序章 スターティングコール④
超能力を持つ、少年少女たちの青春ストーリー
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ショートホームルーム前の朝のひと時。
教室の一角で、数人の男子生徒が成島隆人を中心に集まっている。風澤望もその一人だった。
いつもなら、朝は眠そうな顔であくびを連発している連中だったが、今日は違った。真剣な表情で、お互いの顔を見つめ合っている。
始めに、口を開いたのは隆人だった。
「さて、この事態に、我々はどう対処すべきか、みんなの意見を聞きたい」
彼が、世界大戦でも始ったような面持ちで問う。
しかし、だれも口を開こうとはしなかった。みんな、躊躇しているようだ。
それを見た隆人は、意を決したように深く頷く。まずは、自分が発言をしなければいけないと感じたらしい。リーダーの素質が、あるのかもしれない。
「みんなが困惑する気持ちはわかる。このタイミングで転入生なんて、だれも予期していなかった。だから、その情報を入手した我々は、すぐさま職員室へと偵察に向かったんだ」
その一字一句を聞き逃すまいと、全員が黙っていた。
「転入生が女子であることは、入手した情報から判明していた。イリーナ・アンダーソン。その名は、彼女が日本人でないことも意味していた」
だれかが息を呑んだ。
「しかし、現場に到着した我々が目にしたのは、まったく、情報になかった光景だ。金髪? 想定内だ。青い瞳? 想定内。かわいい? 転入生ならとうぜんだろう……だが」
隆人が言葉に詰まる。これ以上を口にするのは、彼にも覚悟が必要だった。
「彼女はどう見ても……身長、体型、顔立ち、その全てが、10歳前後の幼女のそれだ。いや、かわいいんだよ。でも幼女じゃん? 俺たち高校生じゃん? 倫理的にどうなの? そりゃあ、かわいいから、有りか無しか、と言われればアリさ。だけど、ここで諸手を上げて喜んだら、クラスの女子から、白い目で見られるのは明白だよね?」
感極まった隆人が、早口で捲し立てた。
しかし、転入生に対する切実な思いを吐露する彼を、すでに、多くの女子が白い目で見ていた。
「だが、もっと重要なことがあるッ! 問題なのは、職員室でイリーナちゃんを一目見た時に感じた、この思いを認めるということは、つまり俺はロリコンだという……」
「鳴島ッ」
「隆ちゃん」
「隆人!」
友人たちが、隆人の言葉を遮った。だれもが、それ以上は言わせまい、と声を上げる。
望も親友の肩をつかみ、その手に力を込めていた。
三浦翔太郎が、震えた声でさとす。
「もういい、もういいよ。隆人」
「翔太郎……お、おれ、俺は」
二人の目に光るモノがあった。
なにかしらの一体感が、全員を包む。
それは、別の言い方をすれば、友情、かもしれない。
しかし……。
「そこのアンダーポイント五人組ッ」
心地よい一体感は、一瞬にしてかき消された。
原因は、ひなただ。
「朝っぱらから、そんなバカ話で騒がないでくれる? 他の人の迷惑を考えられないんなら、教室から出てってちょうだいッ!!」
ひなたが、眉をつりあげながら怒鳴る。
あまりの気迫だったので、望たちは背中を丸めて、すみません、と謝った。
すると彼女は、乱暴に席に着くと、叩きつけるように教科書や筆記用具を取り出す。まだ、怒りが収まらないのだろう。
「もしかして、ぼくたち、目をつけられてる?」
翔太郎が、小さくつぶやいた。
「多分、そうだろうな……執行部に目をつけられるなんて、これから大変だぞ」
友人たちが暗い顔をする。
すると望が、彼らにこう言った。
「でも、正直、慣れたんじゃない?」
すると隆人が、苦笑いを浮かべた。
「まあ、確かにそうだな」
望たちは、入学式の初日に注意を受けてから、毎日のようにひなたに叱られていた。
それは彼らが騒ぐから注意しているのだ。彼女を非難することなんてできない。
気の弱い男子生徒なら、泣き出しかねないような剣幕だったが、こうも毎日、怒鳴り声を浴びせられていると、それが当たり前のように感じてきた。
もちろん、その慣れはダメな生徒の感覚である。
それに、彼らも叱られて楽しいわけではない。
五人は、今日は大人しくしていよう、と話し合うと、いそいそと自分たちの席へと戻っていった。
しばらくして、勢いよく教室のドアが開く。
「はーい、みんな。全員、席についてください。今日はホームルームの前に、みんなに紹介したい生徒がいます。ほらほらぁ、みんな席についてえ」
教室に入ってきた姫宮先生は、出席簿をぱたぱたさせながら生徒に着席をうながした。
生徒たちも紹介したい人物が、待望の転入生だと知っているので、すぐさま席についた。
「よし、みんな席についたね……じゃあ、入ってきて」
姫宮先生の言葉から、ワンテンポ遅れて転入生が教室に入ってくる。
だれもが、そこに現れた美少女に驚いた。
その美貌にも驚かされたが、やはり、彼女の幼さに驚く。
「みなさんも第二世代能力者って、聞いたことあるよね?」
担任が口にした『第二世代能力者』とは、スターティングコールの直前に医療目的で人工授精を行っていた受精卵から、後に生み出された超能力者のことだ。
第一世代の研究でつちかったノウハウを元に、超能力の英才教育を受けた能力者であり、総じて、高いレベルの能力を持つと言われている。
「彼女は頭脳明晰だったため、この歳で高校進学を果たし、交換留学生として、アメリカのメリーランド州からやってきました」
姫宮先生の説明では、本来なら他の生徒と同じように入学する予定だったが、留学の手続きに問題が起きてしまい、こんな時期になってしまったそうだ。
そのため、正確には転入生ではなく、新入生と言う方が正しい。
「アンダーソンさんの説明は、こんなものかな。じゃあ、さっそく自己紹介をしてもらってもいい?」
少女はこくんとうなずくと、少し緊張した面持ちで口を開いた。
「イリーナ・アンダーソンです。アメリカ合衆国、メリーランドからきました。今年、10歳になります。好きな食べ物はチョコチップクッキーです」
流暢な日本語だった。
「日本の学校は、初めてで、色々わからないので教えてください。よろしくお願いします」
イリーナがお辞儀をする。そういう作法に慣れていないのだろう、確認するように教師を見上げた。
姫宮先生が小さくうなずくと、イリーナは嬉しそうな顔を見せたが、自分を見つめるクラスメイトの視線に気づくと、恥ずかしそうにはにかんだ。
そんな少女の仕草や言動は……男女を問わず、クラスメイトたちを魅了した。
「かわいいッ」
「うそぉ、お人形さんみたい」
「冗談みたいな可愛いさだな」
「やべー、ぐっときちゃったんだが、どうしよう」
野太い歓声と黄色い歓声が、教室に響く。
「はいはい、静かに。アンダーソンさんの席は、桜井さんの後ろの席だから」
姫宮先生がそう言うと、近くの席の女子生徒たちが、こっちこっち、と手招きをしてイリーナをむかえる。
少女は左手で髪をかきあげると、自分の席へと歩き出した。
青い瞳を細め、アイドル顔負けの完璧なスマイルで、彼女はクラスメイトたちの間をすすんでいく……とイリーナが目を見開き、ある場所に視線を向けた。
少女が見つめた先に、望がいた。
「?」
彼もイリーナの視線に気づいたが、彼女はすぐに目を逸らし、周りの生徒たちにあいさつをする。
(あれ? 気のせいかな?)
望が首をかしげると、背後から隆人が話しかけてきた。
「かわいいは正義、これは真理だ」
それから、イリーナがいかにかわいいのかを、親友から長々と聞かせられた。
望は、会ったばかりなのに、よくそんなにほめられるなと感心したが、この親友が原因で、その日、三回もひなたに怒鳴られてしまった。
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終章まで、毎日更新の予定です。