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黒の魔眼  作者: ひのえの仏滅
第2章 冒険者 新人編
28/29

23.

 部屋の中は色々な物で溢れ雑然としていた。

 テーブルの上には各種ポーションが所狭しと並べられ、ベッドの上には地図や魔導書や巻物など置かれている。テーブルやベッドの上に置ききれない物は種類別に床の上に並べられていた。


 「食料良し、水良し、衣類良し。各種ポーションも揃っているし、問題なし」


 指差し確認しながら必要なものが揃っているかチェックしていく。

 確認した荷物を持ち上げると、無造作に床に放り投げる。

 投げられた荷物は床にぶつかる事は無く、ぽっかりと口を開けた黒い空間に飲み込まれていった。

 床にぽっかりと空いた黒い空間、アラタのユニークスキル『虚無』である。

 虚無とはアラタが悪魔から授けられたオリジナルスキルの一つで、その概要は、物の大きさ、重さ、個数に関係なく収納できる、無限収納スキルである。さらには物の時間を止め、入れた時のそのままの状態に維持する事まで出来た。その他にも種類別に分けたり、入れた獲物を自動で解体してくれるなど、血の滴る内臓等を見ずに済むので、現代日本で育ったアラタにとっても有難いオプション付き。ただし生きている生物は収納できず、地面に生えているそのままの木や草は収納できず、切り倒すか引っこ抜いてしまえば根に土が着いていようが収納でようであった。

 生物にとりつく寄生虫の類などはどうなのだろうか?魚や鳥には寄生虫が多いと聞いた事があるが、今まで狩猟してきた魚や鳥が収納出来なかった事など一度たりともなかった。それとも、たまたま寄生虫がいなかっただけとか?ギルドでもそれらしい話は聞いた事がなかった。本当にいないのかもしれない。


 ここは異世界であり、地球での現象や出来事がそのままこちらの常識に当てはまるのかと言われれば、決してそうとは限らない。現に、この世界には魔力や魔法と呼ばれるものがあり、地球からやってきたアラタにとっては未知なる力や想像上にしか存在しかなかった魔物やオリハルコン等の鉱物もある。だから、地球でそうであったからといって、必ずしも同じ結果になるとは限らないのだ。

 何度も言うようだが、ここは異世界。心躍らせる冒険と未知なる能力や生態に、日本の法に縛られた安全とは違い多分に危険をはらんだ世界。

 日本の価値観とは比ぶべくもない程に命の価値も命に対する法も軽い世界なのだ。


 アラタは虚無の中に収納されている物の仕分けと確認作業を行っていた。

 今アラタがしている確認作業も虚無に入れたままでも出来る事なのだが、アラタとしては新たな一歩を踏み出す為、気を引き締めるつもりで行っていたのである。


 数日前。

 アラタ達三人は冒険者ギルドに来ていた。

 時刻は昼過ぎ。朝には混雑するギルドも昼過ぎともなればガランとしてくる。食堂兼酒場の方にはチラホラと人の姿があった。


 「こんにちは、レレさん」


 「はい。こんにちは、アラタさん」


 レレさんの笑顔って、いつ見ても安らぐんだよな。

 アラタは、レレの笑顔にほっこりとした温かなものを感じていた。

 同性であるキャスカやミリアムもレレには好印象を持っているようだ。

 キャスカも軽くではあるが挨拶を交わし、ミリアムはカウンターにへばりついてレレに構ってもらって嬉しそうだ。

 二人を見ているキャスカの口元にも笑みがこぼれていた。

 アラタやレレ自身は知らない事だが、レレはグランド冒険者ギルドの中でも人気が高い受付嬢の一人である。

 誰に対しても笑顔で接し、一人一人に親身になり事細かく説明してくれたりと、その気配りが命懸けで戦う粗野な男性冒険者達にも癒しを感じさせていたのだ。

 人気受付嬢の中にはアラタに懸想しているマーシャもその一人である。

 レレとは違って、その妖艶さに惹かれる冒険者が続出していた。

 癒しのレレと魅惑のマーシャ。

 他にも人気ある受付嬢はいたがこの二人、性格は全く違うがプライベートでも一緒に出掛ける仲であり、仕事場でも隣の席なので色々と比べられる事が多いだ。

 真面目なレレとマイペースなマーシャ。

 良くも悪くも両極端な二人であり、冒険者達も『無垢なる癒しのレレ派』と『魅惑のお姉さまマーシャ派』に分かれ、どちらがいいかと、本人達の与り知らぬ所で白熱した議論が交わされていた。


 アラタはミリアムの頭をポンポンと数度撫でながらレレに話しかける。


 「今日は、ギルド長との約束がありまして」


 「はい、伺っております。では、ご案内しますので、こちらへ」


 レレは席を立つとアラタ達をカウンター脇から奥に招き、普段はギルド職員しか使わないカウンター奥の階段で二階へ上がると、いくつかあった部屋を素通りし、一番奥の一際重厚な造りの扉の前まできていた。ここがギルド長の部屋であるらしい。

 レレが軽く扉をノックすると、部屋の中から野太い男の声が聞こえてくる。


 「入れ」


 「失礼します。冒険者のアラタさん、キャスカさん、ミリアムさんをお連れしました」


 三人はレレに続いて部屋へと入る。

 部屋の中は意外に質素で大きな机を挟んで向かい合うように置かれたソファー。他には棚と本棚が一つづつあるだけ。随分と殺風景な部屋である。

 机の向こう側のソファーには、良く言えばガタイの良い、悪く言えばオーガと思しき一人の男が此方を凝視して座っていた。

 荒くれ物が多い冒険者達をまとめ上げているだけあって、その迫力も凄い。太い首に熊の様な腕、両肩は瘤のように膨んでおり胸板からせり出す筋肉が服を押し上げていた。決してそうではないが、わざと小さい服を着ているんじゃないかと思うくらいに、今直ぐにでも服がはち切れそうな程である。それと相まって顔が怖かった。別に怒っているわけではなさそうだが、とても不機嫌そうな表情に見える。

 キャスカとアラタは平気そうにしていたが、ミリアムはあからさまな態度でアラタの背中に隠れている。

 ギルド長の眉がピクリと反応する。

 ミリアムは全身を隠すように、完全にアラタの背中に隠れてしまった。

 ミリアムの様子を見ていたレレは、アラアラといった様子で見守っている。


 あれ?そういえば、以前どこかで聞いたような。

 ギルド長って、あの見た目に反して子供好きだって聞いたような。だけど、その見た目で街中の子供達に避けられて凹んでいるって。じゃあ、あれって、もしかして機嫌が悪いんじゃなくて、ミリアムに避けられて少なからずショックを受けてたって事かな。だとしても、あの反応・・・分かりずらいな。

 ちょっぴり、寂しがり屋なギルド長であった。


 「うぉっほん」


 アラタに見透かされ恥ずかしかったのか、ギルド長はわざとらしく大きな咳をすると、三人に席を勧めてきた。ミリアムは目の前にいるギルド長が怖いのか、必死にアラタにしがみついては何とか隠れようとしていたが、隣に座るキャスカによって持ち上げられソファーの真ん中に下ろされた。不服そうな表情でキャスカを見上げるミリアムだが、アラタに頭を撫でられキャスカに手を繋いでもらうと安心したのか、いつも通りとはいかないが、少なからず隠れようとするのを止めたようだ。三人が席に着き、ミリアムが落ち着いたのを見計らったかのようなタイミングで、レレは部屋から出ていった。


 「さて、ここに来てもらった経緯は、分かっているな」


 「はい。ランクアップの件と聞いています」


 「そうだ。お前達三人のランクアップの為に来てもらったのだが・・・」


 そこまで言うと、ギルド長は言葉を切った。


 「?」


 ギルド長の態度にアラタとキャスカが顔を見合わせる。

 ギルド長は体格もさることながら、曲がったことが嫌いな性格で、物事をはっきり言う人物だと聞いている。そのギルド長が言い淀む。二人が何かあるのかと警戒するのも仕方ない事だろう。

 ギルド長は三人を見回すと話を再開した。

 

 「こういう事は、きっちりと話した方がいいな」


 三人はどんな事を言われるのかと、緊張した面持ちでギルド長が話始めるのを待つ。もしかして、ランクアップが取りやめになったとか?何故か、ネガティブな事ばかり考えてしまうキャスカ。横に視線を滑らせると、特にいつもと変わらないアラタの表情がある。アラタには全く動じた様子がない。これじゃあ、どっちが年上かわからないわね。

 ミリアム至ってはよくわかって無さそうだった。


 「お前達の冒険者としての成果を見れば、ギルド側としても今のランクに留めているのはもったいないと判断している。しかし・・・」


 ギルド長の話によると、僕達の昇格に賛成の人が多数いる中で、少数とはいえ反対する人達もいたと言う。その人達が言うには、僕達はまだ経験不足なのではないかと主張したそうだ。本来ならば、Dランクになるには早くても一年で、大概の人は二~三年かけてなるらしい。なのに、僕達に至ってはギルドに登録したのがつい三ヵ月前。Dランクともなれば一人前の冒険者と見なされ、仕事の幅が一気に拡がるらしい。Eランクまでは魔物の討伐や薬草採集等が主な仕事であったが、Dランクからは商人などの非戦闘員の護衛や、件数は少ないが貴族からの依頼も稀にあったりする。護衛となれば他人の命を守ることであり、失敗すれば当然のことながら命が失われる事になる。死ぬのが冒険者だけならば自業自得の一言で片付けられるが、依頼者を守れなかったとなればアラタ達をDランクに昇格させたギルドの問題とも言えなくもない。それが、貴族であったらと考えると・・・アラタ達の昇格を反対しているのには、その辺が大きく関係してるようだった。

 

 「それでは、今回のランクアップは見送りにするという事ですか?」


 残念そうな表情でギルド長に問いかけるキャスカ。

 だが、キャスカの問いかけに一早く返答したのはアラタであった。


 「そうじゃない。それだったら、カウンター越しにでも伝えれば済むことだし。ギルド長の話だとDランクに相応しいかギルド自体がまだ迷ってるって話だし、それに見合うだけの働きを見せてみろってのが今回の呼び出しの要件であり、僕達のランクアップの条件なんじゃないのかな?」


 「そうでしょ」と言いたげに、アラタはギルド長に視線を向ける。

 ギルド長はアラタの言葉を肯定するように、その通りだと頷いた。 


 「そういう事だ。判断材料が少なく判断出来んという理由で落とすにはお前達の能力は惜しい。ならば、Dランクに相応しいと評価されるだけの実力を示せばいいだけだ」


 ギルド長の話では、アラタ達のランクアップを見送っていた者達も今回の試験に合格すれば昇格させるのに反対はないとの言質は既にとってあるらしく、根回しは済んでいるからいつも通りにやればいいと言われた。それでも反対するようなら、その時はギルド長の権限でどうにでも出来るからと。それはそれは、笑顔というにはあまりにも恐ろしいお顔でそのような事を仰っていた。まさか反対する人を・・・嫌々、ありえないから。なら最初っからそうしてくれよと思わないでもなかったが、それをすると、ギルド長がお気に入りの冒険者を贔屓してランクアップさせたと言われ、そうなればギルドの信用問題だけでなく、僕達自身も世間からの信用を無くすことに繋がりかねないと。では、どうするのかと話し合った結果・・・それならば、本来Dランクに上がるのに試験など必要ないのだが、Dランク相当の実力は持っている事の証明として試験をしてはどうかとの意見が出たという。渋る者もいたようだが最後には全員が認める形になったという。今回の試験はギルド内だけでなく、他の冒険者達に対しもアラタ達三人の実力を認めさせるきっかけとなるかるかもしれない。そして護衛を依頼する依頼者側にも良い判断材料になるだろうと。


 「・・・で、答えをまだ聞いてねえんだがよ。どうするよ、今回の試験。やりたかねえってんなら断ってもらってもいいぜ。お前達なら、そう急がずともいずれ確実にランクアップはするだろうからな」


 キャスカは、何も言わずアラタに視線を向けている。

 どうやら、判断はアラタに任せるようだ。

 アラタは、チラリと横目でミリアムの様子を確認するが、話がつまらなかったのか既に夢の中の住人と化していた。膝の上で丸くなる一匹のオマケと共に。

 あれだけ怖がっていた相手が目の前にいるのに寝顔は安心しきっている。

 アラタの視線に誘われたのかギルド長の目がミリアムに向くと、ほんの一瞬ではあったが厳つい顔したギルド長が薄っすらと微笑んだ様な気がした。

 アラタが視線を戻した時には先程と変わらない厳つい表情をしていたが。

 さっき、一瞬だけど笑った?

 キャスカに視線を送るが『何?』という表情をしている。


 ギルド長が大きく喉を鳴らした事で、アラタの彷徨っていた視線もギルド長へと向く。

 キョロキョロと視線を彷徨わせているアラタに対して喉を鳴らしたのか、はたまた、見られたくないものを見られてしまった為の羞恥からくるものなのか・・・。

 ギルド長の表情は変わらず厳ついままであったが、なんだか少し赤らんでみえた。


 「それで、答えは決まったのか?」


 ギルド長の問いかけにアラタは小さく頷いた。



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