05.
ウォルの迷宮地下五階、ボス部屋。
五階のボスはオークナイト。
取り巻きにオークが五体。
「キャスカ、まずは魔法で数を減らす。二体になったら頼む」
「了解よ。取り巻きは任せて」
作戦は決まり、二人は行動を開始した。
アラタは風魔法で三日月型の刃を創り、オーク目掛け放つ。
風の刃は二体の頭と一体の首を切断、残り二体も腹と左腕半分を裂かれ、絶叫していた。
「あれ、思った以上に威力が高いや。えぇと、じゃ、あと宜しく」
アラタはオークナイトに突っ込んで行く。
オークナイトも仲間を殺され激怒、雄叫びをあげてアラタを迎え撃つ。
オークナイトはアラタの剣を頭上で受けるも、力負けして壁際まで吹っ飛ばされた。
小柄なアラタに吹っ飛ばされ、更に激怒し立ち上がるも、既に懐に入り込まれ剣を構えることも出来ず、右脇腹から左肩に掛けて、真っ二つに切断されていた。
キャスカは手負いのオーク二体を、早々に始末する。
アラタの戦いを見ようと顔を向けるが、戦いは既に終わっており、その強さに改めて驚いていた。
二人はボス部屋を抜けた先の、小部屋で休憩していた。
ここは魔物が現れない場所。
嘗て、この迷宮を訪れた空間魔法師の結界が張られているからで、迷宮に最初から存在する訳ではない。
空間魔法師が、他の冒険者と共にダンジョンを攻略し、設置してきたのである。
その後も、定期的にダンジョンに潜り、結界を維持させている。
空間魔法と言うと、アラタの虚無の中にも転移石が入っている。
転移石とは、ダンジョンの中で使用するとダンジョンの入り口前に戻って来れる便利アイテムである。
この転移石の作製も空間魔法師の仕事であり、大きな収入源になっていた。
転移石は、空間魔法の結界を張ったダンジョンに限り有効で、張られていないダンジョンには全く役に立たないものである。
したがって、発見されたばかりのダンジョンでは、己の足で地上に戻らなければならず、空間魔法師の到来を首を長くして待っているのである。
だからこそ、空間魔法師は貴重で、何処の国や街でも高額の報酬で雇われていた。
空間魔法を使える魔法師が少ないのも、その一因とも言える。
「よし、そろそろ行くか」
アラタとキャスカは立ち上がり、地下へと進んでいく。
地下六回。
五階までとは、全く違う構造に。
一番の違いは臭いだろう。
何かが腐敗したような臭いが漂っている。
「アラタ六階から十階層までは、アンデットが主体になってるわ。この階層では私はあまり役に立ちそうにないわね」
キャスカは自分のサーベルに触れながら、残念そうな表情を見せる。
「キャスカ、サーベル貸して。試したい魔法があるんだ」
キャスカは少し不安げな表情を見せるが、サーベルをアラタに差し出す。
サーベルを受け取り、アラタは掌に魔力を収束させていくと。
アラタの掌からサーベルへと魔力が移動し、刀身が淡く白光している。
アラタは白光するサーベルを、キャスカに返した。
「アラタ。これ、何したの」
「付与魔法でサーベルに聖の属性を付けたんだ。回復魔法の応用かな。此ならアンデットにも有効だと思う。光りが弱くなったら言って、また付与するから」
「有り難う、アラタ。これで私も戦えそうだわ」
キャスカは、自分のサーベルの輝きに目を奪われていた。
陶酔するようなトロンとした目で、サーベルを見つめている。
死霊が彷徨う薄暗い迷宮内で綺麗な女性がサーベル見つめ、正気でない笑みを浮かべている。
誰が見ても、異様にうつるだろう。
目の前の光景に、アラタもドン引きしていた。
「キャ、キャスカ。そろそろ行こうか」
「え、あぁ、ご免なさい。さぁ、行きましょう」
アラタは一抹の不安を抱えながら探索を開始する。
歩き始めて数分、前の方からカラカラと乾いた音が近付いてくる。
「何か来るな」
「スケルトンかも。頭か魔石を砕く、または魔石を抜き取るか。後は聖や火属性で攻撃するか。其がスケルトンの倒し方になるわね」
「基本的な倒し方ってやつだな」
「そうね。この階層では聖や火属性がとても有効になるわ。……来たっ」
前方から骸骨が錆びた剣を持ち、アラタ達目掛け走り込んでくる。
アラタはまず、ファイアーボールを放ち数を減らす。
四体のスケルトンに着弾、高温の炎に巻かれ崩れ落ちていく。
もう一発は外れてしまった。
残りは三体。
アラタは一刀のもとにスケルトンの頭を二体同時に切り裂き、キャスカもサーベルでスケルトンの首を切り落とす。
二人は警戒を解かず後ろを振り返るとそこには、ゾンビが七メートル程先に六体いた。
アラタは五つのファイアーボールをゾンビの足元に均等に着弾させ、大きな炎の壁を作りゾンビ達を丸焼きにしていく。
ゾンビの焼ける異臭が辺りに充満、アラタとキャスカは掌で口と鼻を塞ぎ、表情を歪め見届ける。
ゾンビ達はよく燃え、すぐに活動を停止した。
アラタ達は倒した魔物から魔石を取り出すが、ゾンビに関しては丸焼きだった為、半分以上の魔石が焼け落ちていた。
キャスカも仕方ないと諦め、アラタにしてもゾンビを斬ったときの剣の汚れが気になり物理的な攻撃はしたくなかった。
スケルトンとゾンビの討伐証明は魔石になり、今回の討伐の半分はタダ働きになってしまった。
キャスカも今回は仕方ないと言いつつ、冒険者を続けて行く以上考えながら戦いなさいと、アラタに軽く注意する。
冒険者にとっての成功報酬は、自分の実力を示す為のものでもある。
決して蔑ろにしていい事では無い。
キャスカの注意を受けて、剣の汚れに拘っていては冒険者は勤まらないと、アラタも気を引き締め直した。
その後も、ゾンビやスケルトンが数体一組になり、アラタ達に襲いかかってきた。
四回ほど戦闘を行い先を急いでいると、前方から戦っている音が聞こえてくる。
アラタ達は一定の距離をとり、戦いを観察していた。
戦士が二人、魔術師、斥候役が一人と中々均等のとれたパーティーのようだ。
だが、戦士の片割れの動きが悪い。
革鎧も真新しく、アラタと同じ新人冒険者なのだろう。
だからだろうか、一人だけ悪目立ちしていた。
「リッツ、動きが散漫だぞ。周りを良くみろ」
「わ、分かってる。任せてくれ」
リッツと呼ばれた戦士が新たにスケルトンに斬りかかる。
だが、後ろの警戒が出来ておらず、斥候役の男に助けられていた。
無事魔物を討伐するが、リッツの動きが良くなる事は最後まで無かった。
戦闘終了後、アラタが先に進もうとすると、向こうのリーダー格の戦士と目が合った。
「すまない君達。待たせてしまったね」
リーダー格の男は二人に話しかけてきた。
アラタも軽く頭を下げて挨拶をする。
そのまま終われば冒険者同士よくある光景であったが、リッツがアラタの顔を見て声をあげたのだ。
「お前、あの時のチビ。そっちの女もあの時の。何で二人して此処にいる」
リッツのパーティーメンバーは何の事だと顔を見合せ、アラタも誰だっけと首を傾げていた。
キャスカは冒険者登録時に絡んできた男と囁き、アラタも相手の事を思い出すと、
「冒険者なんだから、此処にいても不思議じゃ無いだろ」
リッツの物言いに、アラタも言い返す。
リッツは納得いかないとアラタを睨み付けている。
二人の険悪なムードを察知して、女性魔術師が声をあげた。
「二人に何があったのか知らないけど、ここでやるべき事では無いわね。話し合いなら安全な所でしましょう」
魔術師の言葉に全員同意し、先に進む事にした。
二組は一定の距離をとりながら進んで行く。
リッツは終始不機嫌で集中力も散漫になり、メンバーから注意される事が多くなっていた。
逆にアラタは全くぶれることなく、寧ろ今まで以上に集中している。
他のパーティーが近くにいるからか、細部まで警戒していた。
向こうも二人が気になるのか、アラタ達が戦い始めるとつぶさに観察してくる。
地下への階段が見えてきた所で、向こうのリーダー格の男が話しかけてきた。
「君達、リッツと同じ日に冒険者になったんだって。其にしては動きが良いね。まるでベテラン冒険者のようだよ。よければ名前を聞いてもいいかな。俺はリーガルというんだ。リッツの兄になる。宜しくな」
アラタとリーガルは握手をしながら挨拶を交わす。
リーガルの後に、斥候役の男とも握手を交わす。
斥候役の男はリーガルの幼なじみで、名前はバド。
魔術師の女性も幼なじみで、ミンと言った。
幼なじみ三人組でパーティーを組んでいた所、そこにリーガルの弟であるリッツが加わり、今日初めての四人での迷宮探索に挑んでいた。
隣でもキャスカとミンが話し合っている。
この中でリッツだけが一人あぶれていた。
バドはリッツの肩に手を回し、アラタとリーガルの元へ連れてくる。
リーガルは不貞腐れてるリッツを見て呆れた顔をしながら、何があったのか聞いてきた。
アラタは冒険者登録した時の事情を話した。
話しを聞くにつれリーガルの目が鋭くなり、リッツの行いを代わって謝罪してきた。
バドもミンも呆れた顔をして、益々リッツは居場所が無いという状況になっていた。
「アラタ、キャスカ申し訳無い事をした。リッツに代わり謝罪する。こいつには後できつく言っておくから、今回のことを許して欲しい。冒険者になる事に気が逸っていたんだと思う。普段はそんな奴じゃないんだ、頼む」
そう言いながらリーガルは頭を下げてきた。
リッツもバドに無理矢理頭を下げさせられている。
二人はリーガルの謝罪を受け入れる。
アラタ自身忘れていた事で、たいして気にしていなかったのだから。
二人が謝罪を受け入れてくれた事に、リーガルはほっと胸を撫で下ろしていた。
リーガル達はこのまま次の階層に進むつもりだったが、リッツがこの調子なので今日は戻る事に決めた。
リーガルはポーチの中から石を取り出すと、地面に軽く落とした。
すると、地面に魔法陣が浮かび、淡く輝きだす。
四人が魔法陣の内側に入る。
リーガルが今度一緒に飯を食おうと誘ってきた。
謝罪を含め奢るからと。
アラタは頷き返事をすると、魔法陣の光りが消え、四人の姿も消えていた。
「はぁ、凄く疲れた」
「まさか、あの時の人と迷宮内で会うとは、思ってもいなかったしね。でもアラタ、彼のこと完全に忘れてたでしょう」
図星をつかれたアラタは顔を背け、さっさと階段を降りていった。