第二章 インフィニットクリエイト①
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無精髭の男が、怒鳴り散らしている。
目を血走らせた彼が、どん、とテーブルを叩いた。
すると痩せた女が、戸棚から札束を取り出して男に渡した。
男は、受け取った札束の枚数を、執拗に確認し、それを終えると、小走りに部屋を出ていった。
残された女が、男に対する罵声を吐く。
女がテーブルのタバコをひったくり、震えた手で火をつけた。
落ち着きなく、吸っては吐くを繰り返す。
眉間に皺をよせ、まだ吸いきっていないタバコを灰皿に押しつけた。
女が戸棚から黒い鞄を取り出し、隣の部屋のふすまを開けた。
女がそこにいた少女に鞄を投げつけ、怒鳴る。
少女が、「ママ」と口にしたが、女は無視して勢いよくふすまを閉じた。
少女が泣きそうな顔で、足下を見つめる。
鞄から飛び出した無数の貴金属、高級ジュエリーが、そこには散らばっていた。
「ママ……パパ……」
少女が泣き声をあげた。
ふすまのむこうから、母親の怒鳴り声が聞こえてきた。
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殺風景な部屋だった。
最低限の家具だけ──いや、最低限の日用品もあるかわからない。
それだけ、殺風景で簡素な部屋だった。
イスにテーブル、ベッド。すべてがスチール製で、見る者に無機質な印象を与える。
そんな一室のテーブルに、一冊の文庫本と学生証が無造作に置いてあった。
ベッドには、一人の少女。この部屋の住人が横たわっていた。
カーテンから差し込んだ朝日が、少女の体を浮かび上がらせている。
驚くほど色白な肌とシャープな線を描く顔の輪郭、そして切れ長の眉。瞼は閉じられていたが、その分、長いまつげが強調されていた。
この少女を知る人間は多い。だが、こうして寝息を立てている姿を見た者は、少ないだろう。
織戸神那子。日本の最重要能力者とされている15歳の少女だ。
前触れもなく、瞼が開いた。茶色がかった瞳があらわになる。
彼女の顔は、寝起きだと言うのに、起き抜けとは思えないほど冴えた表情をしていた。
体を起こした織戸が、テーブルに置いてある学生証を見つめる。
直後に電子音が鳴り響いた。学生証のアラーム音だ。
織戸はベッドから降りると、学生証の画面に触れる。アラームが止んだ。
無表情で見つめた画面には、6:30と表示されていた。まだ7時にもなっていない。
「……」
織戸は、無言のままバスルームへと向かった。
ブルーの寝間着を脱ぎ、下着を脱いでカゴに入れる。バスルームに入ると熱いシャワーを浴びた。
織戸の肌は、裸になるとその白さが際立つ。
色素の薄い髪は茶色く、透き通るような肌は、触れれば壊れてしまいそうな印象を受けた。
痩せ過ぎているわけではないが、全体的に色合いの希薄な容姿は、独特のあやうさを感じる。だが、それ故に、人を惹きつける魅力があった。
シャワーを浴びて濡れた彼女は、美しい、と表現する以外にはなかった。
しばらくして、バスルームを出た織戸は、バスタオルで体を拭き、洗面台の前で髪を乾かした。
部屋に戻ると、クローゼットを開けて着替え始める。
彼女が袖を通したのは、白と水色のセーラー服。結波中央学園の制服だった。
着替え終わると、学生証がメールの着信を告げた。
織戸がメールを確認する。レイからだった。
神那子へ
今日が、初登校だったわね。
たしか結波中央学園の制服って、可愛いって評判だったと思う。
うらやましいな。アタシの通っていた高校は、私服だったから。制服って憧れなの。
初登校だから色々不安だと思う。あんまり、周りを気にしちゃだめよ。大丈夫、神那子はかわいいから、すぐに友だちがたくさんできるわ。
それじゃあ、またメールちょうだい。
話ならいつでも聞くから。
──レイ
レイは、数年前から織戸の専属カウンセラーをつとめる人物だ。
対面してカウンセリングするのではなく、こうして一日に何度もメールを送ってくる。カウンセラーとしてはかなり変則的だが、この距離感が織戸にとっては楽だった。
登校までには、まだ時間がある。彼女に返信することにした。
レイへ
不安は特にありません。
ただ、戸惑うことはあるでしょう。学生生活は初めてですから。
この制服、可愛いですか?
私はよくわかりません。
またメールします。
──神那子
PS 今朝、あの夢を見ました。でも、大丈夫です。きっとレイのおかげだと思います。
メールを送信すると、部屋のインターホンが鳴った。
織戸は文庫本を鞄に入れて、玄関へと向かう。
ドアを開けると、白衣の男が立っていた。
「おはようございます。お迎えにあがりました」
彼は仰々しくお辞儀すると、不器用に笑ってみせた。
少し神経質そうな顔をした男は、普段、こんな風に愛想笑いをする人間ではない。
海外の有名大学を出て、超能力研究のために、結波市へやってきたエリート研究員だ。
そんなプライドの高い男が、愛想笑いを浮かべながら送り迎えをする。
それも、この15歳の少女が、織戸神那子だからにほかならない。
最重要能力者・織戸神那子とは、そういう存在なのだ。
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(き、きまずい)
望がひなたの様子を盗み見る。
テーブルのむこうでは、彼女が黙々と朝食を食べていた。どことなく、声をかけずらい雰囲気がただよっている。
ひなたと同居することになった日。彼女に連れてこられたのは、学生地区にあるマンションだった。3LDKで、お互いの個室はある。だが、食事の際は、こうしてリビングで一緒にテーブルにつかなければならなかった。
二人暮らしをするにあたって、色々なルールを決めた。
トイレとバスルームに入るときは、必ずノックをすることや食事は、各人が用意することなどだ。したがって二人の朝食は、別々の品が並んでいた。
ひなたはトーストにハムエッグ、サラダなど、いかにも朝食らしいメニューだ。
一方の望は、昨日、食べきれなかった惣菜パンと缶コーヒーだけのみすぼらしい朝食。
食べ始める前、ひなたは望の朝食を見て眉をひそめた。
「それだけなの?」
「食事は、寮の食堂ばっかりだったから」
「昨日のうちに朝食を買ってくるとか、考えられなかったわけ?」
「……そうだね」
「……」
それから現在にいたるまで、この沈黙が続いている。
望は、この空気が苦手だった。
なんとか変えようと思い、意を決心して口を開く。
「一条さんって、料理できるんだ」
「……つまり、あたしは料理できそうにない、と思っていたわけ?」
ひなたが、睨みつけてくる。
「ち、違う。今のは誉め言葉」
望が、あわてて否定した。
「そう……でもこのくらいは、できてとうぜんじゃない?」
「えーっと……そう、かもね」
ふたたび、沈黙が訪れた。
望がひなたの顔に目を向ける。彼女の眉間には、しわができていた。いかにも不機嫌そうな表情だ。
昨日から、何度かこんな状況に陥ったことがあった。
そのときは、ひなたが風呂に入ったり、自室にもどったりしたため、うやむやになった。
だが、それではなんの解決にもならない。
せっかく二人で暮らすのだから、楽しく付き合っていきたい。望はそう考えていた。
このまま朝食を終えれば、この空気を引きずった状態で登校することになるだろう。
それは避けたかった。
(よし、もう一度話しかけてみよう)
パンを口の中に放り込み、缶コーヒーでそれを流し込む。
もう一度、意を決して口を開いた。
「一条さん」
「なによ」
だが、話題を考えていなかった。
(やべえ)
適当な話題をふってみる。
「きょ、今日は天気がいいね」
「そうね」
「「……」」
もとの沈黙に逆戻り。心がくじけそうだった。
「あのさ」
意外にも、今度はひなたが話かけてきた。
「ひとつ提案があるんだけど」
「ん? なになに?」
相手から、声をかけてくるなんて幸いだった。
望がテーブルに身を乗り出す。
「あなたって、あたしのこと『一条さん』って呼ぶじゃない? こうして共同生活をするんだから、そういう他人行儀な呼び方ってどうかと思う」
なぜか、ひなたは望から視線を逸らした。
「あたしのことは、『ひなた』って呼びなさい。あたしもあなたのことは、の、『望』って呼ぶから……わかったッ?」
そして、凄い形相で望を睨みつける。
「う、うん。いいよ。そうしよう」
ひなたの気迫に驚いて、望は反射的に了承した。
直後に、これは提案ではなくて強制なんじゃないか、と思ったが、それは口にしないことにした。
「ところで望。今後のことなんだけどさ」
「今後?」
「ほら、あたしたちって、同じ所に住んでいる上に、同じ学校に通っているじゃない? そもそもクラスさえ同じ。一緒に登校なんかしたら……」
「あー、登校する時間を、ずらそうって話?」
望がひなたの言葉をさえぎった。
そして、先生の出した問題に答える小学生みたいに、自慢げな表情でこう言った。
「そうだよね。毎日一緒に登校していたら、絶対に妙な噂が流れちゃうよ。それじゃあ、僕はひなたが出てから、数分後に登校するよ」
すると、ひなたが眉をひそめた。
そして望には聞こえないよう、小さな声でつぶやく。
「……どうしてそうなるのよ。時間をずらすなんて、一言も言っていないのに」
「ん? なにか言った、ひなた?」
「な、なにも言ってないからッ!! じゃあ、あたしが先に出るってことで決まりね」
彼女が顔を真っ赤にしながら、食器をキッチンへと運ぶ。
洗い物をはじめたひなたを見ながら、望は首をかしげた。
その時、彼女がささやくような声でつぶやいた。
「……うん、がんばったと思う。今日のところは、呼び名、だけで充分だよね?」
だが、望はまったく気づかなかった。
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終章まで、ほぼ毎日更新の予定です。




