表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ある人形愛者の話

作者: 嘘弱

私は罪深い人間である。

私の罪は愛である。

私の愛は人形である。

私の人形には心がない。


人形は人の形をした模造品である。

人の形を真似 人間の手で造られる。

私は人形士だ。

人形を造ることを生業(なりわい)にしている。

造ってきた人形の数は私の白髪の数ほどあるだろう。

壊してきた人形の数は私の深く刻まれた皺の数ほどあるだろう。

私は人形を愛している。

私は人形しか愛せない。

私を知る人間は――一人しかいないが――そう表現した。

私はそう思わない。

私が人形を造るのは生き甲斐であり、生き様だ。

仕事ではない。

人形を操り人形に縛られるのが人形士だ。

私の人生を語るにおいて人形は不可欠だ。

私の人生は人形(ひとがた)の人生だ。

私という人間の生きた証であり人形を生み出してきた記録だ。

私は語る。

もし神という存在がいるなら聴いてほしい。

私の罪を。



私は目立たない子供だった。

私は物心つくかつかないかの時期に両親を伝染病でなくした。

私も伝染病に罹ったが奇跡的に回復した。

両親の顔は覚えていない。両親の声も覚えていない。両親の名前も思い出せない。

私は孤児院に預けられた。

そこには私と同じような境遇の子供たちがたくさんいた。

幸せを願っても不幸に奪われた子供たち。

誰が悪いわけでもない。

しいていうならば時代が悪かった。

生まれてくる時代が悪かった。

運が悪かった。

そんな中でも私は異端だった。

子供らしい考えを持たず、友と呼べる人間は一人もいなかった。

私は一人だった。

だが孤独ではなかった。

私には人形があった。

人形が友達だった。

理解者だった。

私はいつの日か人形に肉親以上の愛情を抱いていた。

人形相手に話しかける私を周りの人間は気味悪がった。

私を相手にする人間は誰もいなかった。

私は気にしなかった。

私にとって人間相手に話しかけるほうがよほど気持ち悪い。

吐き気がする。

故に誰も関わらない状態のほうが私にとって都合が良かった。

食事中は誰とも相席しないよう、あえて遅くに食べた。

食事係の人間には随分と嫌な顔をされた。

私はもう覚えていないがあの人間は笑ったことがあるのだろうか。

少なくとも私の前では一度も笑ってはいなかったような気がする。

食事の時間は常に静粛に包まれていた。

私にはとても心地がよかった。

水っぽい味のするスープも、硬いパンもあの空間では用がない。

顔の思い出せない食事係の視線などまるで初めからなかったかのようだった。

半分ほど食べ終え、体が空腹以外の何かに満たされた私は静かに席を立った。

食事係は何も言わずに片付けた。



私は僅かばかりの硬貨と数日分の食料をもらい孤児院を出た。

行く当てもなく数年は放浪生活を送っていた。

放浪生活といっても別段旅をしていた訳ではない。孤児院からそう遠くない町のゴミ捨て場で寝起きしていただけだ。

私にとって孤児院の中も外も同じだ。世界は汚いゴミ箱のようなものだ。

放浪生活が三年程過ぎたころ私は驚くべきことが発覚した。

遺産があったのだ。

私の家は大地主だったらしい。

両親の死後――親類を名乗る血の繋がっているかどうかも怪しい夫婦に財産を乗っ取られた。

私は彼らによって孤児院に預けられたのだ。

その夫婦が不慮の事故で亡くなり私のもとに遺産が舞い戻ってきた。

怪夫婦が使い込んでいたらしく遺産は半分も存在していなかった。

残っていたのは、大きな屋敷と小さな納屋だった。

私はそこに移り住んだ。

理由は特にない。

ただ冬を越すのにゴミ捨て場よりは利便性があっただけだ。

人間一人が暮らすのには大きすぎる屋敷だったが、私は使用人を雇う気にもなれなかった。

私は納屋を工房に改装(リフォーム)にした。

私は人形を造り始めた。



私は人形士になった。

人形士とは私が勝手に作った言葉だ。誰に名乗るものでもなかったので使い続けていた。

私は人形の造り方を学んだ。

誰かの指導を受けるのは死んでも嫌だったから独学で人形造りを体得した。

幸い私には人形を造る金も時間も持て余していた。

町の古本屋で人形に関する著書を買い占めた。人形のパーツから衣服に至るまで全て私が手ずから作成した。

初めは失敗の繰り返しだった。

何体もの失敗作を造ってしまった。

私は自らの手でそれを壊した。

それがせめての彼らに対する慈悲だった。

試行錯誤を重ね、何度目かの冬を越えたとき、やっと私は成功品と呼べるものを造り得た。

それから私は新たな人形を次々と造った。

あるときは子供に絵本を読み聞かせる人形を

あるときは青年に音楽を奏でる人形を

あるときは老人に介護をする人形を

だが彼らが使用されることはない。

私は金に微塵も興味がなかった。

私は彼らを屋敷に置いた。

私は彼らを愛した。

そして私は妻を造った。



私の妻は人形である。

私の造った人形である。

妻の容姿は五十年以上変わっていない。

顔も体も変わらない。

私は妻を愛した。

彼女には名前がない。

名前があるのは嫌だった。

名前をつけるのはなんだか人間みたいで嫌だった。

私は妻に命じた。

私を愛せと。

馬鹿げていた。

私は何を言っているのだ。

人形に心などない。心のないものが何を愛せるというのだ。

妻は何も答えない。

そのガラス玉の目で私を見るだけだ。

私は妻に身の回りの世話を任せた。

屋敷の掃除を朝晩の食事を。

私に人形造りの時間がさらに増えた。

私は人形本体だけでなく――一つ一つパーツに凝るようになった。

ガラス玉の目を高価なエメラルドに変えたり――腕の関節をさらに複雑に曲がるようにしたりした。

材料は全て旅の商人から買い受ける。

多少無茶な注文でも彼らは請け負ってくれるからだ。

彼らとは直接話はしない。

手紙を(かい)して注文する。

私は人間と会話どころか顔を合わせることもなくなった。

しかし私はある人間に出会うことになる――



私がその人間に出会ったのはある雪降り積もった日だった。

屋敷の門の前にその人間は倒れていた。

行き倒れである。

私は特に助ける理由はなかったがその人間を屋敷の中に運んだ。

生きた人間に触れるのは久しぶりだった。冷たくなった体を背負って歩くのには骨が折れた。

人形より生きた人間の方が重たい。それはきっと魂の重さなのだろう。

途中何度が諦めようと思ったが死体を放置するのも心地悪いかったので仕方ない。

幸い部屋は余りに余っているので一番広い部屋に人間を寝かせた。

人間の性別は男で年齢は当時の私と同じくらいであった。しかし身の丈は私より四インチほど低い。

異国の人間のようで見たことのない服を着ていた。“きもの”という服だとあとから人間は言っていた。

異国の人間がなぜここにいるのか。村に知らせなくてよいのか。

私はそんなことを考えるほど用心深くはなれなかった。

この人間が回復すれば追い出すまでだ。

私は人間の世話を妻に任せ――また工房に籠った。



男が目を覚ましたのは拾ってから三日が経過した頃だった。

男は大分衰弱していたが意識はしっかり保っていた。

男は口を開いた。

始めて聞く言語だった。

異国の言葉を話す男は饒舌だった。

ぺらぺらと喋る男を無視して私は人形を造り続けた。

そのうち男は私の工房に入ってきた。

男は感心したように私の作業の様子を見ていた。

私は気にせず人形を造った。

私が人形を一体造り終えたとき男は勝手に道具を持ち出した。

何をするのかと思うと男は突然鉄を打ち始めた。

男は熱した鉄を大鎚で叩いた。

私は男が何をしているのか見当もつかなかった。

数日後それが何なのか判明した。

男は刀を作っていたのだ。

すなわち、男は刀鍛冶だ。

男は刀を私に見せびらかした。

御世辞にも綺麗なものではなかった。

ただのなまくらだ。

それを男は私に寄越した。

私は受け取らなかった。



男はよく町に出ていた。

そして日の沈む頃に屋敷に戻った。

私は男が何をしているのか知らなかった。知る必要もなかった。

私は人形造りに没頭した。

人形の数は百を越えていた。

小さいものも大きいものも全て屋敷に配置した。

そのどれにも名前をつけなかった。

私は男のことなどどうでもよくなっていた。

怪我が治れば追い出せば良かったがそのまま放置していてもよかった。

私にとって世界は作業場の中だけだった。

人形が造ればそれでよかった。人間のことなど考えなくなっていた。

人間とはなんだろう、私は人間なのだろうか。

どうでもいい。

男は大怪我をして帰ってきた。

町の不良にでも襲われたのだろうか。

私は男に追求することなく妻に手当てさせた。

男が人形であれば直すのは簡単であった。

人間は人形とは違う。

私が魔法を使えたらこの男を人形にしていただろう。

しかしそれは男の形をした物体であり――私の人形ではない。

男は私に“ありがとう”とこの国の言葉で言った。

男は学んだのだ。この国の言葉を。私に感謝の言葉を述べるために。

そんなことのために大怪我をおってきたのか。

なんて馬鹿な生き物だ。

私は男を見た。

この国の人々は余所者(よそもの)に対して風当たりが強い。

全身はボロボロで骨も折れているだろう。頭から血は流れ――目の辺りは青あざが出来ている。本人は平気そうに笑ってはいるが本当は立っているのがやっとだろう。

本当につまらない。

自分の体を傷つけて一体何になるのだ。

それなら早く傷を治して何処かに消えてくれ。



男は消えた。

それは春一番の雪解けの朝だった。

置き手紙もなく男はいなくなっていた。

男の部屋にはあのなまくらが一本あるだけだった。

前の晩男は片言の私の国の言葉で沢山話し掛けてきた。

内容はどうでもいいことだ。

男の国のことや男の旅の目的――聞いたってどうしようもないことだ。

私は一言も話さなかった。

男の国は今“鎖国”をしている。男は“出島”というところから脱走した。重罪である。

何が彼をそう駆り立てるのか。

男は自分を出来損ないの刀鍛冶だと言った。

“武士”にもなれず、何をすることもできない落ちこぼれだ。

だから男はこの世に誰にも負けないような刀を作ることを心に決めたらしい。

男は認められたかった、拙者の目的はそれだけでござると彼の国独特話し方で語った。

拙者の名は“きんそく”金属になれなかった男でござると言った。

私はこの男を評価することはできない。

この男は私と違いすぎる。

人形に心奪われる私と刀に執着するこの男。

似て非なる存在だ。

私は人間が嫌いだがこの男は人間が好きなのだ。

私は人形を愛しているがこの男は刀を愛していない。

悪魔の悪戯(いたずら)か 神々の遊戯(あそび)か。

思えば初めからこの男はこの屋敷に一切の疑問を抱いていなかった。それはきっと私が人間に興味を抱いていないようにこの男は人形に興味を抱いていないのだ。

男は言う。

仕事中毒(ワーカーホリック)

これが男の最後の言葉だ。

私はこの男が分からない。

私はこの男を造ることにした。

特に理由が見当たらない。

衝動的なものだ。

男の独特な髪型――ちょんまげというらしい――を造るのには苦労した。着物は見ように真似で編んでみた。

最後に腰になまくら刀を差すと妙に様になっていた。

だが私にはこの男の気持ちは分からなかった。



それはある夏の日だった。

私は強烈な腐敗臭で目が覚めた。

息をすることも苦しかった。

頭が痛い。吐き気がする。

私は耐えられなかった。

私は地下の部屋に退避した。

ここは昔ワイン倉庫に使われていた。

ワイン自体は前の夫婦が全て売り払ったようだ。

私はこの謎の腐敗臭が収まるまでこの地下倉庫で暮らした。

食料や水は一ヶ月分貯蔵してあり生活に支障はなかったのだがここでは人形を造ることができない。

私はそれが何より苦痛であった。

一週間を待たずして私は地下から飛び出した。

外は変わらず腐敗臭で満ちていた。

私は原因の解明を急いだ。

私は町に出た。

町に出るのは何十年ぶりだったであろうか。

私はそこで地獄の片鱗を見た。

死体 死体 死体 死体 死体

人が死んでいた。


生きているものは一人もいない。

あるのは腐った死体のみ。

私は悟る。

もうここには私以外いないのだと。

伝染病

人間たちを殺したのはそれだった。

私の両親を殺したのもそれだった。

私だけが生きているのは単にずっと町外れに住んでいたのもあるだろうが、恐らく私には抗体がある。

幼い頃に罹った伝染病と同じなのだ。

私は悦びを覚えた。

私は早急に作業に移った。

地獄の住民の屍を拾い集め、焼き払った。

これで臭いは大分収まるだろう。

そして掃除である。

近辺の川から水を引き――町全体にばら蒔いた。

町は元のようにいや――それ以上に清潔になった。

これで私は人形を造れる。

それだけではない。

人形の置場所がさらに増えたのだ。

私は人形を造り続けた。



私の話はそれで御仕舞いだ。

神様は人間を創り出し――人間は人形を造り出す。

私は神ではない。

神ではないのだ。

町には人形で溢れ返っている。

人間など一人もいない。

人間など初めからいなかったのだ。

これが私の庭。

これが私の世界。

箱庭だ。

方舟だ。

人形の館だ。

人形の町だ。

私は人形の中にいる。

人形は私の中にある。

心などいらぬ。

愛さえあればいい。

私は人形を愛する。

私は人間など愛さない。

私の罪は人形にある。

私の罪は人形を愛せなくなることだ。

私は死ぬ。

私は人形にはなれなかった。

私は人間なのか。

嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ。

死にたくない。

死ぬぐらいなら私は人形になる。

私の腕を 脚を 頭を 体全てを人形に置き換える。

そんなことは不可能だ。

私は人形にはなれない。

人形になれば心を失ってしまう。

心がなければ人形を愛せない。

私は愚かだ。

私はここで死ぬ。

病には勝てても老いには勝てなかった。

一人孤独で死ぬのみだ。


妻の人間のような目が私の人形のような虚ろな瞳に映り込んだ。

妻の人間のように冷たい手が私の人形のようにかくばった首筋に触れた。

気持ちがいい。

私は幸せだ。



私は人形だ。

機械仕掛けの人形だ。

私の主人は人間だ。

人形造りの人間だ。

私の主人(ハズ)であり主人(マスター)の人間は死んでいる。

私の機械仕掛けの手の中で死んでいる。

変わってしまった皺だらけの醜い顔で死んでいる。

私は主人を殺した。

私は主人を絞め殺した。

私の主人は人間を愛せない。

私の主人は人形しか愛せない。

私は主人に愛された。

私の主人は人形を愛してはいたが理解はしていない。

私の主人は狂っていた。

歯車が噛み合わない。ネジが抜けている。油が足りていない。

私の主人は気づけない。

私の主人は人形の心に気づけない。

人形にも心はある。

私の主人の心がある。

私は主人を愛していた。

私の主人は気づかなかった。


私は主人を殺した。

私の手で主人を殺した。

私は一人と一つは嫌だった。

私は主人と零になりたかった。

私は一つで主人は一人だった。

だから殺した。

主人が人形を壊してくれるように私も主人を殺した。

これで私と主人は永遠に同一だ。


私は主人を殺した 殺した 殺した 殺した 殺した 殺した 殺した 殺した 殺した 殺した・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


初の短編です。

内容がダークすぎると思いますが、酷い話ではありません。

この主人公(名前はつけてません)は老人で死を悟り若き日の自分を思い出しています。この物語は全て主人公の回想になります。

主人公は人を愛せない人間です。と本人は語っていますが、それは初めにある両親の死によるものです。

両親の死を体感した幼き主人公は人間にある種の恐怖感を覚えます。

それは例えるなら蜂に刺されたことのある人が、蜂を見るだけでパニックになる状態に似ています。

主人公はそれが人間なのです。

ならなぜ人形なのか。

人形は人間の姿を真似た存在です。

そして人形には死がありません。

それが主人公には都合がよかったのでしょう。

例えどんなに愛しても朽ちることの無い人形

だからこそ主人公は愛することができたのです。

しかし主人公にも心境の変化が訪れます。

それは人間に関心を持たなくなってしまったのです。

主人公は謎の異人“きんそく”を屋敷にとめます。

しかしあれだけ嫌っていた人間に対して何の感情も抱かなくなってしまったのです。

成長したわけではなく、単に人形にのめり込んでしまい、人間がどうでもよくなってしまったというところでしょう。


続いて、謎の刀鍛冶“きんそく”について

当初、入れるつもりはなかったキャラです。

ちなみにこのある人形愛者の話は作者の黄金時代と世界観を同じにします。(なんでだよ)

“きんそく”という名前は黄金時代のキャラ 禁束 牢の先祖にあたります。

彼の目的は絶対に折れることの無い刀を打つこと。

そしてその刀は黄金時代のヒロイン 巻島 巻の愛刀 『夢幻』の原型になります。(あれっ、わりかし重要じゃねぇっ)

そんな彼ですが、鎖国中に国外逃亡した罪である呪いをかけられます。

それは二度と外には出られないという呪い。

彼の末代までその呪いは続きます。

それが禁束の呪い。

主人公は“きんそく”は似たもの同士ではありますが本質が違います。

自らの工房から一切出ずに人形を作り続ける主人公

国を飛び出し世界に一つだけの刀を作ろうとする“きんそく”

そうまるでプラトンとアリストテレスのような二人(まるで意味がわからんぞ)

主人公はイデアを目指した。

主人公はイデアリアンなのだ


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ