17.
アブドルに紹介された奴隷は皆綺麗であったり、可愛くもあり、今すぐに冒険者でもやっていけるような強そうな人達だった。
だが、その中にアラタが探す呪い持ちの幼女はいなかった。
アブドルの奴隷商館にはまだまだ奴隷がいそうだが。
「いかがでしたかな、我が商館の奴隷達は」
「皆綺麗で健康そうでした」
「そうでしょうとも。自慢の奴隷達をお見せしましたからね」
アブドルは胸を反らし自慢気だ。
一通り奴隷を見た後は、アブドルから良い奴隷の見分け方や悪徳奴隷商人の見分け方などをレクチャーしてもらった。
アラタがこの商館に足を踏み入れたのは、ただ奴隷が見たかった訳でなく、あの時馬車の中にいた幼女こそが、呪われた幼女なのではないかと気になり、それを知りたくてこの商館を訪れたのだ。
アブドルの話しも面白くはあるのだが、このままではあの子に会えそうにないので、思いきって聞いてみる事にした。
「アブドルの所には他の奴隷もいるんでしょ」
突然話しを切りあげ、アブドル自慢の奴隷を見せたにも関わらず、他の奴隷はいるのかと聞くアラタ。
人との付き合いの大切さを知るものであれば、アラタの様な行動はしないであろう。
しかし、アラタは前世でも人とのコミュニケーションは上手くとれず、いつも一人でいる事が多かった。
その為、相手とどのように上手く話しを進めればいいのかなど知り得るはずもなく、どう切り出したらいいのか全くわからなかったのだ。
結果的にアブドルに対して、とても失礼な対応をしてしまっていた。
だが、そこは年長者で交渉術にも長けたアブドル。
アラタの失礼な対応も笑って済ませ、全く気にしてない様子で余裕の笑みさえみせている。
「はて、先程紹介した者達はお気に召さなかったようですな。他に誰か、お探しでしたかな?」
「…………」
アラタは自分から切り出しておきながら、どう答えればいいのかわからないでいた。
アブドルはアラタの返事を待っていたが、あからさまに動揺するアラタを見て助け船をだす。
「申し訳ありませんアラタさん。実は奴隷達を紹介している時には既に誰かを探しているのではと、薄々感じていたのです」
これにはアラタも呆気にとられてしまった。
結局アラタは馬車の出来事をアブドルに話した。
まさか、魔眼の事まで話す訳にはいかず、ただ気になっただけだからと。
アブドルは一応納得したみたいで、その奴隷を連れて来るからと言って部屋を後にした。
ただし、興味本位で接するのはやめてくれと部屋を出る直前に釘をさされたが。
アラタが手持ち無沙汰に部屋を眺めていると、アブドルが件の奴隷を伴って現れた。
奴隷は黒の上着に黒のズボン。肌は色白で頭は黒髪、小さなほっぺと小さな唇がぷっくりと桃色に染まり、とても可愛らしい容姿をしている。
目の色が左右で違い、右目が蒼く、左目はこの世界でも珍しく赤色をしていた。
年の頃は7、8歳位で、首に付いてる奴隷紋の首輪が痛々しい。
その少女は黙ってアラタの目を見つめていた。
アラタは少女と視線を交わし鑑定する。
すると、噂の通りステータス欄に呪いの文字があった。
だが、ただの呪いじゃない。
邪神の呪いと出ている。
呪いの概要を読むと。
『邪神ディーダの呪い。対象の精神、身体的成長を止める。周囲に不幸を振り撒き、対象者に危害を加えると、強化した不幸の呪いが相手にはね返る』
何か、神様の名前が出てきました…………邪神ではあったけど。
魔眼をくれた悪魔とは違うよね?
名前無いって言ってたし。
アブドルと幾つか話しをして契約を結ぶ。
アラタはこの幼女を購入する事にした。
アラタと幼女は路地裏を歩いている。
ゼルの家への帰路の途中。
幼女は前を歩く少年を見ていた。
不思議な少年である。
初めて目が合ったとき、何か運命的なものを感じた。
こんな事は初めてだった。
初めてと言えば、今までの人達であれば呪いの事を聞くとあからさまに侮蔑を含んだ視線を向けてくるか、面白そうだと興味の視線をむけるかのどちらかであったが、目の前の少年はどちらでもなく、ただこの子の目を見つめ微笑んでくれたのだ。
とても優しい眼差しだった。
購入する際、呪いの事を奴隷商館の主が注意喚起をしていたが、それも意に返さず、大丈夫だからと言ってこの子を購入した。
路地裏から大通りを抜け、目の前には大きな広場が。
広場には色々な店が建ち並び、大勢の人が行き交っている。
馬車から見た景色と、初めて自分で歩いて見た景色は全く違う景色を見ているようだった。
この子がキョロキョロと街の風景を見ていると、目の前の少年がこの子の手をとり『はぐれたら大変だから』と、手を繋いで歩きだす。
やはり優しい少年なのだな。
手を繋ぎ歩いて行くと、一軒の家の前で少年が立ち止まる。
ここが少年の家であるらしい。
とても立派な家である。
今までこの子を購入した人の中にも金持ちがいて大きな館も見てきたが、目の前の家からは安心感と暖かさがあり、今までの大きな館よりも素晴らしい家に見えたのだ。
少年はただいまと言い幼女の手を引き家へと入っていった。
夕食時。
四人と一匹は楽しげに食事をしている。
アラタとポリーは今日あった出来事を互いに話し、ゼルとキャスカはこの街周辺の魔物や迷宮の話しをしていた。
翡翠はアラタの脇でお皿に盛られた果物の周りをウロウロとしている。
どこからかじりつこうかと品定め中であった。
ただ一人幼女は黙々とテーブルに並んだ料理を食べていた。
かの奴隷商館が奴隷を大切に扱っていると言っても、日々の食事を満足するまで食べさせてくれるかと言えば違っていた。
他の奴隷商館よりはマシ位の食事で今、目の前にある肉や瑞々しい果物等滅多に出されなかった。
久々のまともな食事で、食べる事に頭が一杯だったのだ。
夕刻前にゼルの家に帰ってきたアラタ。
いきなり幼女の手を引き家へと帰ってきたアラタに、ゼルもポリーも後から帰宅したキャスカも驚いていた。
三人には隠さず幼女の事を話した。
結果として、驚く程あっさりと受け入れられた。
連れてきたアラタが、こんなんでいいの?と、疑問符を浮かべる程であった。
勿論、呪いの事はアラタの魔眼で対応するからと説明したが、それが必要ない位にあっさりと受け入れられた。
夕食も終わると、改めて皆に幼女を紹介する。
「この子はミリアム。今日から僕のパーティーに入った冒険者で、小さいけれど、歴とした魔法使いなんだ。みんな改めて宜しく。ほら、ミリアムも挨拶して」
ミリアムはアラタの袖を掴みオロオロと視線がさまよっている。
ミリアムの頭をそっと撫で、大丈夫だよと励ますと暫くしてその重い口を開いた。
「…………ミーアムなの」
ミリアムはそう言うとアラタの背に隠れてしまった。
それ以降アラタの背からミリアムが出て来ないので、今日はこれでお開きとなった。
アラタとミリアムは同じ部屋にいる。
キャスカが女の子同士だからと同室を申し出たが、ミリアムがアラタから離れなかったのだ。
これでは仕方ないからと、アラタが自分の部屋に連れてきた。
ミリアムに嫌々と断られたキャスカは、寂しそうに自分の部屋へと入っていった。
「ミリアム、此方に来て」
ミリアムをベッドに座らせると、ミリアムの目を見てアラタが言う。
「ミリアム。疲れているかもしれないけど、今から君の呪いを解くからね。少し我慢して」
「!!」
呪いを解くと言われ、目を見開き驚くミリアム。
「ミリアム、目をそらさずに僕の目を見て」
ミリアムの目をじっと見つめるアラタ。
すると魔眼が発動したのか、アラタの中に黒くドロドロとしたものが流れ込んでくる感じがする。
それが呪いなのかアラタにはわからなかったが、黒くドロドロとしたものはアラタに吸収され消えていく。
大分時間が経ち呪いの解除が成功したその時、アラタの頭の中に声が聞こえてきた。
(ありがとう。私の娘を解放くれて)
「「えっ!(!!)」」
どうやらその声はミリアムにも聞こえたようだ。
ミリアムはキョロキョロと声の主を探しているようだ。
だが、この部屋にはアラタとミリアムしかいない。
声の主が見つからず、ミリアムは寂しそうだ。
アラタはミリアムの寂しさをまぎらわせようと頭を優しく撫でる。
ミリアムは目頭に涙を一杯溜めて我慢していたが、とうとう堪えきれなくなり声を殺し泣き出してしまった。
ずっと、ずっと小さい時に聞いた母の声だった。
姿はボヤけて覚えていないが、優しくて大好きなお母さん。
姿が思い出せないのが余計に寂しくて、涙が止まらなかった。
ミリアムは泣きつかれたのか、ベッドに丸くなって寝ていた。
泣く子を気遣ってか、翡翠はミリアムの顔の横で同じく丸くなって寝ている。
アラタはミリアムのステータスを再度確認する。
すると、呪いのあった場所に新たなスキルが発現していたのだった。