22.
キャスカにミリアム、そしてアラタの三人はグランドの冒険者ギルドに来ていた。
昼前だからか、ギルドの中は閑散としている。
ギルドが混むのは仕事を捜す朝方と、仕事終わりの夕方である。昼刻は大概こんなもの。
ギルドの受付カウンターは空いていたが、隣に併設された飲食所にはチラホラと人の姿がある。食事を楽しむ者より、酒目当てで来ている人の方が多かった。昼間から酒を飲んでいる者達に、キャスカは明らかに軽蔑する眼差しを向けていた。
「昼間から酒とは、不謹慎な」
二人に悪い影響を与えてはと、アラタとミリアムの手をとり、さっさと受付カウンターに向かうのだった。
受付はマーシャが担当していた。空いている時間帯だからか、マーシャ以外の受付嬢の姿が見当たらなかった。
マーシャはアラタの姿を確認すると、笑顔で手招きしている。
しまった。此処にも悪い影響を与える人が。
他の受付に行こうにも、マーシャ以外誰もいない。正確に言うならば、受付の奥で作業している人はいるが、受付嬢はマーシャだけであった。
「アラタ君❤お帰りなさい」
投げキスでアラタを迎えるマーシャ。キャスカとミリアムの姿は目に入っていないようだ。
マーシャの態度にミリアムが桃色のほっぺを膨らませて不機嫌そうにしている。
当のアラタに視線を向ければ、頬をポリポリ掻いて複雑そうな表情を浮かべていた。
アラタを見るキャスカの視線が少し冷たくなった。
魔物との戦闘で勇ましく戦っているアラタの姿を思い浮かべる。その剣捌きや魔法に見惚れてしまったこともあった。だけど、今私の目の前にいるアラタは。
(なんで、受付嬢にデレデレしてるのよ。嫌なら嫌って、はっきり言えばいいじゃない)
アラタの態度にカチンと来てしまったのだろう。あからさまに、キャスカの機嫌が悪くなる。
困った顔をしながらも、マーシャと話し続けるアラタに段々と機嫌を悪くするキャスカ。ミリアムは、自分を無視されプンプンと頬を膨らませつつ、アラタの袖を引っ張っていた。
平常運転なのは翡翠だけである。そんな翡翠はミリアムのフードの中で、スヤスヤと一匹平和を享受していた。
「マーシャさん、鑑定を頼みます」
アラタがバッグから取り出したのは、ダンジョン内で手に入れた薬草類や、宝箱から手に入れた宝石や小物、武器の類。
「ねえ、アラタ君。魔物の素材とかがないけど、そちらは無いの?」
マーシャは頬に手を添えると小さく首を傾げ、可愛い仕草でアラタに問いかける。
キャスカの眉がピクリと反応した。
アラタがチラリと横目にキャスカの表情を確認すると、当のキャスカと目が合ってしまった。あからさまに目を逸らすアラタ。
(何で目を逸らすのよ)
ひしひしと横からプレッシャーを感じるアラタ。
「魔物の素材もちゃんとありますよ。ただ、今回に限って言えば、数が多いんです。ここで出してしまったら、邪魔になるかと」
「あらそうなの。それじゃあ、魔物の素材は裏にある倉庫の方で鑑定しましょうか。因みにどれくらいあるのかだけ教えて欲しいのだけど」
アラタの返答を聞くマーシャの表情が段々と険しくなっていく。
「ちょ、待って待って、アラタ君。それ本当の事よね?」
「勿論。嘘つく必要なんてありませんよ。どうせ、この後鑑定してもらう為に全部出しますから、ミーシャさんも見ますか?色々ありますよ」
マーシャはアラタから聞いた数に驚くのを通り越して呆れていた。それ程の数だったのだ。
「グランド冒険者ギルド始まって以来の、最高討伐数かもしれないわね」
マーシャの言葉に対してアラタ達は三人三様の態度を示した。
アラタは全く関心が無いようで、キャスカは小さく拳を握って誇らしいく。ミリアムに至っては話が退屈だったのか、寝ていた翡翠を胸に抱っこして撫でていた。無理やり起こされた翡翠は非常に迷惑そうな表情をしていた。
「ねぇアラタ君・・・この後、暇?」
マーシャの口ぶりからして、受付の仕事とは関係なさそうである。
喉を鳴らし、二人の会話に割って入るキャスカ。
「残念だけど、アラタはこの後私たちと打ち上げをするの。ね、アラタ。そうよね・・・」
振り返り合わせたキャスカの目は笑っていたが、目の奥にはドス黒い何かが渦巻いているような、やばい気配を感じるアラタ。ついつい、コクコクと無言のうちに何度も頷いてしまった。
キャスカとマーシャは笑顔で見詰め合っていた。それが、友愛の印でない事をアラタも気付いている。きっと二人の視線の先では、バチバチと火花が散っている事だろう。だが、敢えて何も言うまい。ここで、何か一言でも発すれば、アラタ自身も巻き込まれかねないのだから。勇猛果敢に魔物を蹴散らす魔法戦士も、女同士の別な戦場に入っていく勇気は無さそうだった。
魔物との闘いとは、また違った緊張感に支配される冒険者ギルド。
ギルドの外には入りたくても怖くて入れない、新人冒険者達が屯していた。
今回の迷宮探索は数日かけてじっくりと攻略した。迷宮内でキャンプしながら一階層毎にじっくりと探索していったのである。魔物の生態から、罠の種類や解除方法。仕掛けの見分け方やその利用の仕方など、三人で話し合いながら確実に攻略を進めていったのだ。そうなれば、当然魔物との遭遇率も高くなる。三人は、敢えて遭遇した魔物を全て殲滅しながら進んでいった。その結果、魔石等の小物の鑑定だけで一時間近くかかる結果となった。
「随分待たせちゃったかな」
そう言ってカウンターの奥から姿を見せたのは、鑑定士のナッツ。
ナッツは両手で抱え持ってきた袋を無造作にカウンターの上に置く。
ドカッとカウンターに置かれる大きな袋。
それも一つではないのだ。数えてみたら、全部で八個。
この全てが、今回の報酬になると言う。
中身のほとんどが金貨だとナッツは話す。
「凄い」
キャスカもこの光景には驚く。
今回の探索では、迷宮内で出会ったモンスターは片っ端から倒してきた。
大量の魔物を討伐したのだから、さぞかし報酬も高額になるのではとの予想をしてはいたが、目の前に置かれた報酬は、自分が予想していたものよりも更に上を行くものであった。
この他にも、大きな魔物の素材があるのにである。
「ミーも。ミーも見るのよ」
アラタがミーを抱っこして、カウンターに置かれた報酬袋を見せている。
「おお~」と、声をあげながら報酬をキラキラした瞳で見つめるている。
手足をパタパタさせて喜んでいる。だけど、あれは報酬に喜んでいるのか?
ミーは最初こそパンパンに膨らんだ袋に喜んでいたが、今はアラタに抱っこされている事が嬉しいようだ。
その様子を、キャスカはアラタの背中越から羨ましそうに見ていた。
報酬をバッグに仕舞い、カウンターに背を向けて歩き出そうとした所に声がかけられた。
「アラタ君待って。これから少し時間ある?」
「悪いのですけれども、これから私達三人だけで打ち上げをしますので別の日にして貰えませんか」
キャスカはマーシャの態度にピリピリしているようだ。
「ええ、それは分かっているんだけど。あの、話はナッツさんからで」
三人は振り返りナッツの話を聞く。
「まあ、話すのは俺なんだけど、用があるのはギルドマスターでな。今回の三人の実力を改めて精査したところ、すでに君達はDランクパーティーに匹敵するとの見解に相成った。それでなんだが、アラタ君とキャスカ君はそのままDランクに上がってもらい、ミリアムはGから一気にEランクまで上げる事になったので、一度ギルドマスターに会って欲しかったんだが。今日じゃなくてもいいから、都合を付けてくれないか?」
えっ、今Dランクって言った?登録してから、まだ数か月の私たちが?
アラタを見ると「ふ~ん」といった表情であまり関心がないみたい。
ミーだけEランクにされたのが気に入らなかったのか、ピョンピョンと飛び跳ねてナッツに抗議している模様。
まあ、気持ちは分かるけど、抗議しても無理じゃないかしら。周りにいる冒険者も小さなミリアムがピョンピョン跳ねる姿にほっこりとした表情を見せているし。ほら、ナッツさんも「かわいい、かわいい」って顔をしてる。
分かっていたことだが、ミリアムの要望は聞き入れられることは無かった。
「それじゃあ、二日後はどうですか?それなら都合つきますけど」
アラタの返答に了承するナッツ。
「ありがとう、それじゃあ二日後に。ああ、そうだ。ギルドに顔を出すのは昼過ぎでいいからね。今回は大変だったろうから、ゆっくり休むといいよ」
そう言って、ナッツはカウンターの奥へ消えていった。
流石ナッツさんね。冒険者への気遣いも忘れず大人の対応。目の前にいる受付嬢にもナッツさんの爪の垢でも飲ませてやりたいくらいだわ。
キャスカがチラリとマーシャに目を向けると。
「何よ?」
あからさまな対応をされる。
本当に一度、爪の垢でも飲ませた方がいいんじゃないかしら。
やれやれと、キャスカはギルドを後にする。
アラタ達三人は、借り住まいをしているゼルの家に帰ってきた。途中ギルドでつい口走ってしまった打ち上げの事をアラタに指摘され、帰るついでに買い物を済ませてしまおうと寄り道をしてきた。今更、打ち上げの事は受付嬢のマーシャを牽制する為に口から出た方便である等と、口が裂けても言えそうにない雰囲気であったから。アラタは勿論の事、ミリアムも乗り気だった。喜んでいるミリアムの姿を見ていると、少しばかり気が咎める。二人に対して嘘をついてしまった事への贖罪だろうか。アラタは自分も出すと言っていたが、今回の打ち上げ代は全部私の懐から出す事にした。




