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こちらに来たのは恋に恋する年頃の時で、こちらに来てからは恋愛らしい恋愛もせずに婚約し、それから数年後破局。
そんな私だからか、恋愛に関する知識が乏しい。
と、いう事で、恋愛について勉強する事にした。
「ミラアの背が壁についた。クロードはミラア越しに壁へ両手をつき、彼女を捕らえた。ミラアはその甘い囲いから抜け出す事が出来なかった。・・・・・・何だ?これは。」
これはかの有名な“壁ドン”です。
ではなく。
突然かけられた声に私は驚き、慌てて本を閉じてそのまま表紙を伏せた。
「ロダン、ノックくらいしてよ!」
「した。だが返事が無かったのでドアを開けて確認してみたんだ。」
返事が無いならそこで諦めろ。
「で?何をしていたんだ?周りの音が聞こえない程集中して。」
そう言うとロダンは身を乗り出し、私の手元に隠してある本と机の脇に寄せていた本を観察し始めた。
私は本達を隠すように背に庇うとロダンから遠ざけた。
「何って、そりゃあ、研究ですよ。」
研究と言っても恋愛のだが。
ちなみに参考図書は少女小説と女性向け小説です。
王族か利用する貴族かどなたか知らないが、この王宮に設けられている図書館は、意外と少女小説や女性向け小説が充実しており、良い参考書を沢山見つける事ができた。
勿論、それ以外の娯楽も専門書も本好きには堪らない程充実しているらしいが。(本の虫な図書司書情報)
それにしても、ロダンが来た時女性向け小説を読んでなくてよかった。
何冊か読んだが、結構な「ワァーオ!」なシーンが満載だったからな。
無駄に耳年増レベルがアップしてしまった。
私の返答にロダンは一つ頷くと「そうか」とだけ言って乗り出していた身を引いた。
それで終わりかい。
相変わらずツッコミには向いてないようだ。
「それより、用があって来たんじゃないんですか?」
「ああ、殿下がお呼びだ。」
「えー。何か嫌な予感がするから行きたくないなー。」
「執務室でお待ちだ。」
「私の拒絶は無視ですか?」
「そんなこと言いつつ行くのだろう?」
「まあ、そうですけど。」
ツッコミが出来ないロダンではあるが、人の事はよく分かっているもんだ。
私は本を片付けロダンと共に殿下の執務室へ向かった。
「わーお。」
殿下から言い渡された任務についての私の第一声及び感想の一言。
いつもの様に、お使いロダンに呼ばれて殿下の執務室に来てみれば、驚きの仕事を殿下から言い渡された。
その内容は、フェルーク様の出張に同行し、同行した先の夜会に出席しろ、との事だ。
そして私はそんなフェルーク様のパートナー役として抜擢されたのだった。
何て優雅な仕事なんだ。
「夜会ならご兄妹の誰かと行けば良いじゃないですか。私は自分の研究で忙しいんです。」
「俺としてはその研究を止めたくもある。」
何故だ。
私の研究は人類にとってとても有意義なものだと思うのだが。
ロダンも殿下の後ろで「なんでだろう?」と小首を傾げているじゃないか。
でもまあ、ロダンの場合は意味が分かっていないパターンの、なんでだろう、なのだろうが。
「まあ、続きがあるから取り敢えず聞け。」
殿下が言うには、魔術調査でフェルーク様は視察という名の出張に行かれるそうで、その場所がとても危険なんだとか。
先日、新人研修で訪れたスクーロの森に顕れた竜は、その後の調査によって、何かしら魔術的効果及び要因を得て、あの場に現れたという事が判明した。
あの竜にどういった魔術がかけられていたのかは、未だ解っていないものの、調べていく中で、魔術を施したであろう人物へ辿り着く事に成功したそうだ。
「その人物が、フェルークと行ってもらう夜会の主催者、ベンゲランテ伯爵だ。」
「初めて聞く名前ですね。あまり貴族社会に明るくありませんが。」
「伯爵は王都にはあまり来ないからな。と言うか来ない様にしている。」
今でこそ地方貴族のベンゲランテ伯爵は、元は五代公爵家の一角を担い、国興しの英雄の家系としてその名を馳せていた。
その歴史は遡れば古く、建国の際はその活躍目覚ましく、ベンゲランテの始祖がこの国を創ったと言っても過言ではない程の功績を残したと言われている。
建国後、国王にと多くの声が上がる中、自分は王の器では無いと辞退し、他者へとその役目を渡したのだった。
そして、王として立ったのが現王家だ。
そしてベンゲランテ家は、五人の建国の英雄に授けられた公爵位に就き、王に仕え国を支え続けた。
だが五十年前、当時のベンゲランテ公爵は謀叛を謀った。
自分こそが正当な王である、と王位を簒奪しようとしたのだ。
しかし、謀叛は計画段階で露見し、実行される事はなく未遂に終わり、ベンゲランテ公爵は爵位を剥奪され、伯爵となり地方へと飛ばされたのだった。
ベンゲランテ公爵がこの時処刑されず降格だけに止められたのは、建国の英雄であったことと、今まで国に尽くしてきた事による、偏に王の温情に他ならない。
こうしてベンゲランテ公爵は伯爵になり、地方へ飛ばされ王都から遠ざけられているのだ。
「それ以来、大人しかったんだが、此処最近、どうも怪しい動きが目立ってな。どうもまた王位を狙っているらしい。」
「で、真偽を確かめるためにフェルーク様が敵陣へ突っ込む訳ですね。」
「突っ込むんじゃない。探りを入れるだけだ。でもまあ、それに近いかもしれんな。」
「なるほど。差し詰め私は護衛と言ったところですか。」
「ニーナだったら魔術調査しつつフェルークの護衛も出来るだろうしな。それにほら、竜を瞬殺できるお前に敵う相手なんてそうそういないだろ?さすが竜殺し殿。」
まあ、たしかにそうですね。
だが、望んで竜殺しと呼ばれてるわけじゃないけどな。
こういう時、つくづく思う。
私、治癒魔術師の仕事、最近全然して無いなー。
殿下の護衛に始まり、破壊魔術を考えたり、竜を倒したり。
『治癒』の『氵』すらまだ書けてないよ。
あ、金貨症の塗り薬を作ったんだっけ。思ったよりちゃんと治癒魔術師やってたや。
「それで、行ってくれるか?」
「・・・・・・分かりました。ご命令とあらば。」
私は首を垂れ、臣下の礼を殿下へと向けた。
「ところで殿下。」
「なんだ。」
「幾つか問題が。」
「なんだ。」
「私、踊れません。」
「訓練の手配をしよう。」
「マナーとか分かりません。」
「参考書を用意しよう。」
「ドレス持ってません。」
「・・・・・・お前、それでよくこの間、夜会に出たい、とか言えたな。」
「勢いって、時に人を最強にしますよね。」
殿下は頭を抱えて溜息を吐いた。
すみませんねえ。一般庶民には不必要な教養でしたので。
殿下は頭を撫でるように搔き呆れた様子だったが、何かを思い出したようで、私へ視線を向けたかと思うとニヤリとした笑みを見せてきた。
「まあ、なんだ。ドレスは一先ず心配ない。」
殿下の言葉に私は首を傾げた。
何言ってんだ殿下は。心配ありありじゃないか。
何しろ私は殿下曰く、呪われた純白のドレスしか持ってないのだからな。
流石にそれを夜会で着るのは場違いというか、勘違いというか、縁起でもないというか。
ん?いや、待て。そう言えば、
「持ってるだろ?呪われてないドレス。」
したり顔の殿下に私はちょっとイラッとした。