11.
アラタとキャスカはウォルの迷宮地下七階層にいた。
キャスカのサーベルも問題なく直りと言うか、以前よりも強度や切れ味が増し、以前攻略を断念したウォルの迷宮に再度挑戦しようとキャスカが意気込み、キャスカに半分引っ張られる形でウォルの迷宮に潜っていた。
前回は、地下八階層への階段を目の前に撤退。
今回は転移門を使う事で、前回撤退した地下七階層まで一瞬で移動出来た。
転移門とは……どういう原理か分からないが、転移門は冒険者カードから情報を読み取り、以前到達した最高到達層まで八人までなら一度で転移させられる特殊魔法陣。
勿論、その間にある階層を指定しての転移も可能。
ただし、三十階層に到達した人と十階層しか到達しなかった人が一緒にいた場合、転移出来るのは十階層までと、何故だかそう言う物らしい。
転移先もランダムで、前回アラタ達は地下八階層への階段前で転移石を使って脱出したが、今回の転移では比較的七階層への階段に違い場所に転移させられ、数度の戦闘を経て、今二人は地下八階層にいた。
「私も魔術師についてはそんなに詳しくないけれども。簡単に言えば魔術、魔法、魔導の三つに分かれてるって事くらい。昔はそれぞれの立場や使用する魔法の種類で呼び名を変えていたらしいんだけど、今ではあいまいになってしまってほとんどの人が自称らしいって話よ。私も魔術と魔法と魔導の違いはって聞かれても分からないわ」
「ふぅぅん、自称なのか。けど、そんな事本には書いて無かったな」
「それは国や組織によって違うから?ううん、違うね。やっぱりあいまいだからじゃない」
「なる程」
「魔導書は魔導書。錬金術書は錬金術書。だけど魔術書や魔法書ってのは聞いた事ないんだよな」
「魔導書は『魔を導く書』からきてるみたい。だから、全て魔導書なんだって話は聞いた事あるわ」
随分曖昧な分別だな。
この世界では、ある程度のニュアンスが分かれば良いって事なのかな?
本の絶対数も少ないし、そこまで細分化する必要もないって事だな。
二人は話をしながらも警戒は怠らず、ダンジョンも二回目だからか精神的にも落ち着いており、前回より早いスピードで各階層を突破していく。
アラタの目の前には、ボス部屋と思わしき大きな扉があった。
二人は装備品やアイテムの確認を行っている。
すると、後ろの通路から、ズルズルと何かを引き摺る音が聞こえてくる。
「凄いわ、このサーベル。風属性のおかげで、スピードも切れ味も以前とは比べ物にならないもの。それに……」
キャスカがサーベルで空を斬ると、ヒュンと音と共に風の刃が前方に飛び出し、ゾンビを斬り裂いていく。
五メートル程離れた場所にいたゾンビは風の刃で二体同時に切り裂かれ、最後の一体は直接サーベルにより首を切り落とされていた。
以前のサーベルは、腕の良い鍛冶職人により打たれた一級品ではあったが作りは普通であり、アラタが錬金術で作り直したサーベルはその一級品のサーベルをそのままに、そこに魔石と風晶石を加えて風属性の魔剣とし、皹の入った中芯にはミスリルを織り混ぜ頑強に、更に外刃には薄く伸ばしたミスリルをコーティングして頑丈さと斬撃性が増されていた。
今はまだ、風の刃は二つしか産み出せないが、今後の訓練次第では多くの刃が産み出せる可能性をも秘めている。
以前のサーベルより遥かに高性能であり別物ではと、疑いたくなる程であった。
アラタはキャスカの倒したゾンビから魔石を回収する。
「さて、そろそろボスとご対面するか。キャスカ、今回の目的は分かってるよね」
「大丈夫よ、アラタ」
今回のダンジョン探索には明確な目的が存在していた。
第一に、新しく作り変えたサーベルの性能テスト。
第二に、各々のレベルアップ。
第三に、地下八階層以降の探索。
アラタも冒険者として最下層まで降りてみたいとの思いはあるが、無理をして死んでしまえば全くの意味を為さない。
その為、充分安全マージンをとり、堅実に攻略していこうと考えていた。
「キャスカ、サーベルに聖属性付与するから。それと、魔法耐性も上げておくけど無茶は禁物だよ」
「えぇ。有り難う、アラタ」
「じゃあ、行こうか」
アラタが軽く扉を押すと、ゴゴゴゴゴと、音を立てながら扉が開いていく。
ボス部屋の中には数体のアンデッドが待ち構えていた。
スケルトンウォーリア × 3
ウィルオーウィプス × 2
スケルトンナイト × 1
アラタとキャスカが部屋の中へと足を踏み出すと同時に、アンデッド達も動き始めた。
「キャスカ、何時も通りに行くよ。先ずは僕が敵の数を減らすから」
キャスカは小さく頷き返事をする。
アラタは空中に火球を五個作り出すと、アンデッドへと放つ。
スケルトンウォーリアとウィルオーウィプスに全弾命中し、スケルトンウォーリアは炎に巻かれて崩れ落ち、ウィルオーウィプスは段々と萎んでいき、最後は魔石を残して消えてしまった。
「これで、周りは気にせず戦えるよ」
「うん。じゃあ、行ってくるね」
キャスカは一人でスケルトンナイトに斬り込んで行く。
スケルトンナイトは、その名の通り騎士の格好をしていた。
錆びた騎士の鎧に兜。右手には所々錆びたナイトソード、左手には錆びたナイトシールドを持っていた。
スケルトンナイトは待ち受ける様子も無く、盾を前にキャスカに走り寄ってくる。
間合いに入ると、手に持つナイトソードをキャスカの頭部めがけ降り下ろしてきた。
キャスカは、降り下ろされたナイトソードを脇へと避けながら、ナイトソードを持つ右腕を掬い上げる様に肩口から斬り落とすと、サーベルは肩口を通過した勢いそのままに空中で軌道を変え、スケルトンナイトの首へと吸い込まれていく。首はツツツと体から滑り落ちていき、『ガシャン』と兜が床へぶつかる音と共にスケルトンナイトの体も床へと崩れ落ちていくのであった。
アラタはキャスカの動きや姿に目を奪われていた。
全く無駄の無い動きに、まるで剣舞を舞っているかの様な美しい立ち回り。
キャスカの動きは完全に見えてはいたが、同じ事をやれと言われても自分には無理だろうなと、改めてキャスカの一切の無駄を省いた動きに、アラタは感嘆していた。
「全く危なげ無く倒すとは、流石だな」
サーベルを鞘に収め、回収した魔石をアラタへと差し出す。
「このサーベルのお陰かな。サーベルに宿る風が私の動きをサポートしてくれてるみたい。だから、身体が軽くてさっきの様な戦い方が出来たのよ。半分はこのサーベルのお陰よ」
腰に佩いたサーベルを愛おしそうに撫でるキャスカ。
目はトロンとして頬が桜色に染まっている。
(キャスカはあのサーベルの事になると、時々こうなるよな……)
惚けてるキャスカを横目に、アラタは残されたスケルトンナイトの鎧や兜を虚無の中に回収していく。
錆を落として素材に戻せば、何かの役に立つかもな。
地下11階。
地下11階層は地下10階層とは随分様変わりして、広大な森の迷宮。
大きな木が乱立し、背の高い草が視線を遮っている。
上を見上げると、木々の隙間からは何故か太陽光が差し込み、此処がダンジョンの中だとは思えない程に清々しく感じる。
今までいた場所が、アンデッドがさまよう腐臭に満ちた石壁の中だったのだから、余計にそう感じるのかも知れない。
アラタとキャスカは大きく深呼吸して、リフレッシュしていた。
「漸く抜けたわね」
「あぁ、次からアンデッド層を飛ばせると思うと気も楽になるよ。アンデッドとの戦闘には慣れたけど、あの臭いがな……」
嫌なものを思い出したのか、キャスカは眉間に皺を作り、しかめ面をしている。
アラタは辺りを見回して進む方向を確かめていた。
「キャスカ、どの方角に進めばいいと思う?」
キャスカはポーチに仕舞っていたダンジョンの地図を取り出し、現在地を確認する。
「地下への階段があるのが東側になるわね。だけどこの階層随分広いみたい。階段に着くまでに一泊はする事になるわね。進み具合ではもう一泊もあるかも…………」
「へぇ、そうなんだ……だけど、不思議な物だね。まさか、ダンジョンの中に森があったり、況してや太陽の光が差してるなんて思いもよらなかったよ。それに、階層によって広さがこんなにも違うなんて、本当どうなってるんだろう」
もしかしたら、ダンジョンの謎を解明すれば、この不思議な力を利用して、専用の空間を造り出せるかも知れないな。
自分の国だって造れるかも。
アラタはダンジョンの仕組みやダンジョンコアの可能性を考察していた。
「ダンジョンはダンジョンコアによって作られてると云われてるわ。コアは人間を誘う為に魔物や宝箱を生みだして、死んだ魔物や人間を餌にして更に力を増していくと考えられてるわ。だから、コアを取っちゃうとダンジョンは段々萎んでいき最後は消えて死んでしまうんだけど。まぁ、その代わりに魔石を入れれば力は衰えても、ダンジョンが死ぬ事はないんだけれども。しかし、ダンジョンの力その物が弱体化しちゃうっていう、ペナルティもあるけど」
アラタとキャスカはダンジョンの話しをしながら、地下への階段がある東の方角へと足を進めていた。
アラタが疑問に思っていた、ダンジョン内に森や太陽光がある理由としては、ダンジョン内に住まう魔物達の為ではないかと言われている。明るい環境を好む魔物もいれば、真っ暗でも平気な魔物もいる。其々の魔物が最大限に能力を発揮出来る環境を、コアが意識的に造り出しているのではないかと。
先程から、何故疑問系なのかといえば、この考察は一つの考えであって、未だにダンジョンの謎は解明されていないからである。
数百年間の考察の記録を紐解いても、全くの不明であった。
アラタが考えた通り、自分の国を造れるかもとの野望を持つ者も多くいたが、その悉くが途中で頓挫していた。
一つは研究者の寿命で、一つは金銭的に、一つは能力不足と色々と理由はあるが、最悪なのが『ダンジョンコアに呑まれる』事である。
コアを抜けばダンジョン自体は死んでいくが、元であるコアは生きている。
そのコアが、その場の環境や人間を取り込み、新たなダンジョンを形成する事象も観察されていた。
突然街中にダンジョンが形成され、内部に閉じ込められたり、知らずに入ってしまったりとの事件も発生していた。
だからか、今では多くのダンジョンコアが国の観察下に置かれている。
ダンジョンコアの謎は解明されていないが、一つの実験として成功した例もある。
それが、迷宮都市。
迷宮都市とは、ダンジョンコアの環境を取り込むその事象を利用して、街中に幾つものダンジョンを造り、多くの冒険者を集め、ダンジョン内で採取した素材やアイテム又は、冒険者の落とすお金によって成り立っているミスルム王国にある地方都市の一つである。
地方都市としては街の大きさも資金力も莫大であった。
従って、迷宮都市は王国の直轄地となっており、その地に治める領主は置かず、国から数名の代官が派遣される特殊な統治法を執っていた。
「へぇ、面白そうな所だね。いつか行ってみたいな」
「私も、小さい頃に母から聞いてワクワクしていたの。いつか迷宮都市のダンジョンを、全て踏破したいってね」
キャスカは遠い目をしている。
亡き母との想い出に耽っているのだろう。
視界の悪い森の中でするには些か危険である。
そういう時に限ってか、運が悪いのか、そのタイミングで目の前の茂みから一匹の魔物が姿を現した。
「フォレストタイガー!」
それは、緑色の大きな虎の姿をした魔物であった。