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プラスチャイルド  作者: textscape
プラスチャイルド①
18/48

第一章 ハイスピードフェアリー⑭

挿絵(By みてみん)



   + + +



「どうしたの一条さん? まだ10分経っていないよ?」

「だから、あたしの負けだって言ったじゃない」


 ひなたは、学生証を拾い上げるとタイマーを止めた。


「そうだけど……」


 望が困惑した顔で見つめてくる。


「なんて顔してんの、バカみたいよ」

「バカ? ……ひどいな。ハハハッ」


 彼がひなたの顔を見て笑った。彼女も笑っていたからだ。


「ねえ、ひとつ聞いてもいい?」

「? ……いいけど」


「あなた、時間を止められるんでしょ?」


 望が目を見開く。その顔が、すべてを物語っていた。

 もっとも、ひなたは彼の能力が時間停止であるとほぼ確信していた。

 そして、望へと突撃した時。彼女は体当たりを避けられて、体育館の壁に激突するはずだった。


 しかし、その体は怪我ひとつ負っていない。


 激突する寸前、目の前の壁が消えて、5メートル以上離れたフェンスの側に立っていた。

 そして隣には、望が立っていた。これは、あの少年がやったのと同じだ。


「あちゃ、バレちゃったかあ」


 彼が頭をかきながら、苦笑いを浮かべた。


「あの……この通りッ」


 望が両手を合わせ、頭を下げた。


「この能力のこと、秘密にしてほしいんだ」


 そう言って上目遣いで、ひなたの顔色をうかがう。


「いいけど、でもどうして? そんな能力を持っているなら……」

「今のまま、アンダーポイントとしいて暮らしたいんだ。一条さんは、ピンとこないだろうけど……今の生活が、すごく大事なんだよ」


 ひなたの脳裏に、教室で騒いでいる望と友人たちの姿が思い浮かぶ。

 彼らは、五人とも、生き生きとした表情で、思い切り笑い合っていた。その言動はともかく、充実しているのだろう。

 もし彼の能力が公になれば、友人との関係が、今のままというわけにはいかない。

 時間停止は、あまりに強力な能力だ。研究のため、数年はセントラルのある研究地区で暮らすことになるだろう。望は、それが嫌なのだ。


 なんとなく、ひなたは相手の気持ちがわかった──その昔、能力によって、友人と会えなくなった経験があったから。


「わかった。内緒にしておく」

「本当に? よかったあ。ありがとう、一条さんッ」


 望が、満面の笑みを浮かべる。

 今にも飛びついてきそうな喜びようだった。


「それじゃあ、帰るわ。さようなら」


 鞄を拾い上げると、彼に背を向け歩き出した。


「さようなら。明日は休みだから、また来週ね」


 ひなたが振り向くと、望が笑顔で手を振ってきた。

 同じように手を振るのは、慣れ慣れしい気がしたから、背を向けたまま、軽く右手を挙げるだけにする。


 あとは、振り返らずにその場を去った。



   + + +



 ひなたは、学園を出ると脇目もふらずに女子寮へと帰った。

 その様子は、なにかから逃げているかのようだった。

 女子寮につくと、ロビーで知り合いに声をかけらたが、短い挨拶だけで切り上げ、自分の部屋へと急いだ。


 部屋の前につくと、勢いよくドアを開けて中に入る。

 そしてひなたは、ドアにもたれかかってうつむいた。

 ドンと大きな音がした。鞄を、床に落としてしまったのだ。

 さらに彼女の手が、小さく震えている。


「ま、まさか……ね?」


 声まで震えていた。


 ハッとしたように顔を上げると、鞄から学生証を取り出す。

 震える指先で画面を操作し、念のため保存していた望のデータを呼び出した。

 能力値や中学生時代の成績、出身校といった情報が映し出されるが、知りたいのはそんなことではない。

 指を画面上で滑らせながら、目的の情報を探す。


 あった。実家の住所。


「ギャーァア!!」


 思わず、ひなたは学生証をベッドに投げつけた。

 頭をかきむしり、鞄を蹴りとばす。壁にぶつかった鞄は、中に入っている警棒のせいで物凄い音がした。


「うそ、うそ、ウソでしょッ!?」


 ベッドにかけより、学生証を拾い上げる。

 食い入るように、その画面を見つめた。


「あーッ、間違いないよお、ここ、昔住んでたぁあ」


 そのままベッドに倒れ込み、ひなたは右に左に転がった。


「ってことはさあ、やっぱり、そう言うことだよねえ。あいつが、あいつが……」


 枕を抱えて天井を見上げる。

 別れ際に見た、望の笑顔が頭に浮かんだ。その顔が少年の顔と重なる。同じだ。二人の顔にはいくつも共通点があった。

 あれほど思い出せなかった少年の顔が、今ははっきりと思い出せる。


「もおーッ、アンダーポイントじゃ、探しても見つかんないよ」


 不意に、最後の決闘で見せた真剣な表情を思い出した。

 いつもは見せない真面目な表情。そんな望が自分を見つめている。


「わッ、うわああッ!!」


 とっさに顔を枕に埋めた。

 顔が赤くなり、耳まで真っ赤だった。心臓が、バクバクと音をたてて打ち鳴らされている。


「明日は休みだからいいけど。来週からどんな顔して会えばいいの? はあ? 会う? 無理無理ムリムリ……っていうか、同じクラス? あ、ありえないんですけどッ!!」


 奇声を発しながらベッドの上でもがく。


「でも、今日のあいつ、なんか優しかったよね? 笑ったりして楽しそうだったし、何度もあたしに『すごい』って言ってたし、それに最後は、手を振ってたし……」


 体を小さく丸めて、放課後の時間に思いをめぐらせる。

 ひなたが、ブツブツと独り言をつぶやいていると、部屋のドアがノックされた。


「一条さん、どうかしたんですか?」


 ドアの向こうから呼びかけられた。

 さっきから大きな物音を立てたり、奇声を発していたのが原因だろう。

 心配した隣人が、やってきてしまった。

 しかし、今のひなたは、そんなことを気にしている余裕などなかった。


「キャーッ!!」


 絶叫。直後に枕を放り投げた。


「まずい、まずい、まずいよ。土下座とかさせてんじゃんッ!! 絶対ムカつかれてる。絶対、性格悪いとか思われてるッ!!」


 ベッドから転げ落ちたが、気にせず床の上でジタバタと手足を振り回した。

 そのため、ものすごい音と「うわあ」「だあッ」「あーッ」などの奇声は、部屋の外までもれていた。


「今、すごい音したよね?」

「一条さんの部屋みたいなんだけど……」

「どうしたんだろう?」

「ねえねえ、どうしたの? みんな、集まって」

「うん、なんか一条さんの部屋から……ほら、聞こえたでしょ?」

「一条さんの声、だよね?」

「たぶん」


 その時、また大きな音がした。

 ひなたが、頭をイスにぶつけてしまったのだ。その音とイスが倒れる音が響く。


 隣人たちが、ドアの向こうから呼びかけてきた。


「一条さん、大丈夫ですか?」

「だれか呼ぶ? その方がいいなら、寮長呼んでくるよ?」


 だが心配する彼女たちの言葉が、ひなたの耳に届くことはなかった。

 また大きな物音と、ひなたの絶叫がこだまする。


「嫌ぁああああッ!!」



   + + +



終章まで、ほぼ毎日更新の予定です。

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