ドナドナ事件(6)
今回から、少々お話が長くなっています。
信じられない…。
一体何が起こったのか、目の前で起こった事なのに、しばしの間理解が追いつかず呆然としてしまった。
二つの魔法を駆使して、内情を探りに行こうとしたフルーラ。
鉄格子の扉の前に立ち、一度みなの方を振り返って、安心させる微笑みを浮かべた。
二枚の魔術符を重ねるように持ち、騎士団らしい鋭い目つきで。
【発動】
と、呟いた瞬間。
ボロボロと残酷なまでに、魔術符が灰となって消えた。
フルーラの右手の中で小さく炎が上がり、魔術符は消えた。まるでこの牢獄から逃げることを阻むかのような意思すら見て取れる炎。
呆然と掌を見つめるフルーラと、そのフルーラを見つめ、何が起きたのか理解が出来ない子ども達&リッツ。
「嘘…どうして…」
信じられないわ!と叫び出しそうなフルーラだったが、それを何とか抑え予備の魔術符を取り出す。
「フルーラ!待って!」
「リーファ?どうして?」
「さっきの見たでしょう?魔法が妨害されていたでしょう?」
「妨害…?私が詠唱を間違えたからじゃなくて?」
「違う。この空間では殆どの魔法が使え無いの!」
その言葉に、初めてフルーラの顔色が曇る。
「何で…」
何で魔法が使え無いの?
何でそんな大掛かりな妨害を?
何で…そんな事が分かるの?
フルーラの呟いた台詞の言外の意味を感じとり、フルーラとリッツを、先程子ども達と発見した見慣れない文様…否、魔法陣を見せる。
「これ、見たことある?」
二人に尋ねると、二人とも首を振った。
「これは、禁止の魔法陣」
扉の下にある魔法陣で、空間を指定する。
この場合の空間とは、牢獄内すべてのこと。その後は、その空間内に特定の魔法を禁止する魔法陣を描いていけば…。一つの魔法陣に色々書き込んでは、魔法の失敗率が高くなる。だから、まずは先行する魔法陣を指定し、その魔法陣がたくさんの魔法陣に指示を与えるピラミッド方式にする。そうして、この牢獄内には、たくさんの魔法陣ができあがった。
つまり、あまりにもたくさんの魔法が使えなくなっているということ。
「さっき見つけただけで、転位・変化・攻撃・伝達系統は無理ね」
姿を相手から見えなくしたり、身体を小さくする魔法は変化に属するから、その魔法に反応して魔術符が燃えたということだった。
「ちょっと待って…!それじゃあ此処から出られ無いんじゃ…」
悲鳴のような声音。
改めて突き付けられた現実に、みなの顔色が変わる。
攻撃魔法で牢屋を破壊することも、外に助けを呼ぶことも叶わないと言われたのだ。
「ううん。出られるよ。その為に、二人の手を貸して欲しいんだけど、どう?」
「もちろんよ!」
「当然!だけど…何すんの?」
「もちろん、当初からの作戦が変わると思う。でも、できるだけそっちの作戦に合わせたいから…教えてもらえる?」
顔を見合わせる二人。
私が間諜である可能性を探っているのだろう。
しばし思案した後に、ゆっくりと二人は頷いた。
「この町がこれ程までに腐敗しているのに、騎士団はもちろん王国軍が手を出せなかったのは、結界のせいなの」
この町には、とても強力な結界が張られていた。それこそ、王国の魔術師が束になっても解けないものだった。
では、何故そんな結界の中の町に人がいるのか。
答えは簡単、外からは開けられないが、中からは開けられるという仕組みだからだ。
元々住んでいた人たちが招きいれるならば、この結界はいとも容易く入れる。その仕組みに気付いた誰かがいて、それを悪用しようとした誰かがいた。
それだけのことだったのだ。
リッツとフルーラの使命は、奴隷に成りすましてこの結界内に侵入し、王国軍を招きいれること。この結界のからくりに軍側が気付いたのが数年前だというのだから、情けない話ではあるけれど。
「私たちが得ていたのはその情報だけ。中のことはわからなかったから、こんな牢屋があるなんて、知らなかったわ」
「この牢屋は、この町がケイオスと呼ばれるようになったことにできたものだろうな」
この牢屋の魔法陣をぐるりと見渡し、随分と力のあるものが作ったのだなと感心する。
それと同時に、自分が故郷の町を守る為に作り残した結界が、そんな風に悪用されたことがとても悲しく腹立たしかった。
絶対に、この結界だけは破壊しなければならない。
そして、誰が作ったのか知らないが、この牢屋の結界を破壊しなければならないとも強く思った。
「話は分かったわ。掌を出してくれる?今から、二人の掌に魔法陣を描きます。ちょっとだけ発動時に痛みを伴うから我慢してね」
不思議そうな顔をして、片手づつ出す二人。
まずはリッツから、と手をとる。
そばにあった鉄格子の扉の金具がめくれて尖った部分に自分の指を刺す。小さな切り傷ができて、皮膚の下から血がプクリと溢れツゥと流れる。
その様子を見て、フルーラとリッツが慌てるが、そんな二人を制止する。
「他人の血でなんて、ちょっと気持ち悪いかもしれないけれど…」
一言だけ断りをいれ、親指から流れ出た血を使って、すばやくリッツの掌に魔法陣を描く。
驚いて固まっているリッツの手を離し、今度はフルーラの手をとる。
「嘘…。こんな…血で…魔方陣…?」
困惑したままの二人。成り行きをただじっと見守る子ども達。
危ないから、子ども達は壁際に行ってと指示を出す。
「それよりも!魔法は禁止なんだろ!?」
「そう。そこら中にある魔法陣で禁止されている魔法はね」
「つまり…禁止されていない魔法を使うの?そんなの…役に立つの?」
「もちろん。ただ、ちょっと消費量が半端なくてね。私の魔力だけじゃ足りないから、二人から借りるね」
サラッとなんだか恐ろしいことを言う。
フルーラの顔が、引きつったまま固まった。
【我が声に応え… 召しませ アイオン!】
石を積み上げ作られた冷たく無機質な空間の、中央に立つ一人の少女。
その少女を中心に、静かで、しかし全てを容赦なく飲み込む光が爆発的に溢れた。
音すらも飲み込む真っ白な光は、しかし、牢獄の外へは漏れていかない。
騎士団所属の二人も、壁際に下がっていた子ども達も、目を瞑ってもまぶたの向こう側から刺すような光に顔を手で覆う。
そのお陰か。召還魔法を発動した瞬間の、リーファの瞳が鮮やかで強き意志をもつ炎の色に変わっていたことは、誰も知らない。
数秒の後に、恐ろしさを感じる程の光が、収束していく。
全ての光がどこかへ消えたのを確認しつつ、まだクラクラする感覚に叱咤して瞳を開ける。
眼前がチカチカしているのは、恐らく気のせいではないが。
「きゃぁあ~~~!!リーちゃ~~~ん~~~!!会いたかったの~~~」
つい先程までの、あの緊迫した雰囲気を全く無視して、幼い少女の甲高い声が響く。
不思議な面持ちでその声の主を探すと、その声は部屋の中央に立つ黒髪の少女にしがみ付いていた。
「ちょっと…離れようか、アイオン」
「やぁだぁ~!しっかも~、アイって呼んでよ~!可愛くないの~その名前~」
リーファの顔を覆うように、まるで懐きまくって飼い主大好き!!な猫の如くリーファにすりよる、齢六歳程の幼女。
艶やかで、銀糸かと見まごうような長いプラチナブロンドを頭の高い位置でツインテールにして、不思議な服を着ている。
ヒラヒラした装飾は、まるで天女のそれのよう。
「離れて、アイ」
「え~~!だって~リーファと会えるの~にひゃっ」
二百年ぶりなんだよ~?と可愛らしく甘えるはずが、そのリーファに顔面を鷲掴みにされてその次の言葉が出ない。
空いていた手で、今度はアイのツインテールを鷲掴めば、頼りなくプラプラと宙に浮く幼女。
その顔は、明らかに現状に対する不満を物語っている。
「その続きを言ったら、どうなるか分かってるよね?」
「え~?どうな」
「二度と呼ばない」
「やだー!!アイだってこっちに来たいのーー!!あっちつまんないのーー!!」
「じゃぁ、約束して」
「はぁーい」
私は良い子、とでも言うようにしっかりと右手を挙げて返事をする。
そこまできてやっと、アイは地面に足をつけることができた。
「ねぇ…リーファ。きちんとした説明を貰える?」
「あ…あぁ、そうね。この子はアイ。私が呼んだの」
えへ☆と可愛らしく笑う幼女を皆がまじまじと見る。
この…ちょっとアホ…いやいや、少しお転婆っぽい小さな女の子を?いやしかし、さっきの召喚で出てきたのだし…。いやそもそも、召喚魔法なんて、今時…宮廷の魔術師たちでも簡単にはできないものを、今この少女は魔法陣無しで簡単な詠唱のみでやってのけたよね?大体さ、他人から魔力借りるなんて芸当、出来る奴が存在したわけ?血で魔方陣を描くなんて…、古代魔術師じゃないんだから…ってか、英雄様並みの魔力持ってる?いや…魔力はそんなに無いな…リッツよりちょっと多いくらいで…。
えぇ?何これ…混乱してきた…、と頭を抱えるフルーラ。
その胸中にはとめどなく溢れる疑問の山。
「さて、作戦会議を始めますか」
そんな、混乱するフルーラをそのままに、リーファは横に立つアイの頭をポンポンと撫でる。
登場の仕方があまりにも派手であったが、ニコニコと笑っているアイに子ども達は無害なものであると判断したのか近くに寄ってくる。
例え小さな子ども達といえども、厳しい環境・辛い生活を強いられてきた彼らには生きる知恵というものが備わる。
害あるものか否か、を判断できなければ…死に繋がるからだ。
そんな勘とも呼べる感覚が、アイは無害だと大丈夫だと言っている…らしかった。
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ちょっとの事でも嬉しいので、今は全力でマラカス持って踊りだしてしまいそうです。今後も頑張っていきたいと思いますので宜しくお願いします。