07.
ミスルム王国の辺境の地グランド。
ここはグランディア伯爵が治める地。
街の中央通りを真っ直ぐ進めば伯爵の館があり、この周辺で一番大きな街であった。
アラタが立ち寄ったリーグの町やミラドの村も、グランディア伯爵領になる。
グランドの街はグランディア伯爵領の中心であり、だからこそ多種多様な人や物が集まってきた。
中には辺境故に、王都では見られない珍しい物もある。
それを目当てに態々買い付けに来る商人も少なくなかった。
そんな街で、アラタはキャスカと共に店舗巡りをしていた。
先程から見ては止まって見ては止まってを繰り返し、全く先に進んでいない。
「色んな物があるから。つい、立ち止まっちゃうよ」
店先には珍しい品物を並べ、気を引く様な軽快なトークで道行く人を誘い込む商人達。
アラタは、完全に商人達の手管に絡め取られていた。
「アラタ、面白い物でもあった?」
先程から一向に進まないアラタに、キャスカが声をかける。
「あぁ、面白い。だけど僕達には必要無いかな」
アラタが見ていたのは、赤い瓶と青い瓶。
魔眼を使い鑑定してみると。
赤い瓶 育毛剤:頭部に毛を生やす
青い瓶 精力剤:今夜も貴女にアクセス
「?」
赤い瓶は毛生え薬、青い瓶の説明、あれ何?
まぁ、精力剤なのは理解出来たけど・・・
これは、悪魔なりの未成年への気遣いだろうか?
時々、変な解説入るんだよな。
言わずと知れた、悪魔の悪戯であった。
中央広場には食べ物屋台や小物類が多く集まり、アラタの捜す魔導書の類いは少なかった。
全く無い訳ではないが、既に修得済みやら魔術師入門といった基礎的な本しか置いていなかった。
二人は商業地区にある、魔道具店が集まる一区画にきている。
商業地区は、いくつかの分野別にわかれており、大通り側から。
食料品、生活雑貨。
道具屋、宝飾店。
そして、一番奥に魔法関連と。
勿論、武器防具の店もあるが、大概は冒険者ギルドの近くに店を構えている。
二人は魔道具区画を歩いていた。
魔道具関連の店が集まるだけあって訳の分からない物も多く、アラタの琴線に触れるのか店先を覗きながら歩いている。
勿論、覗きながらも鑑定していた。
この区画に入り三十分。
二人の前に一番大きな店が。
アラタは、当然の如くその店に入って行く。
店内は綺麗に整理され一階は魔道具で、階段を上がり二階が魔導書と分けられている。
二人は二階の魔導書コーナーにいた。
「凄い数だね。何冊あるんだろう?」
「これ、全部読むのに何年かかるか」
目の前の棚だけで二、三百冊。
それが何十と連なっていた。
優に、数千は越えているだろう。
「一日十冊読んでも、一年では無理かな?」
「そうね」
二人は感嘆の声をあげていた。
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アラタから一年と言う言葉が出たので、ここでこの世界の暦を語ろうか。
勿論この世界にも暦はあり、地球の暦と少し違っている。
この世界の一年は三六〇日であり、六の節句に分かれている。
風の節、火の節、土の節、水の節、光の節、闇の節。
一節が十二週にわかれ、一週五日。
即ち、一節六十日。
色々な祝日も定められており、各節の第一日目が始節、十二週五日目を終節とし、第四週と八週の五日目が神聖日として休日となっていた。休日といっても明確なルールは無く、神や聖霊に祈りを捧げる日といった曖昧な解釈をする人が多いのが現状。
神聖日に休むのは、大地に感謝を捧げる農家や木こり。又は、教会関係者くらいである。
国によって定められた祝日もあり、各国それぞれの祝祭日も存在する。
だからと言って、必ず休む人は少なかった。
感謝の気持ちはあるが、今日の糧の方が大切である。
時間の長さも違う。
一日三十時間となっている。
日、月、星に分かれ、それぞれが十時間となっていた。
日の時刻は、朝方から夕方(朝六時から夕方四時位)
月の時刻は、夕方から夜。
星の時刻は、夜中から朝方と。
この様に分かれていた。
序になるが、この世界にも四季はある。
風の節が春、火の節が夏、土の節秋、水の節が冬である。
光の節、闇の節は特殊で、場所により違いはあるが、魔物の活動が弱まったり、逆に凶暴化したりする。
神の力の影響だとか、魔力のせいだとか、色々な説が唱えられているが、確証となるものは掴めていなかった。
要は分からないのである。
場所によっては、魔力が大きく影響し年中吹雪いていたり、逆に日照りが続いたりと、全く季節の関係無い場所も多く存在していた。
そう言う場所では時に魔力の性質が変化し、大災害を引き起こす事もある。
そんな地にも魔物や動物は存在し、他の地域の生物より余程強い生命力を持つ。
その様な危険な場所をこの世界では、魔境と呼んでいた。
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アラタは読んでいた本を棚に戻す。
占星術や占いの本であった。
暦も元は、占星術師が作り上げたものだと。
色々な本があるが、よく見ると同じ本が何冊かある。
写本であろうか。
どれも変わらない事から、あるのは全部写本かも知れない。
アラタは、キャスカを捜すがおらず。
そのキャスカは二階を降り、一階で魔道具を見ていた。
アラタは本が好きなので、この場所がお気に入りになりつつあったが、キャスカは文字に囲まれた世界は好きでは無いのかも。
そんな事を考えながら、アラタは数冊の本に目星をつけ、棚から引き出し読み込んでいく。
本の捲れる音以外聞こえない程に入り込んでいた。
どれ程たったのか、アラタは目星をつけた本を全て棚に戻す。
すると、突然誰かに後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、白髭を胸まで生やした老人がアラタの事を見下ろしていた。
この店の店主であろうか?
立ち読みしていたので申し訳なく思い謝罪しようとするが、老人はアラタに椅子を勧めてくる。
「随分集中しておったが、その本は君の役にたったかね?」
老人は穏やかな微笑みを浮かべ、優しい声でアラタに問いかけてきた。
「はい、凄く参考になりました。あの、すみません。買いもせずに」
老人はアラタの返答に満足したのか、笑顔で頷いていた。
「よい、よい。本は読まれ、人の役にたってこそ意味がある。ならばその本にも意味があったと言う事じゃ。読みたい本があれば、好きに読んでてよいからの」
そう言って、老人は下に降りていった。
アラタは感謝を述べて、再び読書に埋没していく。
数冊読み終えパタンと本を閉じると、
「アラタ、終わった?」
キャスカが、横から声をかけてきた。
さっきまで、魔道具を見ていたのでは?
そう思っていたのだが予想外に時間が経っていた様で、キャスカは邪魔をしない様にずっと読み終わるのを待っていたらしい。
聞くと、優に二時間は経過していた。
「ゴメン。待たせちゃって。そろそろ、行こうか」
「うん。下にも面白い物一杯あったよ」
「へぇ。じゃあ、見に行こうか」
「うん」
余程暇だったのか、はたまたアラタと見て回れるからか。
キャスカは、心底嬉しそうであった。
一階に降りると白髭の店主と目が合った。
此方を見て微笑む店主に、アラタは小さく会釈して返す。
一階には、確かに色んな魔道具があった。
ポーションや魔石、何かの骨で作られたピックの様な物や両手で抱える位大きい物まで。
アラタは、ポーションや魔石を見ていた。
「これは作りがいいな。こっちのも高品質だ。やっぱり、店によって違うな」
リーグの町のメタボの店を思いだし、沁々と頷く。
「ほぅ、君は鑑定持ちかね?関心関心」
いつの間にか、近くにいた店主が声をかけてきた。
「専門では無いですけれど、一応分かる位で」
本来ならば、魔眼の能力で大抵は鑑定出来るのだが、それを口にすると面倒な事になりそうなので、適当に誤魔化す事にした。
店主は頷きながら、
「君は勉強熱心の様だ。よければ、これを持っていくといい」
アラタは一冊の『冒険者紀行』と書かれた重厚な本を受け取った。
「その本は、儂や先代が色んな冒険者から見聞きした話を纏めた本じゃ。一流と認めた冒険者にしか渡さんのだが、君からは面白い魔力を感じるでの、渡したくなったんじゃ。その代わりに君達が冒険した事を店に来た時でよいから聞かせて欲しいんじゃ。どうかの?」
「えぇ、それはいいですけど。何故、僕が冒険者だと?」
確かに、アラタを見て冒険者と言う人は少ないだろう。
今は、剣も虚無の中に仕舞ってあるし。
服装も普段着である。
見た目には、街に住む子供にしか見えない筈である。
「ホッホッホッ。儂の孫娘が冒険者ギルドで受付をしておるでの。君の見た目を知っておった訳じゃ。黒髪に黒目は珍しいでの」
なる程。
冒険者登録時のあの騒動を考えれば、悪目立ちしていてもおかしくはなかった。
それと合わせて、日本では一般的な黒目黒髪が、ここでは大層目立つ様だ。
まさか、見た目で冒険者とバレるとは。
予想外の展開である。
しかし、ギルドの内情を話して良いものやら。
個人情報保護などないんだろうな。
受付嬢とは誰なのかを考えていた。
アラタは本を鞄に仕舞い、キャスカと店内を物色していた。
買い物箱の中には魔石や火鉱石といった物が入っている。
火鉱石とは火属性を帯びた鉱石で、薪など燃やす燃料が無くても長く燃え続け、冒険者だけでなく鍛冶屋にとっても重宝される鉱石。
貴族や裕福な家では暖炉にくべたりと、一般にも出回る程のメジャーな鉱石である。
「こんな所かな?」
「だいたい揃ったね」
二人は確認し合いカウンターに向かい歩いていくと、突然アラタが立ち止まり、一ヶ所をじっと見ていた。
キャスカがアラタの目線を追うと、一丁の包丁があった。
「アラタ、その包丁欲しいの?」
何故包丁なのかと、キャスカも首を捻っていた。
万能包丁:魔鉱鉄で打たれた包丁。錆にくく切れ味特化の付与魔法付き。武器にもなる。
アラタはそっと手に取り、箱の中に包丁を入れた。
流石に突っ込まざるを得なかったのか、キャスカが口を開く。
「えっ、その包丁も買うの?そんなの持ってるの、一流の料理人くらいよ」
まぁ、言われるだろうなと思いアラタはいい訳をする。
「いや、料理とか興味あったから。それに冒険者なんだから外で料理する事もありそうだし、長く使えるのなら逆に安くつくかも知れないじゃないか」
キャスカはジト目でアラタを見、アラタはしどろもどろに話す。
絶対買うんだと、変なスイッチが入っている様だ。
「もう、あんまり散財しちゃ駄目だからね」
まるで、母親が子供を叱る様な仕草でアラタを注意するキャスカ。
アラタはホッと胸を撫で下ろし、店主の待つカウンターに赴く。
「一杯買ってくれるようじゃのう」
カウンターに置かれた箱の中身を見て、店主は微笑んでいた。
「火鉱石2kgにオーガの魔石。ファイアリザードの魔石にデッドホースの魔石。それと万能包丁じゃな。しめて、大銀貨三枚、銀貨六枚、大銅貨六枚じゃな」
やはり、万能包丁が一番高く大銀貨三枚。
各魔石が銀貨二枚。
火鉱石は1kg大銅貨三枚だった。
ゼルの自宅。
二人はポリーと雑談していた。
今日の出来事を話している。
ポリーは二人に挟まれとても楽しそうだ。
「ゼルさんは、お仕事で伯爵様のお屋敷に行ってるよ。今日は帰りが遅くなるって言ってた」
「そうか。じゃあ、夕食は僕が作ろうかな」
「そうね。せっかく包丁買ってきたんだから、使わなきゃ勿体無いわね」
「キャスカも手伝ってよ」
「えぇ、任せて。実家でも料理はしていたから」
「僕も手伝うよ」
夕食までまだ時間もあったので、キャスカはリビングでポリーの相手をし、アラタは一人部屋で今まで手に入れた魔石を魔眼に吸収していた。
魔眼:ステータス鑑定開放
ステータス鑑定:人や魔物のステータスを視認
虚無:オート解体開放
オート解体:虚無内で魔物の解体を自動で行う(個別解除可)
「へぇぇ」
魔眼が更にチートになった。
せっかく、剥ぎ取り用にナイフ買ったけど。
まぁ、楽になったと思えばいいか。
新たな能力、ステータス鑑定。
試しに自分のステータスを視れるか右腕を見てみた。
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アラタ:人族?
職業:魔法戦士、治癒師
Lv:9
HP:1380
MP:2070
筋力:150
体力:125
魔力:238
知能:110
俊敏:95
幸運:7
魔法
火Lv.3、水Lv.1、風Lv.2、土Lv.1、光Lv.1、闇Lv.4、治癒:Lv.1、錬金Lv.3、付与Lv.2
スキル
打撃耐性Lv.3、火耐性Lv.1、闇耐性Lv.2、精神耐性Lv.1、採集Lv.3
戦闘
鬼の一撃Lv.1
ユニークスキル
魔眼:鑑定Lv.2、悪食Lv.1
虚無Lv.MAX
魅了(保護欲)Lv.2
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「おい。随分、突っ込みたい事満載じゃないか」
『人族?』?って、なんだ。
悪魔の眼のせいか?
剣士と魔術師がなく、いきなり魔法戦士?
たしかに冒険者ギルドでは魔法戦士で登録したけどさ。
幸運も低っ。
『7』て、ラッキー7じゃないよね?
数字だけ見れば、消費税以下だし。
『魅了(保護欲)』って何?
子供って事?
あっちの世界では保護されなかったけど……一体、僕のステータスはどうなってるのか。
ステータスも比較した事ないから、高いのか低いのかも分からないし。
後で、キャスカのステータスと比較してみよう。
「アラタ~。ご飯作ろう」
ステータス表示に突っ込みを入れていると、下からポリーの声が聞こえてくる。
パタパタと足音が近付いてきて、部屋の扉がノックも無しに開く。
ポリーはアラタの横まできて、
「ご飯、ご飯」と、
アラタの服を掴み催促してくる。
よっぽどアラタとの夕飯作りが嬉しいらしい。
「アラタ。まず、買い物行かなきゃ」
ポリーはアラタの手を引き一階へ。
キャスカも一緒に三人で街中へ買い出しに出掛る。
三人は中央広場で食材を購入して帰る途中。
ポリーが両手を差し出してきた。
アラタとキャスカが手を握ってあげると今日一番の笑みを浮かべ、周りの人達も三人の姿を暖かい目で見守ってくれていた。
家に着くと、早速料理を開始する。
オーク肉の串焼きにサラダ、野菜のスープにアラタ特製ハンバーグ。
ソースは出来合いの物を使ったが、キャスカもポリーも美味しいと食べてくれた。
夕食も終えて風呂にも入り、三人は其々の部屋に。
アラタは何時も通り魔力制御の練習をし、寝ようとした時に思い出した。
キャスカのステータス確認の事を。
余りにポリーが喜ぶものだから、すっかり忘れていたのだった。