その笑顔はどこまでも甘やかだった。
「とても、似合ってるよ。」
「・・・・・・ありがとうございます。」
「これはこれはフェルーク殿下。今宵は当家の月見の夜会へとお越し下さり、誠に恐悦至極にございます。」
「お招きありがとうベンゲランテ伯爵。」
ベンゲランテ伯爵の慇懃な礼と口上に、フェルーク様は笑顔で応対した。
敵地に無事乗り込むことに成功した私達は、到着すぐに伯爵に捕まり、挨拶を交わすこととなった。
フェルーク様にベンゲランテ伯爵も笑顔で返すと、さも今気付いたように私へ視線を向けた。
「おや?こちらの方は?」
「こちらは、遥か東国の御令嬢で、ニルヴァーナ様と仰います。」
「ニルヴァーナでございます。」
再び使うことになった悟れそうな名前を名乗りつつ、私は伯爵へと付け焼き刃の淑女の礼をとった。
「これはこれは遠いところからよくぞお越しくださいました。私はベンゲランテ伯爵家当主、ランドル・ベンゲランテと申します。」
私の不慣れな挨拶にも、伯爵は本物の淑女にする様な挨拶を返してくれた。
さて、今日の私はさる東国の令嬢で、遊学という名のお忍びで今回この国に来ているという設定だ。
せっかく来たのだからと、建国の英雄であるベンゲランテ伯爵を紹介したくこの夜会にフェルーク様が連れて来た、という事になっている。
「左様でございましたか。光栄でございますな。」
「父上や兄上にも秘密でお連れしたから、伯爵も内密にしてくれると助かります。」
「はははは。そうでございますか。」
快活に笑ったベンゲランテ伯爵は、チラリと私の方へ視線を向け、少し目を細めてみせた。
「それにしても、殿下も隅に置けませんな。」
伯爵はニヤリとした笑みをフェルーク様へ向け、対しフェルーク様は苦笑いで答えた。
「これは偶然。彼女の国ではそういった風習は無いみたいだからね。」
「左様でございますか。」
ベンゲランテ伯爵はニヤリとした笑顔を見せたまま「どうぞ、ゆっくり楽しまれて下さいませ。」と言うと、他の招待客への挨拶もあるからと、退席の挨拶をして私達の前を去って行った。
去り行く伯爵の背中を見送りつつ、私は首を傾げた。
「何です?今の。」
「まあ、そういうものなんだよ。」
「は?」
「全部終わったら教えるよ。じゃないと、きっと君はそのまま兄上の息の根を止めに行きかねないからね。」
「つまりは、そういう内容とい事ですか。」
「さてね?」
「今はそれで止めておきましょう。」
きりがいいところでフェルーク様は軽く咳払いをすると、咳をするために口元へ当てた手をそのままに、私に聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で話しかけてきた。
「ベンゲランテ伯爵の印象はどうだった?」
その問いかけに、私も扇を広げて口元を隠して答えた。
「そうですね。狐を想像したのですが、狸系で少し残念でした。」
「何の話し?」
私の呟きに、今度は彼が首を傾げて尋ねてきた。
「いえ、動物に例えるなら何かなと、ここに来るまでに考えてたんです。それで、狐系で如何にも悪役そうな顔なんじゃないかな、と想像していたんです。」
「狸ってことは、その予想が外れたってこと。」
「はい。ちなみに、私の故郷では狐と狸は人間とかに化けると言われていて、人を騙す存在の喩えとしてよく使われます。」
「ふーん。まあ、確かにそうかもしれないな。とても友好的な印象だったけど、腹の中では何を考えているか分からないしね。」
ベンゲランテ伯爵は中年層の男性で、ニコニコとした笑顔が印象的な紳士だった。
まあ、体型含め顔も狸にそっくりなのだが。
フェルーク様の茶目っ気が配合された台詞にも、笑って対応していたし、とても人が良さそうな紳士、と言う印象を受けた。
だが、良い人そうでも人を騙す。
詐欺師はそう言う人が多いと聞いた事があるし。
見た目だけではその人の考えていることまでは分からない。
害の無さそうなアーノだって・・・・・・。
私が考えに耽っていると、フェルーク様が脇を小突いてきた。
「何ですか?」
「顔がこの世の物ではなくなってるよ。」
「あ、スミマセン。」
「ほら、次の人が来たよ。」
そう言ってフェルーク様が目線で示す方を見ると、ヒョロリとした青年が目に入った。
また、その容姿が面白い事に、
「わあ、私の伯爵イメージまんま。」
「考えが声に出てるよ。」
「失敬。」
私は扇を閉じると、こちらへ向かって来る青年に視線を向けた。
「お久しぶりにございます、殿下。」
「久しいな、フルド。留学していると聞いていたが。」
「先日、父に呼び戻されたばかりにございます。」
「そうだったのか。」
狐によく似た青年は、顔に笑みを乗せているものの、小悪党臭がプンプンする笑顔だった。
しかも彼からは結構大きな魔力を感じる。
竜のような大きな生き物に魔術を施すのだ。
彼の様な力を持った者が適役だろう。
もしかして、彼が・・・・・・。
「それで、こちらのご令嬢は?」
私が考えに耽っていると、話しを振られ慌てて礼をした。
「彼女はニルヴァーナ殿だよ。」
「ニルヴァーナにございます。」
「ニルヴァーナ殿、こちらはフルド・ベンゲランテ殿。ベンゲランテ伯爵の嫡男だ。」
「フルド・ベンゲランテと申します。」
息子かー。
確かによく見ると似ているような、でも種族が違い過ぎてそれもよく分からん。
でも、王座を脅かす動機と力は十分だ。
私が下げていた頭を上げると、すでに上体を起こしていたフルドがまじまじと頭の上から爪先まで、私の事を見ていたのだ。
な、なんだ。セクハラか?セクハラはいかんのだぞ青年。
ジロジロ見るな!
「な、何か?」
おずおずと私がフルド青年に尋ねると、青年は「失礼」と一言入れ、薄い笑みを浮かべた。
「いえ、てっきりフェルーク様は彼女を連れて来ると思っていたものですから。まあ、彼女も結婚すると言っていましたから・・・・・・。しかし、その衣装。これはまた。」
そう言ったフルドの視線は、明らかに侮蔑を含むもので、私の眉は自然と上がった。
「これは偶然。彼女の母国にはそういった習慣は無いよ。」
「それにしたって、その髪飾りなど特に。ご令嬢が殿下にとって、そういう存在だと誰でも思います。」
「そう言ってくれるな。彼女の意図するところではないよ。」
苦笑で答えるフェルーク様にも、フルドはフンッと鼻を一度鳴らし、一応はそれ以上何も言わなかったが、納得していないと顔にはありありと書いてあった。
挨拶もそこそこにフルドは不快だという空気を漂わせながらその場を去って行った。
「何か気に触る事でもしましたかね、私。」
「まあ、何というか、彼は昔から誰に対してもあんな感じだよ。」
「感じ悪いなぁ。」
「それで、彼はどう?」
「イラッとします。」
「そうじゃなくて。」
諌めるフェルーク様を横目に、私は溜息を吐くと扇を広げ、再度、口元を隠した。
「彼は優れた魔術師のようですね。この屋敷に張り巡らされた守護の結界は、彼一人で行使しているようです。結界の完成度の高さもさる事ながら、この大きく精巧な結界を維持させる魔力量も素晴らしい。正直、竜をどうこうするのは、彼だったら可能だと思います。」
「思いのほか高評価だね。流石は学年次席と言ったところか。」
「どこか魔術の学校に通っていたのですか?」
「え?覚えてない?彼は僕達の同級生だよ。まあ、クラスは2つ隣りだったけど。」
「・・・・・・。」
「その反応は覚えてないんだね。」
苦笑するフェルーク様を横目に、私はそっと扇子で顔を隠した。
ただでさえ同級生の顔と名前とかクラスメイトを覚えるので精一杯だったというのに、2つ隣りのクラスとか覚えられない、というか覚えてない。
特に、学生時代の私は婚約者以外の異性は基本、アウト・オブ・眼中で過ごしていたので、男子学生は記憶に引っかかりもしない。
すみませんね、記憶力が無くて。
その頃には、既に良いお年だったから脳も良いお年になってたんだよ。
「同じ教室にいる人すら怪しかったからね。そんな事だろうと思ったよ。」
「いえ、さすがにクラスメイトくらいは憶えてますよ。」
「じゃあ、学級委員だった人は?」
「タ、いえ、ユー・・・・・・なんとか。」
「ほら。」
「おっほん。何と言いますか、お後がよろしいようで。」