駄菓子屋女と幽霊猫
「はー。どーして、こーなった。のかな」
店先でうンまい棒をばりばり咀嚼しつつ、ため息と悔恨の言葉を一緒に吐息。
ここは駄菓子屋。
売り物のはずのうンまい棒を憂鬱な顔で頬張る店主は、叶田遥(二十三歳)。
季節は梅雨真っ盛りの雨盛り。今も、店先のトタンから、雨だれが落ちている。
しとしと、ぽたぽた、などという湿っぽくも優しいものじゃない。
ドダダダダダダダダダダタァ、というフルオートな轟音だ。
だが、今、というか最近、客足がゼロなのは梅雨のせいではないのだ。
「PTAによる弾圧は、漫画の世界の中だけでは無かったのデスね」
そう、この閑散とした現状は人為的な物だった。
死んだ祖母が就職難民になった孫に残した遺産、それがこの駄菓子屋だった。
その駄菓子屋の二代目店主の座に着いて、今が半年なので、四ヶ月目くらいの事か。
それまでは、近所や通学で通りかかる子供達と楽しく、健全にやっていた。
だが、ある日、突然やってきたオバ様方の集団によって、その平穏は終わりを迎える。
彼女達曰く、
ーーこの店で買い食いをしたせいで、町内における子供達の「夕食を完食しない」率が跳ね上がった。
ーーこの店のクジの公正さには疑問の余地がある。なぜなら、家の子が四等しか当たらないからだ。
ーーこの店で売買されるあらゆる物品が、盗難騒動を起こし、子供達の間で疑心暗鬼を起こし、友情を破壊している。
……などなど。
他にも、あげればキリがないが、買い食い問題を除けば、どれも言いがかりとしか言えない理由で、駄菓子屋の閉店と立ち退きを迫られた。
その場に居合わせたご近所さんのおかげもあり、「その時」は事なきを得た。
だが、その後の地道なビラ配り、来店する子供の摘発によって、容認あるいは無関心派の子供達まで怯え、やがて客足がまばらになり。
「ふふふ……。ついに、十日間来客数ゼロを達成ですよ」
店舗スペースの奥、定番通りにテレビとコタツを置いて見た部屋に飾られた、紫陽花とカタツムリが書かれたカレンダーには赤丸が十個連続で並ぶ事になった。
赤丸が意味するのは、零だ。
梅雨も重なり、売れない商品の期限がいよいよマズイ。
「もう、お店やめて資格でも取ろうかな」
ーーその前にPTAの役員の人の所に、ありったけの売れ残り花火を仕掛けて、ファイヤしようか。
など、脳内でターバンを被った髭の伯父様が演説を始め、物騒な報復警戒を立て始めた所だった。
「カナハルーー! おい、カナハルいるのかー!」
「カナハルねーちゃん。入って、いい?」
店先に二人の子供が姿を見せた。
栗色の髪の男の子と、今時お下げ髪の女の子だ。
兄妹で、ハヤトとサユキ。未だに店に来てくれる、数少ない子供だ。
両親も駄菓子屋容認派なので、余計な気苦労もいらない。
「ううぅ。ハヤトとさっちゃん。久しぶりじゃないデスか」
「おう! 久しぶりだー! で、何で泣いてんだ?」
「いえ、もし二人のがこのタイミングで来てくれなかったら、お姉さんテロリストになってたかもしれないだけデス」
「そ、そうか。駄菓子屋もタイヘンなんだな」
明らかにハヤトはヒイた様子だ。サユキは、まだテロリストの意味がわからないのか、勝手に駄菓子を物色し始めている。
二人のランドセルは、店内に置かれた赤い某炭酸飲料のロゴが書かれたベンチに置かれている。
「ゆっくりしてってください! 今、お番茶入れますねー」
奥の台所に猛スピードで駆け込もうとした。
だが、その足はハヤトの次の一言で止まった。
「お茶なんていらねーよ。それよりさ……」
なぜか、ハヤトがそこで言葉を濁した。
「牛乳、ある?」
その瞬間、猛烈に嫌な予感がした。
小学生+雨の日+牛乳=
「……まず、お父さんとお母さんとよく話合った上で、対処してくだサイ」
心を鬼にして、元いた場所に帰して来なさい、と言えたらどんなに楽だろう。
「んだよ! まだ、何も言ってねーだろ」
「それと、人間の牛乳だとお腹壊して大変な事になりマスよ」
「え……? 猫って拾ったら牛乳飲ませるんじゃねーの?」
「なるほど、拾ったのはニャンコデスか……」
しまった、という風にハヤトが両手で口を塞いだ。
「その……。捨てられて、雨に震えるニャンコを見捨てては置けない。君たち兄弟の優しさは、お姉さん本当に素晴らしいと思いマス。しかし、ココは一応駄菓子屋。食品も扱ってるお店でして……」
「その事ならば、心配はいらない」
遥の言葉を遮ったのは、鼓膜に響いて染み渡るようた低い、中年男性の声だった。
「はぁ、そう言われてもデスね……。って……。ええ!?」
ベンチに放り出された、赤いランドセルから猫がすり抜けて来たのは、その時だった。
見事な灰色のアメショ模様。体格も、がっしりした成猫だ。
そのアメショが、ランドセルの側面を文字通り、すり抜けて出て来たのだ。
「小生、既に死んで実体など無い故、毛やノミダニで食品を汚染する事は無い。ただ、少しばかり人恋しいなったので、そこの兄妹に声をかけてみた所、ここに案内された」
アメショは、例の中年男性の声でそれだけの事を説話してみせた。
「は、はぁ……」
「そー言う事だっ!」
「猫さん、寂しいんだって。おねーちゃんも、こないだ寂しいって言ってたから丁度いいと思って」
君たちは、猫が喋る事に疑問を持たなかったのか。純真無垢。なのだろうか? これは……。
遥は、情けないが、呆気にとられて頷くしかない。
「しばらく、世話になってもよろしいかね?」
「は、はいっ! ど、どうぞ! ごゆるりとー!」
気がつけば、畳の上で正座し、猫相手に、まるで旅館の女将のように、三つ指を揃えて頭を下げていた。
その遥を興味深そうにしばらく眺め、それからこう言った。
「では、まず。裂きイカでも貰おうか」
お婆ちゃん。
この店の小さな常連が今日、とんでもない物を連れて来ました。
でも、おかげで当分は一人でうンまい棒を齧らなくても済みそうです。
私の隣では、幽霊の猫が、どうやってかは知らないけど裂きイカを食べているからです。






