24.
アラタは部屋の中で一人、荷物を前に指差し確認をしている。
各種ポーションに、巻物や魔法書。投擲用の小さめのナイフに、アラタが持っている物の中で一番の高級品で間違いないであろうマジックマップもある。
「よし。これで全部だな」
確認した物は虚無の中へと収納する。
さて、こっちの確認は終わったが、二人の方はどうかな。
アラタは部屋を出るとキャスカとミリアムのいる部屋へと向かう。
置いていかれると思ったのか、翡翠はベッドから飛び降りると慌てたようにアラタの肩に飛び乗った。
扉をノックすると、部屋の中から「どうぞ」という声が聞こえてくる。キャスカの声だ。
扉を開けて部屋の中へ入ると、キャスカとミリアムはベッドに腰かけ話をしていたようだった。
「準備は出来た?」
「こっちは、とっくに終わっているわよ。ね、ミリアム」
キャスカの言葉に小さく頷くミリアム。
ベッドの横には大小のバックが二つ置かれていた。
大きなバックはキャスカの荷物で、小さい方がミリアムのバックだろうか。
「ミリアムの荷物、それだけでいいの?」
アラタがミリアムに問いかける。
あまりにも少な過ぎるのだ。
荷物の量はキャスカの半分もなかった。
「いい。アラタが買ってくれた物だけ。他は・・・無い」
ミリアムが少し寂しそうに俯くと、それを見たキャスカが優しくミリアムの頭を撫でる。ミリアムは気持ちよさそうに口元が緩んでいた。
ミリアムは、この間まで奴隷商館にいた。商館の人としてではなく商品として。ミリアムは商館で奴隷として売られている商品の一人だった。
アラタは偶々その商館を訪れ、偶々見つけたミリアムを購入した様な態度をとっていたが、それは事実ではない。
街中を走る馬車を見かけたのは本当に偶然ではあったが、その馬車の中に乗せられていたのがミリアムで、偶然にも目が合い偶々鑑定したところ、その見た目に反して魔法に秀でたステータスの高さが気になり、見かけた馬車から噂を頼りにどこの商館かを割り出し訪れたのがきっかけで購入する事にした。
奴隷として購入したのだが、アラタはミリアムを奴隷として扱わず、むしろ奴隷から解放して一人の仲間として受け入れることにした。勿論、それにはキャスカも賛成してくれた。
キャスカは最初ミリアムを冒険者にするのを反対していたのだが、ミリアムの実力と本人の意思を確認すると、諸手を挙げてとはいかないながらも反対するのを取り下げてくれた。
キャスカが反対していたのは、力の無い子供を危険な場所に連れ回す事に反対したのだと言う。まあ、どう見てもミリアムは強そうに見えないしね。
アラタの魔眼のように相手を鑑定できれば見た目で判断せずにすんだのだろうが、鑑定眼を持っている人は少なく希少な能力である。持っていても大概は商人のような職業の人達であった。
だから、キャスカが見た目で判断したのも仕方ないと言えば仕方ない事であった。
しかし、何にしても例外というものもある。それは、高位の冒険者達。
一部の、それも一流と呼ばれる冒険者や傭兵などは相手の纏う雰囲気や気配で強さを測れると言う。それは、冒険者や傭兵として危険に身をさらしながらの生活の中で身につけた独自の感覚であるらしい。だから、例え誰かにその方法を教えて欲しいと懇願されても教えることが難しく、その感覚自体人それぞれであり、本人としてもどう教えればいいのかわからないという。
一つ言えるとすれば、危険に身をさらし続ければ身につくかもしれないとしかいいようがなかった。本当にそれで身に付けば良し。しかし、いつ身に付くのか、本当に身に付くのかもわからないそんな事を真面目に試す人はほとんど現れず。身に付く前に死亡している可能性もあるからして、そんなあやふやなものにわざわざ命を懸ける奇特な者などいない。いたとすれば、それは相当な変わり者であろう。
キャスカの実力は精々一端を少し出た所。年齢的に考えれば十分な実力を持っている事になるのだが、冒険者の実力を測るベースは年齢も性別も関係なく強いか弱いかの二択である。新人だろうが強ければ上、ベテランだろうが弱ければ下になる。これは冒険者達の考えであり、ギルドの判断では少し違っていた。
ギルドは色々加味した上で評価するが、冒険者である当人達からすれば強さこそ全てと言う者達が多かった。この考え方こそ冒険者が野蛮と言われる原因の一つでもあったのだが、それを冒険者の前で口にする人達はいない。何故なら、冒険者の耳に入れば野蛮な冒険者が更に野蛮な事をしてくるかもしれないのだから。
全ての冒険者が野蛮な訳ではないが、大概冒険者になろうとする者達は力を持て余した者や一旗揚げようと考える野心を持つ者が多かった。
そんな人達に静かにしろと言っても聞くはずがない。
無闇矢鱈に暴れられても困るので、ならば世の為人の為。『ここは、魔物相手に暴れてもらえばいいんじゃね』的な考えで始まったのが冒険者ギルドである。
魔王を倒そうだとか、世界を守る為にと考えた末に出来た組織だと世間で噂されていたが、始まりはそんな御大層なものではなかったのだ。
アラタ達三人が部屋の中で話していると、ポリーが部屋に入ってきた。
ポリーは大好きなアラタに抱き着くと、下でゼルさんが呼んでいると伝えた。
アラタ達三人はポリーに連れ添って一階へと降りていく。
その際、いつもは元気いっぱいのポリーが随分と寂しそうにしていた。
その理由はきっと、四日程前の事であろう。
アラタ達三人は、ギルドで受けた護衛依頼をこなしグランドの街に帰ってきた。
護衛依頼達成の証明書を持ちギルドを訪れると、ほっとした様な表情でレレに迎えられた。
レレからDランクのギルドカードは二日後には出来るからと言われ、その日はそのままゼルの家で休む事にした。
初めての護衛依頼だからと気合を入れてみたものの、大した魔物も出てくるでなし、盗賊が襲ってくるでなく。ギルド長に言われた通り、いつもの通りにしていたらあっさりと終わってしまったのだ。
ギルドから派遣されたお目付け役の冒険者も「今回の護衛は楽だったな」と笑っていたくらいだ。
これで本当にDランクに上がっていいのか悩むところだが、レレさんの反応からするとギルド側も問題にして無さそうだ。
毎回こうはいかないだろうが、今回は運が良かっただけと思っておくことにした。
運の悪い僕が、偶々ついていただけだろう。まさか、ここで運を使い果たしたって事は無いよね?
翌日、朝起きて一階に降りるとゼルさんがちょうど仕事に出かける所だった。
「おはよう、アラタ君。昨日はぐっすり眠れたかい」
階段を下りてくるアラタに気が付いたゼルは、振り返って挨拶をする。
「おはようございます、ゼルさん」
元気そうなアラタを確認するとゼルは安心したのか笑顔を見せ仕事へいこうと玄関の扉を開いた。
「あの、ゼルさん。後で、話を聞いてもらっていいですか?」
ゼルは再度振り返る。
「急ぎの話かな。だったら、今聞こうか」
「いえ、今晩にでも話します。お仕事頑張ってください」
「そうか。わかったよアラタ君。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
アラタは玄関先まで来てゼルを見送った。
その夜。
一階にあるリビングにはゼルとポリーが一緒のソファーに座り、テーブルを挟んだ対面のソファーにミリアムを真ん中に挟むようにアラタとキャスカが神妙な表情で腰かけていた。
「アラタ君。朝言ってた話したい事って何かな」
「お話?」
「そうだよポリー。アラタ君が僕達に聞いてほしい話があるんだって」
ポリーはゼルの言葉に「うん」と一つ頷いた。
ゼルさんは薄々気付いていそうだな。ポリーは緊張してか表情が硬いな。雰囲気的に何か勘づいているのかもしれないな。
「ゼルさん。僕達この間の依頼で冒険者ランクがDランクになりました。Dランクともれば、初心者でなく一人前の冒険者として扱われるそうです」
「そうか。それは、おめでとう。アラタ君、キャスカさん、ミリアムちゃん」
ゼルは笑顔で三人を心の底から祝ってくれていた。
ポリーもさっきまでの硬い表情からいつも通りの明るい表情になり、手を叩いて三人を祝福し、自分の事の様のに喜んでくれた。
「ありがとうございます、ゼルさん。ポリーもありがとう」
「うん」
ポリーは元気よく返事をする。
ゼルはポリーの頭を撫でながらアラタに話しかける。
「それで、話というのはDランクに昇進した報告だけじゃないんだろう。アラタ君、聞かせてくれないか。これからの君達の展望を」
やっぱりゼルさんは気付いているんだ。僕達がこの家から出て行くってことを・・・。
改めてそう考えると寂しさが込み上げてくる。
この世界に来て初めて出会った人であり、今の今までお世話になりっぱなしの大恩人のゼルと弟の様な可愛いポリー。
前世も含めて自分に優しく接してくれた人なんて数える程しかいなかった。
ここを離れると考えただけで泣きたくなってくる。だが、アラタはその涙をグッと堪える。
だって、約束したんだ。こっちに転生させてくれた神様、シンと。今度は諦めず必死に生きるって。
それに、ここを離れても二人に二度と会えなくなる訳じゃない。
アラタはぎゅっとズボンを握りしめた。
アラタの苦悩を知ってかゼルが優しくアラタに言う。
「アラタ君。旅立ちというものは、初めは誰しも緊張したり、不安になったりするものさ。僕もそうだったからね。だけど、歩き出してしまえば、どっちに行くか何をするかと、今度はワクワクする事の連続さ。不安なのは最初の一歩だけさ。踏み出してしまえば、どうということは無い事なんだよ」
「アラタ、また何処か行くの?」
ポリーにもアラタの不安が伝わったのか、頭の犬耳がペタリと不安そうに倒れている。
ゼルがポリーの頭を優しく撫でる。
ポリーの不安が全て払拭される事は無かったが、それでもゼルの温かい大きな手で撫でられると安心するのか倒れていたポリーの耳がピンっと立って嬉しそうに見えた。
「アラタ君、改めて聞かせてくれるかい。君の、君達の今後の事を」
ゼルさんの話を聞いて覚悟は決まった。三人で話していた時には全然緊張しなかったのだが、いざ目の前に突き出されると尻込みしてしまう自分がいた。情けない。ゼルさんは、何も言わずにずっと待っててくれたんだ。
小さく頷き、再度覚悟を決めるアラタ。
ゼルは嬉しそうに微笑んでいる。
まるで、自分の子供が巣立って行く時の、嬉しさの中にもちょっぴり寂しさを含んだ表情で。
「ゼルさん。僕達はDランクの冒険者になりました。もう一人前と判断されるランクです。だから、だから・・・」
ゼルさんが待ててくれてる。だから、言わなくちゃ・・・でも(寂しい)
その言葉がアラタの胸に再び芽生えそうになった時、そっとキャスカの手がアラタの背中に添えられた。
ゼルの手の様に大きくな手ではなかったが、「一人じゃないよ、頑張って」と言ってくれている様なきっと同じくらいにあたたかな温もりが感じられた。
キャスカの真似をしてかミリアムもアラタの背中にタッチしている。添えているのではなくペチペチとタッチしていた。「負けるな」と、激励するように。
ミリアムのフードの中からは翡翠もひょっこり顔を出し応援してくれているみたいだ。
「・・・だから、僕達は・・・・グランドの街を出て、世界中を冒険してみたいと思っています」
アラタは伝えたい事を言い切った。本当はもっと伝えたい事が山の様にあったのだが、感謝の気持ち、親愛の気持ち、きっと初めて感じた家族への気持ち。伝えたい事はいっぱいあったのに言葉が上手く紡げなかった。
アラタにとって初めて感じた苦しさ。打たれて痛いわけでもなく、言われて傷ついた訳でもないのに胸が苦しくなった。ただ伝えるだけで一杯一杯だったのだ。
ゼルやポリーに伝えたい事を全て言葉にして出せなかった事に少なからずショックを受けるアラタ。
「そうか。よく決心したねアラタ君。色んな所を見て、聞いて、冒険してくるといいよ。だから、行っておいでアラタ君」
ゼルは今日一番の笑顔でアラタの言葉に答えてくれた。
きっと分かっていたのだろう。アラタの言葉の中に色んな気持ちが込められていることも。
上手く伝えられない不器用なアラタが、不器用なりに答えてくれた。
ゼルにはそれだけで満足だったのだ。言い出すまでに時間の掛かった間にこそ、アラタが言葉として紡げなかった全ての感情が込められていたのだから。
この日、アラタはグランドの街から旅立つ事を決意した。
数百年の後の世に、黒き魔眼の英雄と語り継がれる英雄譚と、黒き魔眼の悪魔と恐れられる忌唄が語り継がれる事となる。どちらも黒い魔眼の魔法戦士の物語。背格好が似ている事とおよそ同じ時代に生きていたであろうことから同一人物と唱える人物も多くいたが、伝わる内容は真逆であった。英雄譚は語る。魔眼の戦士は人々を助け希望の星となったと。忌唄は唄う魔眼の戦士は全ての星を黒く染め、大陸全土を光の届かぬ闇に変えたと。
黒き魔眼を伝える二つの戦記。
だが、その真実を知る者は今はいない。




