第一章 ハイスピードフェアリー⑫
超能力を持つ、少年少女たちの青春ストーリー
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その日、ひなたは生徒会の任務を終えると、ある場所へと足を運んだ。
生徒会本部ビルの一角。そこは『分析班』の部署にあたるため、『第1』に所属しているひなたは、あまり立ち入らない場所だった。
彼女がスチール製のドアの前に立ち止まった。
ドアには、『生徒会 情報分析班 資料室』と記されたプレートが貼り付けられていた。
「失礼します」
中に入ると、真っ先に上下二段に分かれた六つのディスプレイが視界に飛び込んできた。六つの画面、それぞれに、様々な情報が映し出されている。
そのディスプレイの前に、一人の女性が座っていた。
ひなたからは、女性の後ろ姿しか見えなかったが、結波中央学園の制服と腰まである長い黒髪、スレンダーな体型を見て、目的の人物だとわかった。
「葉澄先輩」
ひなたが呼びかけると、その女性がゆっくりと振り返った。
切れ長の目に、燐とした鼻筋、透き通るような白い肌。
ひなたと比べると、ずいぶんと大人っぽい雰囲気の女性だった。
情報分析班の班長を勤める、葉澄コウだ。
「あら、一条さんが、ここに来るなんて珍しいわね。上坂さんなら、もう帰ったわよ」
「いえ、今回は葉澄先輩にようがあってきました」
「まあ、かわいい後輩に、頼りにされるのはうれしいわ。どうぞ、こちらに座って」
葉澄が、隣のイスを引く。
ひなたは床を這う無数のケーブルに気をつけながら、彼女の方へと進んでいった。
イスに腰掛けると、タイミングよく、ティーカップを差し出された。紅茶の香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。
「ありがとうございます」
ティーカップを受け取ると、一口だけ口に含んでテーブルにもどす。
「それじゃあ、話を聞こうかしら」
葉澄も自分のティーカップに紅茶を注ぎ、ひなたと向き合った。
「超能力について、お聞きしたいことがあるんです。葉澄先輩なら、あたしの質問に答えてくれるかな、と思って」
葉澄の知識量は、超能力研究の専門家と同等か、それ上だと言われている。
それだけ博識でなければ、現場の指令塔をつとめたり、剛山に作戦を提案できないからだ。
「『存在しない能力はない』という言葉を、聞いたことありますか?」
「たしかエレヴィン・アダムスの言葉ね。その後に、先入観やこれまでの常識にとらわれた状態で研究をしてはならない、と続くんだったかしら?」
ほとんど即答だった。思いだそうとした、素振りもない。
そんな葉澄を見て、ひなたは、ますます頼もしくなった。
おかげで、このバカバカしい考えを思い切って、打ち明けられる。
「もし、そうだとしたら……例えば『時を止める能力』は実在すると思いますか?」
時を止める能力。
実は、何年も前に、そんな能力があるかもしれないと、考えてたことがあった。
きっかけは、幼稚園の頃に出会った少年だ。
彼の使っていた能力は、なんだったのか? かつて、それを真剣に考えた時期があった。
名前も知らない少年を捜し出すためには、その能力を突き止めるのが、手っとり早いと思ったのだ。あんな芸当ができる能力者だ。そうそういるはずがない。能力さえわかれば、特定は簡単なはずだと思った。
そう考えて、暇さえあれば、あの能力について考えていた。
ちょうど、小学校に通っていた頃だ。
しかし、中学生になると、そんなことを考えなくなった。少年の記憶が、思い出になってしまったことと、自分のような子供に、あの能力を解き明かせるとは、思えなくなったからだ。
しかし望と出会い、香代の『存在しない能力はない』という発言で、思い出した。
小学生の自分が考えた、数々の能力。
ほとんどバカバカしい思いつき、だったが、その中にあったのだ。時を止める、という能力が。
もしも望が時を止められるなら、どんなにひなたが早く動いても、攻撃などあたるはずがない。それに、時を止める能力は、既存の能力検査に引っかからないはずだ。
時を止めてしまえば、それを計測する計器も止まってしまう。
計器が反応しなければ、数値として出てこないはずだ。だからアンダーポイント。
とはいえ、ここまで考えてみたが、自分の予想に自信が持てない。だから、葉澄の意見を聞きたかったのだ。
ひなたが、固唾を呑んで相手を見つめる。
葉澄は、うーん、少し考えるような仕草をし……。
「そういう能力が、あってもおかしくないわ」
あっさり、答えた。
「もし、時間を止める能力が実在し、その能力が、今まで一度でも使われたことがあるとするなら、それは宇宙規模のとんでもない能力ってことになるわね」
葉澄は、時間停止能力の存在に研究者たちが気づいていないこと、時間が停止した痕跡が地球上で確認されていないこと、さらにその痕跡は天体観測でも確認されていないことから、時間停止能力が実在するなら、その能力は宇宙全体の時間を止めるような、これまでに類をみない、絶大な規模と影響力を持つことになると説明した。
「スターティングコール以上だわ。影響力は、それをはるかに凌駕している。常識的に考えて、そんな能力が存在するなんてありえない……でも『存在しない能力はない』」
ひなたが、眉をひそめる。葉澄の言葉は、まるでなぞかけだった。
「フフッ、日本における最重要能力者・織戸神那子の能力は、ご存じ?」
その名前は有名だ。そして能力も。
もちろん、ひなたも知っていた。
「複製能力ですよね?」
「そう、瞬時に、このティーカップを紅茶ごと、もう一つ複製できる。ティーカップの形や絵柄はおろか、紅茶の味すら正確にコピーできる。わざわざ紅茶を入れ直さなくてもいいのは、便利ね」
葉澄が、笑みを浮かべた。
「でも彼女の能力に、世界が関心を寄せるのは、便利だからじゃない。その能力が、質量保存の法則やエネルギー保存の法則を無視しているからよ」
「聞いたことがあります。彼女の能力が公になったとき、世界中で騒ぎになったって」
「公開されているデータでは、彼女の複製能力は海水を50万トン以上複製できるとされているけど、それは50万トン以上計測できなかったからよ。理論上は、無限に複製できる……もしそうなら彼女は、全宇宙を海水で満たすことができる、かもしれない」
「!!」
葉澄の発言に、ひなたは驚愕した。
全宇宙を海水で満たす、とまではいかなくても、地球上の海水を倍にして、陸地を水没させたら……その被害は、想像もできない。
織戸神那子が、それほど桁外れな能力者だとは、考えたことがなかった。
「存在が確認されているものでさえ、それほどの能力があるんだから、一条さんの、時を止める能力があっても不思議じゃない、と私は思うわ」
そう言って葉澄は、ティーカップに口をつけた。
ひなたも、それをマネるように紅茶を飲む。
(間違いない、あいつの能力は……)
葉澄の説明で確信した。望の能力は時を止める能力だ。
それなら全て説明がつく。どんなに高速移動を上手く扱えたとしても相手が時を止められるのなら触れることすらできない。
もっとも、確信とはいえ、全ては直感でしかない。だが、ひなたには、それで充分だった。
「ありがとうございます、葉澄先輩。すごく参考になりました」
残りの紅茶をグイッと飲み干す。
「ごちそうさまでした」
礼を言い、イスから立ち上がった。
「どういたしまして。私も息抜きができて、よかったわ。でも、次は女の子らしい会話を、一条さんとしてみたいわね」
「そうですね。近いうちに、ぜひ」
「期待してるわ」
葉澄が目を細めた。その表情や仕草は、上品で大人びている。口に出したことはないが、葉澄はひなたが憧れている人物の一人だ。
綺麗で頭も良く、大人っぽい。一緒にいると、もう少し先輩のようになれたらなあ、とよく考えた。
「それじゃあ、失礼します」
ひなたが、資料室のドアへと向かった。退室の際に、もう一度、頭を下げると、葉澄が小さく手を挙げて応える。
彼女が退室すると、資料室に残った葉澄は、六つのディスプレイに向き合った。
「素直でいい子、少しうらやましいわ……本当に」
そうつぶやいくと、先ほど、ひなたに見せた笑みとは違う笑みを浮かべた。
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終章まで、毎日更新します。