01.
痛い、苦しい、ひもじい。
何でいつも虐めるの。
小さい頃からずっと虐めを受けてきた。
僕を産んだ親はいない。
二人共別々にいなくなった。
捨てられたのだ。
引き取ってくれたおじさんもあからさまに厄介者扱いしてきた。
引き取られて一年たった頃から暴力が始まった。
お腹を蹴られたり、顔を殴られり。
そのことが他の大人にばれたことで、おじさんも僕もそこに居られなくなった。
僕はまた違う家に引き取られていく。
ここからが地獄の始まりだった。
ここはとても裕福な家で僕を除けば家族が三人。
義理の父、母、そして兄。
僕は全員から暴力を受けることとなる。
殴られたり蹴られたりするのはいつものことで、火で背中を炙られたり水に沈められたりする。
学校などもってのほかで通わせてはもらえなかった。
ノートと鉛筆やけしごむ。
それと学校で使う教科書を投げ渡され、一人でやれといわれ毎日物置小屋で勉強していた。
勉強の時間が一番の幸福だった。
だがそれも今日で終わるらしい。
僕はもう五日食事をとっていない。
そのかわりに暴力の回数が増えていった。
僕は物置小屋に帰ると、突然脇腹が痛みだした。
さっき蹴られた場所だ。
あまりの痛さにうずくまり脇腹を見ると黒く皮膚が変色していた。
どうやら内臓や大きな血管が傷ついたのかも知れない。
はっきり言えば死ぬのは怖い。
だけどその中にはもう虐められなくてすむのかなという開放感もあった。
そうか終わるのかとの思いとともに僕の意識はだんだんと薄れていくのだった。
「よう、やっとお目覚めか」
僕はどこか知らないところで仰向けに寝ているようだ。
僕の目の前には僕の顔を逆さに覗きこむ誰かがいた。
「うわっ」
吃驚して突然起き上がろとするが目の前には顔があり、どちらも反応出来ずにおもいっきりぶつかってしまった。
「痛って~、まさか寝起きに頭突きをしてくるとは」
僕はおでこを押さえながら仰向けで痛みに呻いていた。
だんだんと痛みが引いてきたので、おでこを擦りながら周りを見回してみる。
そこは何もない空間だった。
言葉のとおり何もなく、ここは、部屋でも外でもない。がらんとした空間が何処までも広がっていた。
「ここどこ?」
つい独り言を呟くと、
「あの世ってやつだな」と、
まさかの返答が返ってきた。
僕は意識せず条件反射のような呟きに対し、突然返事が返ってきたことに吃驚して『うわっ』と叫び声をあげる。
「いろいろ、忙しい奴だな」
僕は声が聞こえてきた方に首を回すとそこには、真っ黒な体に頭に角と背中に羽を八枚はやした人間っぽい姿の何かが、空中に足を組んで静止しこちらをじっと見つめていた。
「うわっ、だ、だ、だ、誰?」
ついまた叫んでしまうがさすがに三度目となると、相手もやれやれといった感じで僕の問いかけに返事を返してくる。
「まぁ、お前さんの世界では悪魔なんて呼ばれてる存在かな」
まさか悪魔が目の前に現れるとは、その返答に微妙なものを感じていた。
だけど、今一番教えて欲しいこと。
僕がどうなったかを、目の前の悪魔に聞いてみることにした。
「死んでっから、お前」
悪魔は僕の思考を読んでいるのか、くいぎみに答えてくる。
何やら楽しそうにしている悪魔。
悪魔を観察するが危害を加えてきそうな様子もなく、こちらをただただ楽しそうに眺めている。
「ようやく静かになったな」
悪魔はそう言い僕の方に近づいてきた。
他人に近づかれるのに恐怖を感じていると悪魔は笑みを浮かべ話しかけてきた。
「今更なにを怖がる。お前、あのときすでに死すら受けいれていただろうが」
悪魔はどうやら僕のあの状況を知ってるようで、笑みを浮かべたまま、今の僕の状況を教えてくれた。
僕はやはり死んでいて、この悪魔は面白い魂があったので会いにきたとのこと。
勿論面白そうな魂とは僕の事だ。
「それで僕はどうなるんですか?」
僕が質問すると、悪魔は笑みを消し考えだした。
「う~ん、全く考えてなかった。そうだ、お前の方で要望あるか?」
まさかの質問の投げ返しをされた。
「要望といっても何を望んでいいのかの基準がわからない。世界の破滅って言っても駄目なんでしょう?」
僕はちょっと意地悪な質問をしてみた。
「やはり面白い奴だな。地球上の全人類消せといわれと困るが、飢饉や疫病を世界に振り撒けってんなら簡単だぞ。やるか?」
まさかの人類滅亡のシナリオが簡単に描かれた。
僕が唖然としているとやるかと問われたので首を横に振って答えを返す。
「じゃあ、あれはどうだ。お前さんの世界でよく描かれてる異世界転生は。これだと俺もまだまだ楽しめそうだからな」
悪魔は新しい玩具を手に取った子供のように、無邪気な笑顔を浮かべていた。
僕も何冊かそのての本は読んだこともあり、こんな世界から飛び出して冒険の世界へ行きたいと本気で思っていたときもあった。
あの地獄に行ってからは考えもしなかったが。
「でも、僕弱いよ。向こうでも虐められるかもしれないし」
よくよく考えたら、自分の非力さでは生きていけないとの思いに至った。
僕が読んだ本でも、異世界転生するのは強くて特別な人達ばかりだった。
「なんだ、そんなことか。それじゃあ、俺が力をくれてやるよ。お前がすぐ死んじまったら俺も面白くないからな」
悪魔はやはり悪魔らしく、自分の興味優先でついでのように力を与えるといってきた。
「虐められない力があるならいいかな。あっ、これから行く世界ってどんなところか聞いていい」
「あぁ、お前が行くのは魔物や魔族にドワーフやエルフ。更に、ドラゴンなんかがいる世界だな。獣人や妖精なんてのもいる。楽しそうだろう」
その話しを聞いて、僕もワクワクしてきた。
同時にちょっと不安でもある。
けど捨てた命を拾ったと思えば、何でもないような気がしてきた。
「うん、分かった。僕行くよ」
「よしよし、そうじゃないと楽しくねぇよな」
悪魔は僕の決意に満足したのか、今までで一番嬉しそうな表情をみせた。
「そうだ。行く前に僕にくれる力のことを聞いていいかな」
「お前にやるのはほれ、これだ」
そう言って悪魔は自分の両目に指を突っ込み、引き抜いた目玉を手のひらに乗せて僕に差し出してきた。
僕は唖然とし、一瞬固まってしまった。
「ちょっと何やってんのさ」
悪魔に近づいて質疑の声をあげる。
悪魔は平然と、口角をあげ笑っているように見えた。
「気にするな。俺にとっちゃどうでもいい事だ。目玉なんて無くても見る事できるし、必要なら作り出すさ」
そう言って目玉の無い瞳でこちらを見てくる。
瞳の奥はまるで闇が蠢いているようで、全てを見透かされているような気持ちになり、正直あまりいい気分ではなかった。
「この目を転生と同時にお前にうえつける。まあ、最初は苦労するかもしれんが、少しづつ馴染んでいくだろうからいずれは使いこなすようになるさ。能力は向こうに行ってからのお楽しみだ」
「はぁ、どうせ断れないんでしょ。有り難く貰うことにするよ。だけど何でここまでしてくれるの?」
「ただの暇潰しだ」
そう言って悪魔は楽しそうに異世界転生の準備をしていく。
「よし、いくか。向こうで存分に楽しめよ」
悪魔の言葉と共に僕の足下から光が溢れてくる。
僕は最後に悪魔に質問してみた。
「ねぇ、こう言う話しだとさ異世界転生させるのって、大概神や女神ってなってるけど、何で悪魔なの。それに光って悪魔大丈夫なの?」
「何だそんなことか。お前達の言う神や悪魔は人間が己の都合で線引きしたに過ぎない。俺らはただ己の存在であればいい。だから、名前なんてものもいらないのさ。それに、人間にもいろんな奴がいるように俺らにも禁欲的な奴、享楽的な奴、いろんなのがいるのさ。俺は、断然後者さ」
まるで自分を知ってもらって嬉しいのか、ケラケラと声をあげて笑いだした。
「さて、始まるぜ。お前の楽しい冒険が。俺を楽しませろよ」
目の前の享楽的な悪魔は目玉の無い瞳でずっと僕を見つめていた。
最後の別れすら楽しむように。
僕は最後に悪魔にプレゼントをすることにした。
光に消える直前に僕は悪魔に話しかける。
「悪魔さん。僕の名前は、新城 新。新が二つあるんだ。だから片方貰ってよ。名前位あってもいいでしょ?」
僕はその言葉と共に光に消えていった。
残された悪魔は何やら驚いているようだ。
「まさか悪魔が人間にプレゼントされるとはな。へっへっへっ」
悪魔は一人『新』と呟きこの空間より消えていくのだった。