14.
地下13階。
数メートル先は闇に閉ざされている。
アラタは焚き火の前にある丸太に腰かけ、視界に写らぬ闇の向こうを警戒していた。
アラタの起床と共に翡翠も起きたが、今はアラタの膝の上でスヤスヤとおやすみ中である。
テントの周りはアラタの張った結界で護られていた。
結界はテントの半径4メートル周辺をぐるりと囲い、フォレストタイガーをものともしない程の頑強さ。
ここいらの魔物ではまず入って来れないだろう。
焚き火に薪を放り込むと、パチパチと音をたてて炎が一瞬大きく揺らいだ。
アラタの結界が魔物の反応を感知した。
アラタはまたかと溜め息をつくとそっと翡翠を丸太に降ろし、結界にとりつく魔物を剣で斬り裂く。
魔物は昼間キャスカに警戒するよう言われたシャドウウィップであった。
「これで、三度目か」
キャスカと夜警を交代して、既に三度魔物に襲われていた。
その全てが、このシャドウウィップである。
「どんだけいるんだよ」
倒したと思ったら、結界の反対側にまた魔物の反応。
アラタは朝が来るまで、魔物の討伐に一人精を出すのであった。
キャスカがテントから出てきて大きな延びをしている。
綺麗な顔立ちにスラリとした手足、鎧は着けておらず薄いシャツに太股を露にしたパンツ姿。
胸には女性を主張するよう二つの大きな双球がツンと上を向いており、丸いお尻から太股のラインはとても艶かしい。
アラタが自分に見惚れているとは露にも思わず、キャスカはおはようとアラタの横に腰を下ろした。
「迷宮内で、その格好は危ないぞ」
アラタは惚けた頭を振り、やんわり注意してみたが。
「危険な迷宮で、結界だけを残してどこかに行っちゃう人の言葉とは思えないわね」
キャスカはアラタを尻目に、嫌味を口にする。
アラタは先日翡翠を助ける為、テント内で休むキャスカを残し、森の奥へ一人出掛け、フォレストタイガーと戦うという行動をとった。
翡翠を助けた事は怒られはしなかったが、一人で勝手な行動をした事を散々キャスカに説教された。
アラタ自信あの行動が間違っていたと自覚しているものだから、言い返す事が出来なかったのだ。
まだ怒っているのかと溜め息をつきたくなるアラタ。
「冗談よ。ごめんね、アラタ。ただ、朝の空気を吸いたかっただけなの。すぐに着替えてくるわ」
そう言って、キャスカはまたテントの中に戻っていく。
何だ怒っていないのかとアラタは胸を撫で下ろす。
アラタに助けられた当の翡翠は、アラタの頭の上で尻尾を振りながら、アラタの頭をペシペシと叩き、『ご飯まだ』と、朝食を催促していた。
アラタは昨夜倒したシャドウウィップの魔石を見ていた。
魔石は薄黒く変色しており、今まで見た魔石とは違っていた。
魔道具店の店主によれば、魔石は千差万別で、透明な物もあれば色付きのものもあると言う。
色は大概その魔物の生息する場所であったり、魔物が持つ属性によって色が変わると考えられていた。
色の濃薄にも意味があり、色が濃い程魔石の価値が高いとされ、より濃い色程大きな魔力を秘めていた。
シャドウウィップの魔石は薄黒い色をしており、闇属性の比較的安価な魔石だった。
「そういえば、まだ魔石の吸収してないのよね。やっぱり闇属性なのかしら?」
魔石を見つめるアラタを横に、先日聞いた魔眼の話が気になったキャスカ。
魔眼の話しは聞いてはいたが、実際に魔石を吸収するのを見た事はない。
あれからずっと、アラタの魔眼に興味があった。
魔眼という珍しい能力にワクワクしている様だ。
キャスカが自分の能力に興味を持っているのは感じていたし、決して悪意の眼差しを向けている訳でない事も承知している。
だが、だからと言って、そんなキラキラした目で見られても……いや、なんか、やりづらいっス。
「どうしたの、アラタ?」
キャスカは可愛く首を傾げる。
大人っぽいキャスカがこの仕種をすると、その可愛さは三割増し。
アラタは咳払いをし、心を落ち着かせて魔石に集中。
すると、魔石は霧のようになり、アラタの目に吸い込まれていった。
「えっ、今魔石が霧に……何?何しの、アラタ」
アラタも、自分の魔眼はそういうものだからとしか答えようがなく。
まさか、悪魔に貰ったものだからと説明出来る訳がない。
キャスカも、本人が分からないのでは仕方ないかと早々に質問を止め、アラタが得たであろうスキルに興味を移していた。
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アラタ:人属?
職業:魔法戦士、治癒師、結界師
Lv:14
HP:1500
MP:2560
筋力:160
体力:136
魔力:305
知能:130
俊敏:100
幸運:7
魔法:火Lv.3、水Lv.1、風Lv.2、土Lv.2、光Lv.1、闇Lv.5、治癒Lv.1、錬金Lv.3、付与Lv.3、結界Lv:1
スキル
打撃耐性Lv.3、火耐性Lv.1、闇耐性Lv.2、精神耐性Lv.2、採集Lv.3、料理Lv.1、複写Lv:2、解読Lv:2、解錠Lv:1、罠Lv:2
戦闘:鬼の一撃Lv.1、影縫いLv.1
ユニークスキル
魔眼:鑑定Lv.2、悪食Lv.1
虚無Lv.MAX
魅了(保護欲)Lv.2
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どうやら、魔力が少し上昇したのと、影縫いというスキルが増えている。
アラタは早速新しいスキルを試そうと、自分の影に魔力を流すと影から突起状の黒い針の様なものが飛び出してきた。
「…………なんか、ショボい」
影から飛び出た針は5㎝位の長さで、攻撃には使えそうにない。
使っても足止め位か。
それとも、レベルが上がれば強力なスキルになるのか?
アラタは腕を組んで自分の影を見つめていた。
「影から出てるのが新しい能力なの?新しいスキルを身につけてうれしいのは分かるけれど、それをいきなり試すのは止めてね。危ないスキルもあるんだから」
「あっ、ごめんキャスカ」
「大丈夫よ。次からは気を付けてね」
「うん」
二人は迷宮攻略を再開する。
攻略は順調に進み地下13階を抜け、さらに何泊かしながら地下14、15階層を突破した所で地上へと戻ってきた。
地下14階層と15階層も同様に森林の迷宮であり、出てくる魔物も然程変わりはなかった。
地上に戻った二人は、一度グランドの街に戻り、下層攻略の準備と休息をとる事にした。
アラタとキャスカはグランドの街に戻ってきた。
ウォルの迷宮に潜っていたのは数日の間であったが、二人には一月もの間潜っていたのではないかと感じられる程、久々のグランドの街に帰郷にも似た感情が湧いていた。
「きゅん、きゅん」
翡翠はアラタの服の間から顔を出し、初めて見る人間の街が珍しいのかしきりに首を振り、行き交う人や景色を眺めている。
「翡翠、あまり顔を出すなよ。お前、狙われるかも知れないんだぞ」
翡翠はアラタの話など聞いてはおらず、服の間から身をのりだしては流れ行く珍しい景色を楽しんでいた。
今の翡翠に言っても無駄かと、アラタは早足にゼルの家へと赴く。
数日ぶりに帰るゼルの家に、アラタは懐かしさを感じていた。
どうやらキャスカも同じらしく、二人は視線を交わしはにかむ。
目の前の玄関の扉が開き、ポリーが家から姿を現すと早速二人を見つけ。
「あ~、アラタ。キャスカお姉ちゃん」
二人を見つけると目元を潤ませながら、駆けだした勢いそのままにアラタに飛びついてきた。
ポリーはアラタの胸に頭をグリグリと押し付け、数日間の寂しさをうめるかの様にアラタに甘えていた。
アラタはポリーを受けとめると、無理矢理引き剥がすのも可哀想でその場から動けず、キャスカはアラタの横でポリーの頭を優しく撫でていた。
キャスカには兄二人はいたが弟はおらず、ポリーの事は可愛い弟の様に思っていた。
心の中で『寂しい思いをさせて、ごめんね』と謝りながら、優しい眼差しを二人に向けながら頭を撫でていた。
アラタの服の中にいた翡翠は、いきなり飛び込んできたポリーのタックルをすんでの所でかわし、今はアラタの頭の上で毛を逆立てながらポリーを警戒している。
アラタがポリーや毛を逆立てる翡翠の頭を撫でていると、家の中からゼルが姿を見せる。
ゼルは目の前の光景をいつもの優しい笑顔で見つめ、
「お帰り、二人共。疲れているだろう、早くお入り」
何も変わらぬ優しい笑顔で、二人と一匹を温かく迎えてくれた。
アラタとキャスカはゼルの家に入ると、ほっと胸を撫で下ろす。
グランドの街に帰ってきた時にも感じたが、ゼルの家にはポカポカとした温もりがあった。
ゼルとの出会いから其れ程の時間は経っていなかったが、此処がすでに自分の帰る場所になっている事を、改めて感じるアラタであった。