00.
ゲッゲッゲッ、ギャッギャッギャッ。
洞窟の奥から不気味な鳴き声が響いてくる。
しわがれた耳障りな声だ。
洞窟の入り口には一人の少年がいる。
少年は自分の背丈に近い幅広の大きな剣を地面に突き立て、洞窟の奥を睨みつけながら立っていた。
少年が纏う雰囲気は他者を寄せ付けぬピリピリとした気配を放っている。まるですべてを憎むかのように。
少年が徐に洞窟の中に入っていく。
ゆっくりとした歩みだが、それがかえって異様さに拍車をかけている。
洞窟の奥には緑色の体で少年よりさらに頭一つ低い背丈の人間に似た生き物が集まり、何かの肉を喰らいながら騒いでいる。
額には小さな角のようなものがはえている。
それはゲームなどでよく見るゴブリンの姿そのもの。
少年はその姿が目にはいると口元を小さく吊り上げ、ニヤリと不気味な微笑みを見せる。まるでお目当てのものが見つかって喜んでいるかのように。
一歩一歩ゴブリンに近づいていくが、まるで安全な街中を歩いているような歩みで、姿を隠そうとしていなかった。当然、ゴブリンには気付かれる。
少年の姿を見たゴブリンは、自分達のエサが自ずからやって来たと騒ぎだした。
ゴブリン達は警戒しながらも少年に近づいていく。少年を殺すことより、逃がさないように洞窟内で囲むようだ。
少年は不気味な笑みを浮かべながらゴブリンの包囲が完成するのをまっているかのよう。
一体のゴブリンが少年の後ろに回りこもうとするが、次の瞬間ズバッという音をたて、頭の上の半分が消えていた。頭を失ったゴブリンは、その中身を吐き出しながら地面に倒れていく。
一瞬のことに何が起こったのか理解出来なかったゴブリン達だが、倒れてる仲間の姿を見ると俄に騒ぎだした。
一体の体の大きいゴブリンが奥より姿を見せる。
少年に向かって剣を向け、洞窟内に大きく響きわたる雄叫びをあげると、ゴブリン達が一斉に動きだした。
奴がここの親玉らしい。
ゴブリンは棍棒を少年の頭めがけ降り下ろすが、少年は一歩踏み出すとくるりと体を回転させ、そのままの勢いにゴブリンの首を斬り飛ばす。
少年の後ろにいたゴブリンは、背中を見せたのを好機として錆びた剣を突きだすが、まるで分かっていたかの如くかわされ、下から真っ直ぐに斬り分けられる。
体内のすべてを吐き出しながら倒れていく仲間の姿を見て、ようやく目の前の少年の異様さにゴブリン達は気づき始めた。
洞窟内が静かになりゴブリン達は誰も少年に近づこうとしなかった。
奥にいた体の大きいゴブリンが雄叫びをあげて少年の前に進み出てくる。右手には厚みのあるブロードソードが握られ、左手には木製のバックラーを持っていた。
少年はニヤッと微笑み、地面にだらりと下げた大きな剣を頭の上に構え、『来いよ』といわんばかりに口元を吊り上げ挑発する。
体の大きなゴブリンは、今までで一番大きな雄叫びをあげ少年に斬りかかっていく。
少年は洞窟いっぱいに構えた剣を、真っ正面から斬りかかってくるゴブリンめがけ勢いよく斬り降ろした。
ゴブリンはあまりの剣速に何の反応も出来ず二枚に斬り降ろされた。
少年は何故かしまったなという表情。
小さなため息をつき、周りの残っているゴブリン達を見回す。
残ったゴブリン達は、まさかボスが負けるとは思っていなかったみたいで、呆然と立ち尽くしていた。
少年は面白そうな玩具を失ったかのように笑みが消え、今は何の感情も感じられない表情を見せながら正面にいるゴブリンを斬り下げ、横凪ぎ、斬り上げ、最後は突きと一連の流れで殺していく。
ゴブリン達は唖然としていたが、一体が恐怖で叫び声をあげると、周りがそれに反応するように動き出した。
しかし先ほどまでのように統率された動きではなく、各々が勝手に行動する為にあちらこちらで騒ぎが起き出している。
少年に斬りかかろとしているもの、逃げようとしているものが、ぶつかりあっていた。
そこからは一方的な殺戮が始まった。
戦いとよべるものはすでそこになく、襲いかかってくるものはいわずとも、逃げるものさえ斬り捨てていく。
ゴブリン達に残されたのは、あまりにも残酷な現実だった。
洞窟の中が静まりかえっている。
先ほどまでの喧騒が嘘のようである。
だが足下にはおびただしい血の海が広がり、あちらこちらにゴブリン達の亡骸が足の踏み場もないと言わんばかりに転がっている。
少年は洞窟内を歩き回りまだ使えそうな武器や道具を回収していく。
洞窟内を全て見回ると、今度はゴブリンの胸にナイフを入れ切開する。
魔物の体内には魔石と呼ばれる石のようなものが存在する。
魔物の中には必ずあり、それが他の動物との違いになっていた。
ゴブリンの魔石は胸にあるが、必ずしも胸にあるとは限らない。
魔物によって場所が違い、未だにその理由は判明していない。
魔石を取り出す作業のかたわら、ゴブリンの頭の角も斬り落とし回収していく。
時間はかかったが、全てのゴブリンから魔石を取り出すことができた。
ほとんどの魔石は小指の先ほどの大きさしかなく、たいした収入にもなりそうになかった。
ただ、体の大きなゴブリンからは、親指くらいの魔石がとれた。
魔石はその大きさにより魔力量が変わる。
勿論、大きな魔石ほど豊富に蓄積されている。
その為、大きい魔石の方が高価とされ、魔道具や魔術の媒体としてよく利用されていた。
ゴブリンの魔石は最小クラスで、俗に屑魔石と呼ばれていた。
しかし数が揃えばそこそこで、個別ではちょっとした燃料の代わりにしかならなかった。
この世界にも貧富の差があり、現代よりも酷い開きがある。
富を持つものにとっては屑魔石だが、貧しいもの達にとってはなくてはならないもの。
その為、確かに安く買い叩かれるが、必ずどこでも売れる安心感はあった。
必要としている人達が、圧倒的に多いのだから。
少年は集めた魔石や道具を一箇所にまとめる。
するとまとめられた魔石や武器が、少年の影にのみ込まれていく。
魔石や武器が消えると少年は洞窟の外に出て、右手をおもむろに洞窟にむけると、手の少し前の何も無い空間より炎の球が五つ現れた。
炎の球は洞窟内に飛んで行き、大きな音をたてながら洞窟内を焼却していく。
いまだ消える様子のない炎を背に少年は洞窟をあとにするのだった。