18.
アラタが目を覚ますと目の前にはミリアムの小さな顔が。
ミリアムは既に起きていたようで、パチパチと瞬きをしながらアラタの顔を覗き込んでいた。
「おはよう、ミリアム」
アラタは伸びをしながら挨拶をする。
何故だかミリアムは唇を尖らせて不満そうな表情。
「…………ミーちゃん」
ミリアムがアラタの目を見て呟く。
アラタは首を傾げて聞き返した。
「ミーちゃん?そう呼んでほしいの?」
コクリと頷く。
「ミーじゃ駄目?」
ミリアムは少し考え、コクリともう一度頷いた。
ミリアムの呼び名がミーに決まった。
朝食を済ませたアラタ達は、部屋で今後の冒険者としての予定を話し合っていた。
ポリーは下で食後の片付けをしている。
部屋の中にいるのはキャスカとミリアム。そして、この部屋の住人であるアラタの三人。
先ず口を開いたのはキャスカだった。
「アラタの事を疑う訳じゃないんだけど、本当に大丈夫なの?この子に魔物との戦闘は早すぎると思うんだけど」
ミリアムはどっからどう見ても、7、8歳位の女の子にしか見えない。
キャスカが不安に思うのも当然だ。
ミリアムはムッと口をへの字に曲げてキャスカの言葉に抗議する。
「ミーのまほうはつよいのよ」
ミリアムはペッタンコな胸を反らして強いんだぞとキャスカにアピールしているようだ。
ミリアムの態度に更に不安を募らせるキャスカ。
キャスカは目線をアラタに移し、大丈夫なの?と問いかけてくる。
「ミーの言う事は本当だよ。僕も魔眼で確認したし。ミーは高位の魔法師なんだ」
ミリアムは腰に手を当てて『えっへん』のポーズ。
アラタは魔眼で見たミリアムのステータスをキャスカに話した。
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ミリアム:幻視族
職業:魔法師、召喚士、
Lv:7
HP:60
MP:550
筋力:4
体力:5
魔力:100
知能:90
俊敏:5
幸運:15
魔法
火炎Lv:1、氷雪Lv:1、雷Lv:1、地Lv:1、旋風Lv:1、闇Lv:2、付与Lv:1、召喚Lv:2
スキル
魔法強化Lv:1、魔法耐性Lv:2
ユニークスキル
幻惑眼Lv:1、守護の御霊(呪いが変化)
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HP、筋力、体力、俊敏は平均を随分下回っているが、MP、魔力、知力は他の魔術師より格段に高い数値。
魔術師より魔法師の方が上位職であるにしても、同レベルで見た場合MPだけでも二倍近くの差があった。
成熟した妙齢の魔法師ならいざ知らず、ミリアムの年齢でここまでの開きがあるのはある意味異常である。
体力面では絶対に負けない自信があるキャスカも、まさか7、8歳の子供に知力で劣っているとは思ってもいなかった。
キャスカは一人顔を赤らめていた。
「魔法が凄い事はわかった。でも魔物と戦った事は無いんでしょう。まずは、実戦に慣れる事から始めた方がよさそうね。森の周辺なら余り危険はないし、初めての実戦には良いかもしれないわ」
「そうだな。中まで入らなければ危険はないか」
「むぅぅ、ミーはつよいつよいのよ」
初心者扱いが気に入らなかったのか、ミリアムは両手をブンブン振り回し二人に抗議する。
「ミー、実戦は君が思っている程簡単じゃないんだよ。魔物は常に動いているし、止まってる的に当てるのとは違うんだ。それにね、ミーの上位魔法の威力や範囲を知る為にも、ある程度安全で見晴らしのいい広い場所でミーの魔法を見せて欲しいんだ。僕達は決してミーを侮っている訳じゃないよ」
アラタは優しくポンポンとミリアムの頭に手を置く。
「私の言い方がいけなかったわ。これから一緒に冒険するんだもの、お互いの動きや攻撃手段を確認したかったの。嫌な思いをさせてご免なさい。ねぇ、ミリアム。これから私とも仲良くしてくれる?」
寂しそうな表情のキャスカ。
ミリアムは円らな瞳をキョトンとさせ。
「ミーでいいのよ」
キャスカに対し微笑んだ。
「わかったわミー。可愛いお名前ね」
ミリアムは可愛いと言われてほっぺに手を当てて照れている。
「私はキャスカ。宜しくね、ミー」
「キスカ?」
「キャ・ス・カ」
「キ・ス・カ。むぅぅ…………キーちゃん」
「キーちゃん?可愛い名前ね、私に似合うかしら。ミーとお揃い」
ミリアムはハッと瞳を開き『お揃い、お揃い』と、嬉しそうに呟いていた。
アラタは何時もお世話になっている魔導具屋に来ていた。
「うわぁ。凄いね、アラタ」
ポリーが天井近くまで積み上がった本を見上げて驚きの声をあげる。
何故、アラタ達が魔導具屋にいるのかと言うと。
キャスカとミリアムが仲良くなった事で話しが弾み、ミリアムが一着しか服を持ってないとキャスカに話すと、普段着の一着も買ってあげなかったアラタに呆れ、冒険の為の装備を整えるついでに日用品も買おうという話しになり、幅広く商品を扱っている商人街まで出かける事に。
その際、ポリーだけ家に残すのも可哀想なので、今日はポリーも一緒に、という事になった。
ポリーとミリアムは歳が近いからか、直ぐに打ち解ける事が出来た。
魔導具店に着くまで、ポリーはミリアムに街を案内してあげていた。
ミリアムはキャスカと一緒に魔導具を見て回っている。
アラタとポリーは二階にあがり、アラタは魔導書をポリーは表紙に挿し絵の入った絵本を読んでいた。
「アラタ、そっちじゃないでしょう。今日はミリアムの杖を選ぶんだから、早く来て」
一階からアラタを呼ぶ声。
アラタは渋々立ち上がり一階へ降りていく。
ポリーも一緒について行こうとするが、手にしている絵本が気になるのか絵本とアラタをキョロキョロと見比べている。
アラタは仕方ないなと、ポリーに絵本を買ってあげると言うとポリーは満面の笑みを浮かべアラタと一緒に下に降ていく。
勿論、絵本は大事に胸に抱きながら。
買い物を終えたアラタ達は、中央広場で屋台の食べ歩きをしながら掘り出し物散策をしていた。
とは言え、専ら遊びである。
キャスカとミリアムは服屋で古着を見て回っていた。
この世界で服と言えば、殆んどは古着の事。
おろしたての服を着るのは、ある程度地位のある貴族か平民では金持ちの商人くらい。
大概は古着を買って、破れれば縫合し何年も着回すものであった。
キャスカは白いワンピースをミリアムに押し当てて見た目や服のサイズを測っている。
アラタとポリーは各屋台を回り買い食いを続行中。
魔導具店では大人しかった翡翠も、食べ物の匂いが気になるのか鼻をヒクヒクさせている。
果物屋の前を通りかかった時には、アラタの頭を踏み台に果物の篭に特攻を決め勝手に食べ出す始末。
屋台の親父には長々と説教された。
翡翠はと言うと、そんな事は知らんと、またアラタの頭の上に戻り小さな赤い木苺を美味しそうに頬張っていた。
買い物から二日。
三人の姿は森の近くにあった。
キャスカとミリアムは森の外で待機しており、アラタは森に入ってめぼしい魔物を二人の所まで誘い出している。
森の中から魔物の声が聞こえた。魔物の声は段々大きくなり此方に近づいてくる。
森の木々を掻き分けてアラタが姿を見せると。
「二人共来るぞ。ゴブリン五匹だ」
ミリアムは杖を握る手に力を込め、「フンッ」と鼻息を大きくついて気合いを込める。
キャスカはミリアムの斜め後ろに立ち、不測の事態に直ぐ動けるように待機していた。
ゴブリンはミリアムを見つけると、逃げ回るアラタより与し易しとみたか、五匹共ミリアムに向かって走り出した。
キャスカはサーベルの柄に手を添えて、何時でも抜ける体勢をとる。
ミリアムは右足を一歩踏み出すと、杖をゴブリンに向け体内の魔力を高める。魔力はミリアムの掌から杖先に集まり、バチバチと電気がスパークする音が聞こえ、ゴブリンが二十メートルまで近付いた所で杖先からバチチチチチッと雷魔法が放たれた。
アラタは魔眼で魔力の動きを視認していたが、放たれた雷魔法はとてつもない早さであり、キャスカなどは何時魔法がゴブリンに着弾したのかわからなかった程だ。
ゴブリンは五匹共感電死していた。
アラタもキャスカもミリアムの魔法がこれ程とは正直思っていなかった。
上位魔法の使い手だとはいえ、ミリアムはまだ十歳に満たない子供。
複数のゴブリンを相手にするには些か危険ではないかなと思い、キャスカを護衛につけたのである。
だが、二人の思惑とは正反対の結果になった。
この後もミリアムの魔法検証は続き、魔力が減ったらアラタが作った
マジックポーションを飲みつつ、一日かけじっくりと行われていくのだった。