序章 スターティングコール②
超能力を持つ少年少女たちの青春ストーリー
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生徒会の少女と出会ってから、半年が過ぎた。
高校に進学した風澤望は、『結波中央学園』の入学式を迎えていた。学園長や理事長の話に、何度も眠気に襲われたが、なんとか入学式を乗り切る。
その後、教室に移動し、担任から今後の日程や学園の規則の説明を受け、ようやく本日の日程は終了した。
担任が教室を出ていくと、一斉に周囲が騒がしくなった。
緊張から開放されたクラスメイトたちは、顔見知りに話しかけたり、机につっぷしたり、受信メールの確認をはじめたりと、思い思いの行動をはじめる。
望も、早速、声をかけられた。
「やっと終わったな、望」
振り向くと、校則ギリギリセーフな茶色い頭の少年が、ネクタイを緩めながら笑いかけてきた。
彼の名前は、鳴島隆人。幼稚園からの幼馴染みで、共にアンダーポイントとして育った間柄だ。
能力だけではなく、勉強も同じくらい駄目だったことで、ますます二人は仲良くなってしまった。
同じ結波中央学園に進学し、同じクラスになった。実は、幼稚園からずっと同じクラスだ。
まさかの11年連続同じクラス。これこそ腐れ縁と言うのだろう。席も後ろ前だった。
「入学式って、肩こるよね。なんだか疲れちゃったよ」
「はは、ほんと、そうだな……それにしても、1年C組は、アレだな」
隆人が、含みのある笑みを浮かべた。
「アレ?」
望が聞き返すと、親友は声を潜めた。
「アタリってことだよ」
「アタリ? どう言うこと?」
「わかんねえのかよ……それじゃあ、教室を見回してみろよ」
望が教室を見回す。そこには、真新しい制服を着たクラスメイトたちがいた。
初めて見る顔が、かなり多い。
望が入学した結波中央学園は、強い能力を持つ学生が暮らす学生地区にある高校だ。これまで、アンダーポイント地区で暮らしていた望が、クラスメイトの大半を知らないのはとうぜんだった。
本来なら、アンダーポイントの望や隆人が通うのは、アンダーポイント地区の高校だ。
だが、結波中央学園は「多角的な研究を行うため、様々な力を持つ生徒が、能力値の大小に関わらず在籍しているべきである」という方針のもと。多くのアンダーポイントが通っている。
望たちは、アンダーポイント枠でこの学園に入学してきたのだ。
とはいえ、隆人が口にした、アタリ、とはどう言う意味なのか?
望が首をかしげた。
「おいおい、マジでわからないか? それじゃあ、そうだな。あそこに座っている、一条ひなたを見ろ」
隆人にうながされ、望は少し離れた席に座っている少女に視線をむけた。
黒髪をサイドテールにまとめ、二重瞼の大きな瞳、整った鼻筋と控えめな唇……驚くほどの美少女だ。
(あれ? あの子って)
見覚えのないクラスメイトたちに混じって、見覚えのある少女がいた。
誰だっけ? と思い出そうとしたが、親友がニヤニヤと顔をほころばせながら、「カワイイだろ?」と聞いてきたせいで、望の思考は中断されてしまった。
否定する理由がなかったので、彼女がかわいいことを認める。
「それじゃあ、隣の席の女子はどうだ?」
「あの子もカワイイよね」
「そうだ、ではその隣は?」
「うん、この子も悪くない。普通にカワイイ」
「はい、じゃあ次」
「あの子は、美人って感じだよね……あ」
ようやく、隆人がいわんとしていることに気づいた。
望が顔を向けると、ようやくわかったか愚か者、と書いてある顔で、親友がうなずいた。
「まだ、全クラスを見て回ってないから、断言はできないが、俺のカンが正しければ、今年の新入生はかなりの美少女ぞろいの上、このクラスは特に集中している」
隆人が、真剣な眼差しを望に向けた。
10年以上の付き合いだが、彼がこんな表情をするのは、はじめてかもしれないと望は思った。それほど重大なことなのだろう。
しかし、これだけは言っておきたかった。
「隆人が、担任の話も聞かずに、女の子ばかり見てたのはよくわかった」
皮肉っぽくそう言うと、隆人が間髪入れずに反論する。
「おいおい、ちゃんと姫宮先生の話だって聞いていたぜ。姫宮千花。新任の女教師で、担当は数学。少し子供っぽい話し方をするけど、それも、あのベビーフェイスとあいまって、すげえ可愛い。唯一、残念なのが胸なんだけど……それも、ありっちゃ、アリだしな。そうだろ?」
隆人が、満面の笑みを浮かべた。
「……うん、そうだね」
望は、水を差すのもしのびないと思い、とりあえず親友の言葉に賛同しておいた。
もっとも、望だって立派な男子高校生だ。クラスの女子や担任が美人なのが、うれしいのは同じだった。
そんな二人のもとに、小柄な少年がやってきた。
彼は長い前髪をしていて、伸ばした前髪が顔の半分を覆っている。鼻と口だけしか見えなかったが、ときどき前髪の間から、子供っぽい大きな瞳がのぞく。そんな少年が、きれいなボーイソプラノでたずねた。
「なになに? なんの話をしてるの?」
隆人が、おう、と短く声をかけ、続いて望が話しかける。
「翔太郎も同じクラスかあ、また1年間よろしく」
「うん、ぼくこそ、よろしくね」
少年の名前は、三浦翔太郎。同じ中学校出身のアンダーポイントで、望と隆人の友人だ。
「そういえば熊谷たちは? 奴らも同じクラスだったよな?」
「熊谷? さっき、別のクラスを見てくるって、教室を飛び出していったよ。女の子がどうとか言ってたけど……」
隆人が、ちっ、と軽い舌打ちをした。
「あの野郎……やられた」
そう言って、隆人は悔しそうな顔をした。
望も他の友人たちが、別のクラスを見に行った理由をさっして、苦笑いを浮かべた。
「まったく、友達甲斐のない奴らだぜ。入学初日は、こうやって友情を確かめあうべきだってのに……」
隆人が学生証を取り出した。
彼の手には、縦12センチ、横5センチほどの長方形の黒い塊が握られていた。
学生証は、結波市に暮らす全生徒に支給されている物で、身分証明の他に、携帯電話、電子マネーなど、様々な機能を備えている。高度政令都市で生活する上では、欠かせない物だ。
隆人が学生証の画面に触れると、結波中央学園の校章が映し出される。
続いて画面を操作し、メモリー機能を呼び出した。
「こうして友情を確かめ合った二人だけは、俺の汗と涙の結晶を見せてやるよ」
望と翔太郎が首をかしげたのを見て、隆人は頬をつり上げた。
「お前ら、卒業してから入学式までの間、なにしてた?」
「新しい寮に荷物を移動して、残りは実家に帰っていたけど」
「うん、ぼくも」
「そうだ……もちろん俺も実家に戻っていた。だが、そこで惰眠をむさぼるような、愚かなまねはしなかった」
そこで言葉を区切ると、隆人は声をひそめた。
「実家にいる間、オヤジのパソコンを占領して、エロ画像を収集していたのさ。そのデータ、64GB分が、この中に入っている」
「「!!」」
望と翔太郎が大きく目を開く。
その発想はなかった、という視線が隆人へ向けられた。
二人の反応は、多少、大げさに感じるかもしれない。
だが、学生証はインターネットにアクセスできるが、各種のフィルターがかけられているため、成人向けサイトを閲覧することはできない。さらに高度政令都市では、タバコやアルコール類、成人向け雑誌といったものは、極端に流通が制限されており、それらを学生たちが手にすることは、ほとんどなかった。
そんな環境におかれた男子高校生にとって、64GBのエロ画像がどういう代物であるのか、説明するまでもないだろう。
「2次、2.5次、3次に至る、考えうる様々な画像を集めた。ただ、あまり時間がなかったから、玉石混交になっちまったがな」
「他でもない、隆人の厳選だもん。どれも間違いなんてないはずだよ」
翔太郎が、身を乗り出して訴えた。
小柄だが、彼も立派な男子高校生だと言うことだ。
もちろん、望も同じだ。隆人を見つめると、ゆっくりとうなずく。
「お前ら……よし、さっそく見せてやろう。もちろん、後でデータもやる」
望と翔太郎が、小さな歓声を上げた。
三人が学生証をのぞき込む。彼らが肩を寄せ合い、見つめる画面には、『画像』というシンプルなファイル名が表示されていた。
「いくぞ?」
「うん」
隆人が画面にふれる。
「……あれ? ちょっと読み込みが遅いな……まあ、データ量が多いから……ん?」
見たことのない画面が表示された。
英語で表記されているため、3人にはなんのメッセージなのかわからない。
「なんだ、これ?」
「さあ、なんだろうね?」
「僕も見たことないよ、こんなの」
画面が切り替わり、ファイルが開いた状態になる。
だが、そこに隆人が言うエロ画像は一つもなかった。
「もしかして……消えちゃった?」
「うーん、それっぽいね」
がっかりした様子の望と翔太郎。
だが隆人は、がっかりどころではかかった。この瞬間、彼が数日にわたって注いだ時間と情熱、希望とロマンが、完全に消滅してしまったからだ。
わなわなと体を震わせ、叫ぶ。
「お、俺の五日間がぁああああッ!」
三人は知らなかったが、学生証はウイルス対策として、許可なく外部から持ち込まれたデータを、高度政令都市の中で開こうとした場合、それを強制的に削除するプログラムが入っている。
今回は隆人のエロ画像を、許可なく外部から持ち込まれたデータ、として削除したのだ。
「ウソだろッ! なんでだよッ!」
望と翔太郎がなだめようとしたが、隆人は、そんなバカなッ、こんな事ってありかよ、と叫び散らした。
情熱と希望とロマンを失った彼を、二人があたりさわりのない言葉で慰める。そうするのが精一杯だった。
だが、彼らは騒がしくしすぎた。
ある人物が、隆人の悲痛な叫びを聞いて、腹を立ててしまったのだ。
「ん?」
いつの間にか、望の前に鬼の形相をした少女が立っていた。
一条ひなただ。
「あなたたちッ、さっきから、なにを騒いでいるのッ!!」
ひなたの剣幕で、教室の空気が凍りつく。
だが、彼女はかまわず声を張り上げた。
「もう下校時間よ。騒ぐなら学校を出てからにしてッ!!」
さらに、望をにらみつけ、わかった? と念を押す。
「はい、すみません」
望は思わず、そう返してしまった。
なんで僕だけ怒られたの? と思ったが、言い返したりなんかしたら、さらに怒鳴りつけられそうだったので黙っていた。
と、ひなたが望の顔を見つめる。
「……あなた、どこかで会ったっけ?」
(あ、思い出した。この子って……)
望は思い出した。この美少女は、半年前にアンダーポイント地区で見かけた、生徒会の少女だ。どうりで見覚えがあるはずだ。
「まあ、いいわ……今度からは、周りの迷惑も考えなさいよ」
そう言って、ひなたは望に背を向けた。
「あの……」
望が呼び止めようとしたが、彼女は早足で教室を出ていってしまう。
教室はしーんと静まり返った。
望たちはもとより、他の生徒も、そこで起きたことを理解するのに数秒かかった。
しばらくして、クラスメイトたちが、ぽつり、ぽつりと話を始める。
「噂には聞いてたけど、一条さんってスゴいんだね」
「たしか、執行部やってるんだっけ?」
「あんなのが同級生って、ちょっと憂鬱」
口々に、ひなたの噂話がささやかれた。
隆人や翔太郎も、よく知っているらしい。
「一条さんって、ぼく、聞いたことあるかも」
「そりゃあ、一条ひなた、って言えば超有名人だからな。検挙率ナンバー1で、執行部のエースって呼ばれているんだぜ。もちろん、かなりの能力者で、聞いた話じゃ、十数人の違反者をたった一人でぶちのめしたって……」
親友が噂話に花を咲かせる。
だが、望は噂話に興じることなく、ひなたが出ていったドアをしばらく見つめていた。
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