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プラスチャイルド  作者: textscape
プラスチャイルド①
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21/48

第二章 インフィニットクリエイト①

挿絵(By みてみん)



   + + +



 無精髭の男が、怒鳴り散らしている。

 目を血走らせた彼が、どん、とテーブルを叩いた。

 すると痩せた女が、戸棚から札束を取り出して男に渡した。

 男は、受け取った札束の枚数を、執拗に確認し、それを終えると、小走りに部屋を出ていった。


 残された女が、男に対する罵声を吐く。


 女がテーブルのタバコをひったくり、震えた手で火をつけた。

 落ち着きなく、吸っては吐くを繰り返す。

 眉間に皺をよせ、まだ吸いきっていないタバコを灰皿に押しつけた。

 女が戸棚から黒い鞄を取り出し、隣の部屋のふすまを開けた。

 女がそこにいた少女に鞄を投げつけ、怒鳴る。

 少女が、「ママ」と口にしたが、女は無視して勢いよくふすまを閉じた。


 少女が泣きそうな顔で、足下を見つめる。

 鞄から飛び出した無数の貴金属、高級ジュエリーが、そこには散らばっていた。


「ママ……パパ……」


 少女が泣き声をあげた。

 ふすまのむこうから、母親の怒鳴り声が聞こえてきた。



   + + +



 殺風景な部屋だった。

 最低限の家具だけ──いや、最低限の日用品もあるかわからない。

 それだけ、殺風景で簡素な部屋だった。

 イスにテーブル、ベッド。すべてがスチール製で、見る者に無機質な印象を与える。


 そんな一室のテーブルに、一冊の文庫本と学生証が無造作に置いてあった。

 ベッドには、一人の少女。この部屋の住人が横たわっていた。


 カーテンから差し込んだ朝日が、少女の体を浮かび上がらせている。

 驚くほど色白な肌とシャープな線を描く顔の輪郭、そして切れ長の眉。瞼は閉じられていたが、その分、長いまつげが強調されていた。

 この少女を知る人間は多い。だが、こうして寝息を立てている姿を見た者は、少ないだろう。


 織戸神那子(おりと かなこ)。日本の最重要能力者とされている15歳の少女だ。


 前触れもなく、瞼が開いた。茶色がかった瞳があらわになる。

 彼女の顔は、寝起きだと言うのに、起き抜けとは思えないほど冴えた表情をしていた。

 体を起こした織戸が、テーブルに置いてある学生証を見つめる。

 直後に電子音が鳴り響いた。学生証のアラーム音だ。

 織戸はベッドから降りると、学生証の画面に触れる。アラームが止んだ。

 無表情で見つめた画面には、6:30と表示されていた。まだ7時にもなっていない。


「……」


 織戸は、無言のままバスルームへと向かった。


 ブルーの寝間着を脱ぎ、下着を脱いでカゴに入れる。バスルームに入ると熱いシャワーを浴びた。

 織戸の肌は、裸になるとその白さが際立つ。

 色素の薄い髪は茶色く、透き通るような肌は、触れれば壊れてしまいそうな印象を受けた。

 痩せ過ぎているわけではないが、全体的に色合いの希薄な容姿は、独特のあやうさを感じる。だが、それ故に、人を惹きつける魅力があった。

 シャワーを浴びて濡れた彼女は、美しい、と表現する以外にはなかった。


 しばらくして、バスルームを出た織戸は、バスタオルで体を拭き、洗面台の前で髪を乾かした。

 部屋に戻ると、クローゼットを開けて着替え始める。


 彼女が袖を通したのは、白と水色のセーラー服。結波中央学園《ゆいなみちゅうおうがくえん》の制服だった。


 着替え終わると、学生証がメールの着信を告げた。

 織戸がメールを確認する。レイからだった。



    神那子へ


 今日が、初登校だったわね。

 たしか結波中央学園の制服って、可愛いって評判だったと思う。

 うらやましいな。アタシの通っていた高校は、私服だったから。制服って憧れなの。

 初登校だから色々不安だと思う。あんまり、周りを気にしちゃだめよ。大丈夫、神那子はかわいいから、すぐに友だちがたくさんできるわ。

 それじゃあ、またメールちょうだい。

 話ならいつでも聞くから。


    ──レイ



 レイは、数年前から織戸の専属カウンセラーをつとめる人物だ。

 対面してカウンセリングするのではなく、こうして一日に何度もメールを送ってくる。カウンセラーとしてはかなり変則的だが、この距離感が織戸にとっては楽だった。


 登校までには、まだ時間がある。彼女に返信することにした。



   レイへ


 不安は特にありません。

 ただ、戸惑うことはあるでしょう。学生生活は初めてですから。

 この制服、可愛いですか?

 私はよくわかりません。

 またメールします。


   ──神那子


 PS 今朝、あの夢を見ました。でも、大丈夫です。きっとレイのおかげだと思います。



 メールを送信すると、部屋のインターホンが鳴った。

 織戸は文庫本を鞄に入れて、玄関へと向かう。

 ドアを開けると、白衣の男が立っていた。


「おはようございます。お迎えにあがりました」


 彼は仰々しくお辞儀すると、不器用に笑ってみせた。

 少し神経質そうな顔をした男は、普段、こんな風に愛想笑いをする人間ではない。

 海外の有名大学を出て、超能力研究のために、結波市へやってきたエリート研究員だ。

 そんなプライドの高い男が、愛想笑いを浮かべながら送り迎えをする。

 それも、この15歳の少女が、織戸神那子だからにほかならない。


 最重要能力者・織戸神那子とは、そういう存在なのだ。



   + + +



(き、きまずい)


 望(のぞむ)がひなたの様子を盗み見る。

 テーブルのむこうでは、彼女が黙々と朝食を食べていた。どことなく、声をかけずらい雰囲気がただよっている。


 ひなたと同居することになった日。彼女に連れてこられたのは、学生地区にあるマンションだった。3LDKで、お互いの個室はある。だが、食事の際は、こうしてリビングで一緒にテーブルにつかなければならなかった。


 二人暮らしをするにあたって、色々なルールを決めた。

 トイレとバスルームに入るときは、必ずノックをすることや食事は、各人が用意することなどだ。したがって二人の朝食は、別々の品が並んでいた。


 ひなたはトーストにハムエッグ、サラダなど、いかにも朝食らしいメニューだ。

 一方の望は、昨日、食べきれなかった惣菜パンと缶コーヒーだけのみすぼらしい朝食。


 食べ始める前、ひなたは望の朝食を見て眉をひそめた。


「それだけなの?」

「食事は、寮の食堂ばっかりだったから」

「昨日のうちに朝食を買ってくるとか、考えられなかったわけ?」

「……そうだね」

「……」


 それから現在にいたるまで、この沈黙が続いている。

 望は、この空気が苦手だった。

 なんとか変えようと思い、意を決心して口を開く。


「一条(いちじょう)さんって、料理できるんだ」

「……つまり、あたしは料理できそうにない、と思っていたわけ?」


 ひなたが、睨みつけてくる。


「ち、違う。今のは誉め言葉」


 望が、あわてて否定した。


「そう……でもこのくらいは、できてとうぜんじゃない?」

「えーっと……そう、かもね」


 ふたたび、沈黙が訪れた。

 望がひなたの顔に目を向ける。彼女の眉間には、しわができていた。いかにも不機嫌そうな表情だ。


 昨日から、何度かこんな状況に陥ったことがあった。

 そのときは、ひなたが風呂に入ったり、自室にもどったりしたため、うやむやになった。

 だが、それではなんの解決にもならない。

 せっかく二人で暮らすのだから、楽しく付き合っていきたい。望はそう考えていた。

 このまま朝食を終えれば、この空気を引きずった状態で登校することになるだろう。

 それは避けたかった。


(よし、もう一度話しかけてみよう)


 パンを口の中に放り込み、缶コーヒーでそれを流し込む。

 もう一度、意を決して口を開いた。


「一条さん」

「なによ」


 だが、話題を考えていなかった。


(やべえ)


 適当な話題をふってみる。


「きょ、今日は天気がいいね」

「そうね」

「「……」」


 もとの沈黙に逆戻り。心がくじけそうだった。


「あのさ」


 意外にも、今度はひなたが話かけてきた。


「ひとつ提案があるんだけど」

「ん? なになに?」


 相手から、声をかけてくるなんて幸いだった。

 望がテーブルに身を乗り出す。


「あなたって、あたしのこと『一条さん』って呼ぶじゃない? こうして共同生活をするんだから、そういう他人行儀な呼び方ってどうかと思う」


 なぜか、ひなたは望から視線を逸らした。


「あたしのことは、『ひなた』って呼びなさい。あたしもあなたのことは、の、『望』って呼ぶから……わかったッ?」


 そして、凄い形相で望を睨みつける。


「う、うん。いいよ。そうしよう」


 ひなたの気迫に驚いて、望は反射的に了承した。

 直後に、これは提案ではなくて強制なんじゃないか、と思ったが、それは口にしないことにした。


「ところで望。今後のことなんだけどさ」

「今後?」

「ほら、あたしたちって、同じ所に住んでいる上に、同じ学校に通っているじゃない? そもそもクラスさえ同じ。一緒に登校なんかしたら……」

「あー、登校する時間を、ずらそうって話?」


 望がひなたの言葉をさえぎった。

 そして、先生の出した問題に答える小学生みたいに、自慢げな表情でこう言った。


「そうだよね。毎日一緒に登校していたら、絶対に妙な噂が流れちゃうよ。それじゃあ、僕はひなたが出てから、数分後に登校するよ」


 すると、ひなたが眉をひそめた。

 そして望には聞こえないよう、小さな声でつぶやく。


「……どうしてそうなるのよ。時間をずらすなんて、一言も言っていないのに」

「ん? なにか言った、ひなた?」

「な、なにも言ってないからッ!! じゃあ、あたしが先に出るってことで決まりね」


 彼女が顔を真っ赤にしながら、食器をキッチンへと運ぶ。

 洗い物をはじめたひなたを見ながら、望は首をかしげた。


 その時、彼女がささやくような声でつぶやいた。


「……うん、がんばったと思う。今日のところは、呼び名、だけで充分だよね?」


 だが、望はまったく気づかなかった。



   + + +



終章まで、ほぼ毎日更新の予定です。

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