04.
キャスカとパーティーを組んで翌日。
アラタは武器屋に来ていた。
「アラタだと、片手剣になるかな。このショートソードはどう?」
キャスカが手渡したのは、バゼラードと呼ばれる小剣である。
突くことも斬ることも出来る、扱いやすい剣。
アラタは試しに振ってみるが、メイン武器としての心許なさに棚へと戻す。
くるりと振り返り反対側にある長剣に目を付けると、店主に断りを入れ店の外で振ってみる事にした。
上段から唐竹に、そのまま右切り上げ、逆袈裟、真下からの逆風、最後は真横からの左凪ぎ。
太刀筋は確りとしており、アラタの体は剣にひっぱられること無くピタリと止まっている。
どうやらアラタは、重量剣の方が使いこなせているようだ。
アラタが持つ剣はブロードソードと呼ばれ、普通の剣より肉厚に打たれており、重量がかなりある大剣。
何せ、剣の全長がアラタと同じくらいなのだから。
これにはキャスカも驚きの表情を見せ、武器屋の店主などは口をあんぐりと開き言葉も出ない程であった。
「ア、アラタ。剣術はやったことないって言ってなかった?」
「あぁ、見様見真似でやってみた。駄目だった?」
まさかアニメで学びましたとは言えず、適当に誤魔化すことに。
「いや、ビックリするくらい確りとしていたよ。全く問題無い。それどころか、ベテラン剣士の域に達しているかのようだった」
キャスカからの誉め言葉に少し照れつつ、剣はこれにしようと決めていた。
「いやはや驚きました。剣士のお嬢さんの言う通り、長年修練してきたかのような素晴らしい太刀筋でした。そちらの剣の事なのですが、お客様には、こちらなど如何でしょうか」
そういい店主が持って来たのは、刀身が黒く染まったブロードソードである。
見た目には色の違いしか分からなかった。
「此方も同じブロードソードなのですが、使用されてる素材が違いまして、魔鋼鉄を使い打たれているのです」
聞いたキャスカも『えっ』と、声を洩らしていた。
魔鋼鉄とは、鋼鉄に純度の高い魔石を砕いて入れる事で、硬度を高めるだけで無く、魔法耐性も備えた一級の素材である。
ミスリルに近い性能で、硬度だけなら同等と言われていた。
そこいらの駆け出しが持つような武器ではなかった。
更に店主は、打たれていると言っていた。
即ち、鋳造ではなく鍛造である。
鋳造は鋳型に流して作る為、比較的に増産しやすい作りである。
反対に、鍛造は何度も折り返し重ねを繰り返し、一本一本鍛冶師の手で作られる。
その作りの違いから、強度も切れ味の鋭さも、目に見えて違っていた。
違うのは剣の質だけでなく、値段もである。
鋳造品に比べ、鍛造品は高いのだ。
「確かに凄そうだが、買えなきゃ意味が無いな。僕はそれ程裕福じゃ無いから」
凄い素材で打たれた事は分かったが、それだけ値が張ることも理解している。
アラタが遠回しに要らないと伝えると、
「いえいえ。私達武器屋は、ただお客様に武器を売るだけでは御座いません。これから名を挙げそうな冒険者への、先行投資も行っているのです。名を挙げた際には武器も注目されますので。私はお客様にも感じたのです、英雄の資質を。ですから、今回はお安くしておきますよ」
何やら怪しいとキャスカに相談するが、そういう話しは何処にでもあり、英雄が誰かの支援を受けているなど普通のことであるようだ。
始めから金を持ってる英雄など、稀なことだと。
そう言われれば納得出来た。
勿論、支援者もただではやらない。
見返りがあるから支援するのだ。
アラタは、その見返りの事を考える。
「あの、安くとは幾らくらいになりますか」
「そうですな。本来なら金貨八枚の所、金貨三枚でお売り致しましょう。これで、どうでしょう」
アラタは悩んでいる。
金額に関しては悪魔から貰ったお金で足りるが、金貨の半分が無くなる事に。
アラタは再度店主と交渉する。
「あの此処にハンターマンティスの素材が丸々あるんです。これで、もう少し安くなりませんか?」
マジックバッグ(偽)より、ハンターマンティスを取り出す。
店主も、新人冒険者がハンターマンティスを討伐するとは思っていなかったようで、アラタのことをいたく気に入り、金貨一枚まで値を下げてきた。
店主の評価には、アラタが既にマジックバッグを持ってた事も含まれていた。
アラタは金貨一枚で剣を買う事にした。
おまけで、背に担ぐためのベルトもただで貰えた。
店主に礼を言い武器屋を後に、次は防具屋へ。
ここでは、オーガの革を重ねて作られた、革の鎧、革の籠手、革の靴を一式購入した。
アラタは早速剣の性能を試す為、森の周辺まで来ていた。
キャスカが無謀にも一人で探索していた場所である。
この森には遺跡があり『ウォルの迷宮』と呼ばれている。
ウォルとは、嘗てこの森を縄張りとしていた魔獣の名。
二十年前に討伐されたが、未だ森はウォルの名で呼ばれている。
ウォル討伐から二年後、ある冒険者が森の奥にある遺跡に行くと、そこにはダンジョンが出来ていた。
ダンジョンの情報が広まると近隣の冒険者が集まり、攻略が進められていく。
ウォルの迷宮は数年で攻略され、今は初級から中級冒険者のいい狩り場となっていた。
ダンジョンの最奥にはダンジョンコアと呼ばれるものがあり、コアを外せば攻略となる。
しかし、攻略するとダンジョンは徐々に小さくなり、最後には消えていくのである。
ダンジョンによって人が集まる町にとっては痛手であった。
だが、コアの代わりに魔石を入れた所、ダンジョンが消えず活動するのを発見し、その後はダンジョン維持の目的で、魔石を設置するところが増えていった。
ここもその一つである。
どんな魔石でもいい訳では無く、ある程度の大きさと、魔力量が要求される。
ダンジョンコアから魔石に代わった為、魔物も弱体化しているが、周辺の町には喜ばれていた。
アラタはキャスカから、ダンジョンについて聞いていた。
ダンジョンにはボスが存在し、コアを守っていると。
ダンジョンはそれぞれ造りが違い、魔物の強さもコアの大きさも違うようだ。
それぞれにS~Eまでのランク付けがされ、今向かっているのはDランクになると。
二人は今、ウォルの迷宮に向かっている。
途中魔物と出会うもゴブリンや野生の猪しか出て来ず、剣を抜くも案山子を斬っている気分になり、早く撃ち合える相手との出会いを望んでいた。
ウォルの迷宮前。
迷宮の入り口は遺跡の中央にある。
人が四人並ぶと、ギリギリ入れるくらいの大きさである。
キャスカが言うには迷宮内は広く、アラタの剣でも問題無く振れるらしい。
らしいとは、キャスカも話しでしか聞いた事がなく、迷宮自体始めて入るからであった。
入り口付近はテントや簡易小屋が建てられている。
商人が建てた物で、有料で宿泊も出来る様になっていた。
二人はグランドの街で必要な物は購入済みである。
なので、そのまま入り口に向かって行と、周りの冒険者から誘いを受けるのだった。
「君達、ここの迷宮は始めてかな。だったら案内しようか。今なら成功報酬の二割でいいよ」
「ヒーラーは要らないかい。迷宮内では必須だよ。此方は一回銀貨五枚と食事でいいよ」
どうやら自分の売り込みをしているようだ。
代わる代わる話しかけて来るが全て断り、漸く迷宮に足を踏み入れる事が出来た。
「はぁ、やっと着いた」
アラタはため息をつきながら呟く。
「本当、しつこかったね。私達が女子供だから、余計に売り込むんでしょうね」
子供呼ばわりされるも仕方ないと、アラタは半分諦めていた。
もう半分は、やはり納得出来ない思いではあった。
迷宮内はキャスカの情報通り広く、充分剣を振り回せそうであった。
「地図は私が持つわ。アラタは周囲の警戒をお願い」
「分かった」
二人は地図を頼りに探索を開始する。
通路を三つ程進むと、前方の角からゴブリンらしき声が聞こえてくる。
角から覗くと、ゴブリンの集団が見えた。
十匹程度である。
アラタは指先をゴブリンに向け、キャスカに行くぞと合図をする。
二人は角から飛び出し、一気にゴブリンに肉薄すると、アラタは剣を横一文字に振り抜き、三匹を一瞬に切り裂いた。
キャスカもサーベルを抜き、二匹のゴブリンの首を切り裂いていた。
数秒で半数に減らされたゴブリンは混乱状態に陥り、その数秒後には生きている魔物はいなかった。
魔石と討伐証明を切り取り、アラタ達は先へと進んでいく。
地下への階段が見つかるまでに出てきたのはゴブリンのみで、二人はさっさと二階へ降りるのだった。
地下二階を進んでいると、ゴブリンが現れるもその中にはホブゴブリンや、ゴブリンメイジなどが混じっている。
アラタは、ハンドサインでメイジを頼むとキャスカに伝え、目の前のゴブリンへ駆け出していく。
まずは、リーダー格のホブゴブリンに向かう。
ホブゴブリンは、斬り込んでくるアラタの剣を受けようとするも、その剣ごと唐竹に切り捨てられ、斬り別れた体が左右へと地面に倒れていく。
キャスカはゴブリンメイジへと向かう。
だが、他のゴブリンに道を塞がれ、近寄れずにいた。
ゴブリンメイジは呪文を唱え始める。
キャスカは急ぎ、壁役のゴブリンを切り捨てる。
が、同時にゴブリンメイジの魔法が完成し、アラタに襲いかかる。
魔法を放つもすぐにキャスカに接近され、ゴブリンメイジは首を斬り落とされた。
放たれたファイアーボールは、アラタに剣で切られ消滅する。
残ったゴブリンも討ち取り、魔石と討伐証明を回収。
この戦闘で、二人の行動や作戦ミスなどが浮き彫りになった。
ホブゴブリンを唐竹に斬り捨てたが、同時に魔石まで斬り裂いてしまった。
本来なら、魔石や討伐証明の事を考え、戦わなくてはいけなかった。
もう一つは、魔法でゴブリンメイジを狙う方が、効率が良かった。
最初の作戦から間違っていたのだ。
二人は今回の失敗を話し合い、次に活かすよう反省をする。
その後は、失敗らしいものはなかった。
ゴブリンメイジも出てくるが、アラタの魔法とキャスカのナイフの投擲で討伐されていく。
地下二階もゴブリンしか出ず、二人は更に下へと降りて行く。
地下三階からはオークが出てきた。
オークはゴブリン同様繁殖力が強く、度々人間や獣人、エルフなどの人形を拐い、繁殖の為の母体とする習性がある。
同種のメスが存在するにも拘わらず、他種族のメスを拐う理由は解っていなかった。
したがって、全種族の女性から忌避されている魔物である。
だが、一方では肉は旨く、市場では人気の食材として並んでいた。
狩れば必ず売れるので、どちらの意味でもおいしい相手ではあった。
三階はゴブリンとオークであったが、四階はオークメインになる。
たかがオークに、二人が遅れを取る筈もなく、サクサクと探索を進めていくのだった。
五階に降りると小部屋の中に、宝箱を発見した。
「キャスカ、大丈夫だと思うか?」
「この階層で、宝箱の罠とか聞いた事がないから、大丈夫だと思う。ここは、私が開ける」
キャスカが進み出るもアラタが自分がやると前に出て、宝箱を一応鑑定してみた。
宝箱:迷宮の宝箱。罠無し。
どうやら、鑑定出来たみたいである。
罠は無しとの事で、早速開けてみた。
中身は金貨五枚。
上層の宝箱にしては当たりだった。
小部屋を出ると行き先にオークがいたので、アラタが一刀のもとに首をはねる。
ここにも、手こずるような敵は現れなかった。
先へ進むと、大きな扉が目の前に現れる。
「アラタ、ボス部屋よ」
この奥にボスがいるらしい。
二人は休憩を取るが、警戒と作戦の確認は怠らない。
疲れも取れ、二人は装備や持ち物を確認すると、この迷宮初めてのボス部屋へと入って行のだった。