第一章 ハイスピードフェアリー②
超能力を持つ、少年少女たちの青春ストーリー
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現場に到着したひなたは、セーラー服姿の少女を見つけて、そばまでかけよっていった。
「上坂さん」
上坂と呼ばれた少女が、ビクッと肩を震わせた。
「あ、ひなたちゃん」
少女が『ひなたちゃん』と口にした瞬間、ひなたが眉をひそめる。
その意味を理解したのか、少女は慌てて言い直した。
「こ、こんなに早く到着するなんて、さすが『一条さん』だね」
少女は、生徒会情報分析班に所属する上坂香代。
ひなたとは同い年だ。プライベートでは、『ひなたちゃん』『香代ちゃん』と呼び合うほど仲が良い。だが、今は任務中だ。公私混同を避けるため、現場では名字で呼び合うことにしていた。
申し訳なさそうにしている香代をよそに、ひなたは現場を見渡した。
建設途中のビルと、その建材の山。ビルは鉄筋がむき出しの状態だ。この中に、違反者が逃げ込んだのだろう。
「それで、葉澄先輩は?」
「向かいのビルで、違反者を監視しているみたい。一条さんが来たら、これを渡すように言われたの」
香代がインカムを差し出す。ひなたはそれを受け取ると、すばやく耳にかけた。
すると間髪入れずに、落ち着いた女性の声が、インカムから聞こえてきた。
『ごめんね、一条さん。非番だったのに』
「いえ、かまいません。こんな風に、葉澄先輩が呼び出すってことは、あたしじゃなきゃ駄目だってことでしょ?」
ひなたが、向かいのビルに視線を向けた。
だが、そこに立っているビルは、壁一面が巨大なスクリーンと看板で、多い尽くされていた。香代の説明では、そこで監視をしているらしいが、それができるような窓はなかった。
『そうなの。他の「第1」メンバーじゃ、余計な被害が出そうなの。だから、お願い』
「はい……ところで、違反者の特定は?」
『できてるわ。上坂さん』
香代が、慌てて10インチのタブレットコンピューターを持ち上げた。
ひなたが画面をのぞき込む。そこに見知らぬ生徒の情報が映し出されていた。
『違反者は西園康平。17歳。プロフェイタ学院高等学校の二年生よ』
「プロフェイタってことは、違反者は予知能力者?」
『そう。でも能力値は、低い方だったみたい。情報によれば、5秒先の予知しかできなかったらしいわ』
高レベルの予知能力者なら、数年先の予知すら行える。そんな予知能力者たちの中で、5秒先の予知しかできない西園は、アンダーポイントとはいかないまでも、低い評価とそれなりの扱いを受けていたのだろう。
『そんな彼が、1時間半ほど前に他校の生徒、数名に怪我をさせて逃走。どうやら、その子たちにからまれちゃったみたい。その時に、自分の力の悪用方法を思いついたんでしょうね』
画面の男子生徒は、真面目そうな顔をしていた。能力を悪用する違反者と聞くと、凶悪な犯罪者のように聞こえるが、実のところ普通の生徒である場合が多い。
ひなたは、これから相手にする違反者の顔を、冷ややかな目で見つめていた。
「なんとなく、わかりました。葉澄先輩のいう悪用方法……あたしで対処できるでしょうか?」
『あら、一条さんは、私の見立てじゃ不安?』
「そんなこと、ありませんけど」
『大丈夫、過去のデータや監視して得られた情報から判断して、貴女なら問題ないはずよ』
「わかりました」
そう答えると、ひなたは鞄から17センチほどの棒を二本取り出した。
「これお願いね」
「うん」
香代に鞄を預ける。
『あ、それと一条さん。急ぎでお願い。あと15分ほどで収拾しないと、高都自警が出動することになっているから』
と葉澄が、困ったような声を出した。
『ほら、そうなると予算、削られちゃうじゃない?』
ひなたが苦笑いを浮かべる
「了解、善処します」
その時、香代が彼女に声をかけた。
「ひなたちゃん、気をつけてね」
タブレットを掲げた香代は、心配そうな顔をしていた。
だが、すぐに、あッ、と声をもらす。また、下の名で呼んでしまったのだ。
「うん、気をつけるよ『香代ちゃん』」
ひなたは笑みを浮かべると、あえてその名を口にした。すると香代が、今にも泣きそうな顔になった。
とはいえ、ぐずぐずしている時間はない。ひなたは、手にした短い棒を握りしめると、建設途中のビルへとかけだした。
インカムから葉澄の指示が入る。
『まずは、剛山隊長と合流して』
「了解です」
ビルに飛び込むと、指示にしたがって二階へ上がり、三階との間にある階段の踊り場へと向かった。
そこに、四人の男子生徒がいた。彼らは、『第1』と呼ばれる執行部第1機動隊の隊員たちだ。
「一条」
隊員の一人が、ひなたを呼んだ。
「剛山隊長」
ひなたは、大柄な人物のもとへとかけよる。
彼は190センチはある長身に、筋肉質な体格をしている。露出した二の腕は、強靱な筋肉の塊だった。そして印象的なのが目だ。野獣のような獰猛な瞳をしている。恐ろしく、目つきが悪い。
「葉澄から、奴のことは聞いているな?」
この男は、執行部第1機動隊を率いる剛山正尚。
ひなたは『第1』に所属しているので、上司にあたる人物だ。
「はい、予知能力者ですね。それも、極短い未来しか予知できない」
「侮るなよ。5秒先といっても、かなり精密な予知ができるみたいだ……油断したら、この通りさ」
剛山が顎をしゃくる。そこにいた同僚たちは、腕や足を庇いながら、床に腰を下ろしていた。剛山自身も、こめかみから左頬にかけて、出血した跡が残っていた。
ひなたは腕を組むど、剛山に視線をもどした。
「隊長にしては珍しい」
「ああ、まったくだ。予知能力が、あれほどやっかいなもんだったとは……この俺が、接近戦で遅れを取った」
剛山が悔しそうにつぶやく。そして部下を見つめると、力強くこう言った。
「だが一条、お前なら、やれるはずだ」
ひなたも剛山を見つめてうなずく。
直後に両手を降り上げ、勢いよく左右に振りおろした。
シャッ、と金属音がなり、彼女が手にしていた二本の棒が、40センチほどの長さになった。
警棒だ。伸縮構造があるため、縮めた状態なら、鞄に入れて携帯できるほどコンパクトになる。そして任務の際は、彼女の打撃力を飛躍的に上昇させる、強力な武器になるのだ。
「必要なら、援護するぞ」
剛山がそう言うと、ひなたは困ったように眉をハの字にした。
「うーん。隊長がいると邪魔かも」
剛山は、チッ、と軽い舌打ちをした。
「言いやがる……」
その口調は、部下の態度に腹を立てた、というよりも、自分の不甲斐なさを、嘆くような言い方だった。
「葉澄先輩」
ひなたが、インカムに問いかける。
すぐに反応が、かえってきた。
『準備は、いいみたいね。西園は、三階に上がった先、フロアの中央にいるわ。でも気をつけて、障害物が多すぎて視界が悪いはずだから』
「了解……一条ひなた。これより、違反者の確保に向かいます」
ひなたが目を閉じ、呼吸を整える。
集中力を高めるためだ。
空気が、ピンと張りつめる。
ゆっくりと、瞼を開いた。
「『ゲット・レディ?』」
ひなたがセーフティースペルを口にした瞬間──その姿が消えた。
だが、瞬間移動ではない。
加速だ。高速移動。それが、彼女の能力だった。
すでに階段を上がり、ひなたは3階のフロアを駆けていた。
問題の違反者は、すぐに見つけられた。
それも後ろを向いているため、彼女に気づいていない。
ぐんッ、とさらに加速する。
右手の警棒を降り上げ、少年の背中へと叩きつける──が、かわされた。
体をひるがえし、寸前で、ひなたの攻撃を避けたのだ。
彼女は立ち止まらず、そのまま、十数メートル先まで走り抜けた。
壁際で立ち止まり、ひなたが振りかえる。
すでに相手は姿を隠し、その目で違反者を確認することはできなかった。
それにしても、今の回避は、尋常ではなかった。ひなたを見ずに、的確な方向、タイミングで攻撃を避けた。まるで武道の達人が、相手の動きを見切った時のような、そんな動きだった。
「お前、一条ひなただなッ」
薄暗い、フロアの奥から、男の声がした。
「知ってるぜ。執行部のエース、そして高速移動の能力者……クククッ、ハハッ」
突然、相手が高笑いをした。
「一条ひなたでも、オレに傷ひとつつけられねえ。さっきのオオカミ野郎も力だけで、ぜんぜん、当てられねえから、こっちが、奴の頭を割ってやったんだぜ?」
ひなたの眉が、ピクンと跳ね上がった。
「気づいちまったんだよぉ。この力の使い方ぁ。今まで、さんざんバカにされた能力だが、ハハッ、でも、とうぜんだよな? 5秒先の未来予知は、戦闘において最強ッ!」
壊れた機械に似た、耳障りな高笑いが響く。
ひなたは、それを涼しい顔で聞いていた。
「それじゃあ、最強さん。しっかりと予知してよね」
高笑いが止む。
「ああ、お前の頭も、かち割ってやるぜ……『レシス・フォーカス』ッ!」
フロアの奥で、物音がする。
ひなたには、違反者の所在が手に取るようにわかっていた。葉澄がインカムを通して、随時、相手の情報を報告していたからだ。
ひなたの唇が、つり上がる。
自信に満ち溢れた、彼女らしい強気な笑みだった。
「『ゲット・レディ?』」
高速移動を発動させる。
ひなたが、弾かれたようにフロアを駆けだした。
葉澄の情報から、相手の位置はわかっているので、姿を確認する前に攻撃体勢を取った。
柱の角を曲がった直後に、警棒を突きだす。
が、当たらない。
かまわず、右腕を降りおろすが、それも当たらない。
違反者の少年が、柱の陰に逃げ込んだ。
彼女もその後を追う。
もう一度、相手に警棒を叩きつけようとするが、それもかわされ、空を切った警棒が柱に当たった。
暗闇に、火花が飛ぶ。
次に、ひなたが蹴り上げた左足が、違反者の背中をかすめた。
「いぃいッ」
彼が、悲鳴を上げた。
「どうしたの、最強さん?」
さらに加速して警棒を降りおろす。それはかわされ、近くの木枠を粉砕した。
だが、相手には、もう余裕がない。
警棒を水平に振った。当たった。
黒光りする警棒が、左肘に食い込む。彼の腕が、ぐにゃりと曲がった。
「があッ」
少年の絶叫が、フロア中に響く。
「ほら、ちゃんと予知しなさいよ」
ひなたが、残酷なセリフを口にする。今や能力を発動させても、5秒先の運命を知るだけだった。
「ういえあッ、ああ、あッ」
少年が振り向く。その顔は、恐怖に支配されていた。
ひなたが身をよじり、軽く膝を曲げる。
繰り出したのはハイキック。
だが、加速中に放たれたハイキックは、絶大な威力を有していた。
直撃だった。
彼の顔面がへしゃげる。
「あッ……かッあ、あ……」
喉の奥から、言葉にならない声がもれた。
違反者が、力なく崩れ落ちる。彼はコンクリートの床に倒れ込むと、白目をむいてピクピクと痙攣した。
「確保完了」
ひなたがインカムで報告していると、背後から手を叩く音が聞こえた。
振り向くと、剛山がこちらに歩いてくる。
「さすがだな。いくら予知できても、物理的に回避不能な速度には対応できない。葉澄からそう提案された時は、半信半疑だったが……見事だ」
剛山は、違反者の前に立つと、手錠を取り出し、素早く拘束していく。
すると、葉澄の不服そうな声が、インカムから聞こえてきた。
『あら、剛山隊長。私の言葉を信じてなかったんですか? ショックだわ』
「別にそう言うんじゃない。最終的には、お前の案を了承したのは俺だ……だが通常、直線的にしか動けない、と言われている高速移動での室内戦闘だ。不安がなかった、と言ったら嘘になる」
『そう? それなら、かまわないけど』
剛山が違反者を肩に担ぐ。
その顔は、困ったような面倒くさそうな表情だった。
その顔を見て、ひなたも意地悪がしたくなった。
警棒を肩に乗せて、葉澄のように不満げに言う。わざとらしく、怒った表情を浮かべた。
「でも、それって部下のあたしを信用していなかった、って意味ですよね?」
一瞬、剛山が目を見張る。
直後に、はあ、と深いため息をついた。
「ちくしょう……よけいなこと、言ったか」
すると、二人同時に突っ込まれた。
『「何か言いました?」』
「うるせえな、なんでもねえッ」
生徒会では、『執行部最強』の名で呼ばれる剛山だったが、この二人には、たじたじだった。
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