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始動

受付の女性の、放心したような表情と声音に嫌な予感がする。


「と…トリオ!?」

「なっ!?」


デュオにしろとあれ程!と今更あの少年に怒っても仕方ない。受付の女性の悲鳴に、イリとアニーが寄ってきて、書類を見たイリが再び驚きの声をあげる。


「水と風と火ぃ〜!?」

「うそっ」


その属性はなんだ…と言いたい。とっても。付け加えるならば治癒か補助で良かったのに。


「すごいわ。15歳でこんな…。あのハロル様でも3属性を身につけられたのは20を過ぎた時だったのに」


ハロル様、とは世界最高の魔導士のことである。4属性と補助、つまり5タイプを持つ方である。アニーから教わった。

9タイプマスターなんて知られたら大変な事になるな…いや、既に召喚術もバレてるし。

今は別の要因が絡んでいるが、ノワールだって常に実体を持っているのは、永続型魔術だからだ。


「すごいわねリーファちゃん。有史以来の快挙じゃない?もう貴女が英雄様でいいわぁ」


イリの言葉に、アニーも盛り上がる。

いいわぁというか本人だとは絶対に言えない。

軽く騒ぎになったが、何とか通常通りに説明をしてもらい、依頼の受け方を教わる。

木製の掲示板の前で気になる依頼を選ぶ。その紙を受付まで持って行き、ギルド員の証である腕輪に情報を入力する。これでいつでも依頼内容が確認できる。

永続型の魔法であれば、紙を異空間にしまっておくことも可能であるが、こういった機械的な技術が発展したからいらなくなったんだろうなと感じた。

リーファの腕には、エズから貰ったものとギルドのものが共にある。大切な人から貰ったもの。大切な人が薦めてくれた生き方の証。腕をもがれようとも離すまいと決めた。




「それで…これからどうされるおつもりで?」

「解呪?」


ギルドに入ることが目的であって、リーファの中にこれといって具体的な目標は無かった。エズが言ったように、自由は最高だと感じたかった事、ギルドに入りやりたい事をやれという言葉の意味を知りたかった事。ノワールに聞かれた所で、疑問形になってしまう。

「まずは、アニーの呪いを解きたい」

「呪いを解けば、有名になります。そうなればまた…」


英雄として祭り上げられ、リーファの意志は失われてしまう。もう二度とあんな思いはさせたくないと言うのに。


「人を殺す事は無いわ。少なくとも呪いを解いている限りね」


だから平気と伝えたかったのか。リーファは曖昧に微笑む。


「ノワールは、吟遊詩人を続けたい?」

「まさか!」


ずっと側にいると言ったのに。腕輪との契約で魂の質こそ下がってはいるが、こうして実体化は可能だ。


「泣き言言うの、申し訳無いなぁって」


大人びていたって、どんなに強くたって。リーファはまだ15年程しか生きていない。子供だと言うのを忘れさせてしまうのは、彼女の人生を知っているからか、彼女の人生がそうさせてしまったのか。


「ありがとうノワール。心強いわ」

「エズ様の約束だけではありません。私の意志で、お側に居たいのですから」


その言葉を、リーファは曖昧な微笑みで受け止めた。

それからすぐに掲示板に手を伸ばし、ちぎりとったのは依頼の書かれた紙。


“呪いを解いて!”


たどたどしい文字で書かれたそれを手にし、鋭い目付きになる。呪いの内容は、声を奪われた事。

依頼を出したのは少年か少女か、まだ幼い子供のようだ。


一つ深呼吸をして、その紙を受付に持っていく。処理は機械がやるようだった。受付横に設置された機械に、依頼の受理ナンバーを入力し、腕輪を置く。


ピピッ


軽い電子音がして、機械のランプが青から赤へと変わった。


「これで、完了のようね」

「早速向かわれるのですか?」

「えぇ。だって、この子の依頼、一ヶ月前だもの。もしかしたら、手遅れになっているかもしれない。早いほうがいいでしょ?」


肩をすくめて、スタスタと出口へ向かうリーファを、ノワールは必死で追いかけた。







カランカラン


鈍いベルの音が鳴り、来客を店の人に伝える。

しかし、いつまで経っても誰も出てこない。


「すいませーん」


リーファの声が、誰もいない、薄暗い店内に響き渡る。

手遅れだったか・・・?とリーファが舌打ちしたとき、ガタリと店の奥・・・階段の向こうから音がして。


「・・・だ・・・だれ・・・?」


怯えた瞳の、十歳くらいの少女が現れた。

顔色は悪いが、栄養面では問題ないようだし、衣服も地味ではあるがボロボロというわけではない。

誰か彼女を世話する人がいるようだ。

依頼人らしき人物の無事を確認してホッとため息をつく。


「あなたがセシルちゃんかしら?」

「え・・・え?だ・・・だれ!」

「怖がらないで。ギルドの依頼を見て来たの。困っていることがあるんでしょう?」


此処に来た目的を話すと、少女の目が驚愕へ、そして希望を混ぜた不思議な表情に変わる。


店内の隅にある、机と椅子に腰掛ける。

十歳の少女が、たどたどしくもお茶を入れてくれた。かたや十歳の少女、かたや十五歳の少女。

今は、セシルが椅子に座り、リーファは店内をキョロキョロと見て回っている。

ノワールは店の入り口で警備員よろしく立たされていた。


「で?呪いっていうのは?」

「あ・・・あの・・・私の家・・・雑貨屋さんだったの」


店内に置かれたディスプレイの中も、展示机の上も何もかもに布がかぶせられている。

壁に掛けられた装飾品や店内のデザインを見ても、若い女性に人気があったであろう可愛らしい雑貨屋が・・・イメージできる。


「そうみたいね。布がかけてあるのは?」

「今は・・・お休みだから・・・」

「ふぅん・・・。あ、これは?」


店内の布をチラチラと捲りながら、品物を見ていたリーファの手が止まる。

キラキラした宝石の欠片をふんだんに使った、蝶の模様の髪飾り。

普段使いじゃなくて、晴れ舞台か何かで使ってもいいんじゃないかと思える精巧な作りだ。


「あ。それ・・・お母さんが作ったやつで・・・綺麗・・・でしょ?私もすっごく気に入ってて・・・」

「他のに比べてちょっと高いね」

「うん・・・それ作るのに時間かかったーってお母さんが。でも、すっごく気に入ってるの、それ。良い出来だーって」


そう言って、切なそうに笑う。

レジのすぐ近くに飾られていた髪飾りの上に、丁寧に布をかぶせ、リーファは改めてセシルと向かいあって座る。


「お母さんが、ある時出かけていって。帰ってきたら体調悪いって言って、寝ちゃって。次の日から・・・声が出なくなって」

「その後は?」

「最初は、声が出ないだけで。お店も、なんとかできてたの。お父さんも一緒にやってたし。でも、段々目が見えなくなって。耳が聞こえなくなって」

「今は?」

「もう・・・もう・・・起きられないの。寝てるだけなの。お医者様も、原因分かんないって・・・たぶん呪いじゃないかって」

「呪い・・・」

「呪いは、ずっと昔の魔法で。騎士様に聞いても分からないって・・・。最近流行ってるけど・・・どうしようも無いって」

「だから、ギルドに依頼を?」


少女の目には、いっぱいの涙。

次から次へと溢れてくるそれが、ポタポタと埃つもった机に落ちていく。

段々弱っていく母を、何も出来ずに見るだけというのが、十歳の少女には何と酷であったことか。


「ギルドは・・・たくさんお金を取られるから、ダメだってお父さんが言ったんだけど。騎士様が、もしかしたらギルドの登録者の中に呪いが解ける人がいるかもしれないって。もし、その人が無理やりお金を取ろうとしたなら、騎士様に言えば助けてくれるって・・・」

「セシルちゃん」


ガタリ、と大きな音を立てて立ち上がれば、ビクッと震える少女。


「呪いを解くのは、正直かなり疲れるし大変なの。その人がお金を欲しいと言ったら、あなたはあげなきゃいけないわ。だってお母さんを助けてくれた人なんでしょう?お母さんとお金のどっちを選ぶの?」

「ちが・・・!そんな・・・!」

「お願いしたのはセシルちゃんでしょう?だったら、セシルちゃんが何とかしなきゃいけないよね。その騎士様に頼ってばかりじゃ、いずれ貴女が不幸になる」

「だって・・・だって・・・」


ヒクヒクと泣き始めたセシルを横目に、リーファは店内をゆっくりと品定めするように歩く。


「お金は・・・無いの。ほんとなの。お店もお休みして・・・お父さんも、お母さん助けるために色んな人にお願いしてて」

「それくらいは、分かるわ」

「だから!」

「私は、ギルドの登録者よ?タダで働くなんてしないわ」

「っ!」


希望に満ちていた少女の瞳が、絶望の色に染まる。


「だから、報酬はこの髪飾りと、2000でどう?」

「・・・え?う・・・え?」

「2000くらいなら、おこづかいで出せそうじゃない?もしくは、ちょっとくらいお父さんに手伝ってもらうとか。それとも何?この髪飾りが無くなるのがいや?」

「ち、ちが・・・!え?たくさんのお金は?」

「2000ってセシルちゃんにとって、たくさんのお金でしょ?」


ポカーンと口をあけたまま、固まるセシル。


「お母さん助けたいんでしょう?」

「も!もちろん!!」

「呪いが解けたら、髪飾りと2000。これ以上はまけられないわねー」

「お・・・お姉さんは、いいの?」

「私が言ってるのに?」

「あ・・・。あ、ありがとう!!」


お母さんのところに案内して、というと満面の笑みで二階へ案内してくれる。

ノワールはそのまま待機。

リーファが階段を上がりきると、そこは濃い魔の匂いに満ちていた。

ここにいるだけでも、健康な人間が病気になってしまうのではないかと思うくらいに。


「セシル・・・お友達かい?」


困惑した表情で立っていた、まだ三十少し手前くらいの年齢の男性。

同年齢の男性と比較して、やや痩せているような印象を受ける。


「お・・・お父さん。このお姉さん・・・お母さんの呪いを解いてくれるって・・・」

「な!セシル!どうやって!」

「あ・・・あの・・・ギルド・・・」

「ギルド!?あの法外な金額を根こそぎ奪っていくやつら!?いくらまだ子どもだからって、」


「待って」


リーファの冷えた瞳が、男性を捉える。

ぐっと言葉につまる男性。

リーファはただの十五の少女ではない。

多くの人を殺した。

多くの人を傷つけた。

多くの人の死を・・・今までの生の中で見てきた。


この平和な世界ではお目にかかれない、人を殺せる視線。


「私は、セシルちゃんと契約したの。申し訳無いけれど、あなたには関係ないわ」


そのまま、男性の真横にあるドアノブに手を掛ける。

その動作にハッとした男性が、リーファを止めようとして・・・それをセシルが止めた。


「お父さん!このお姉さんは、違う!前みたいな人じゃない!」


親子の会話を無視して、リーファが開け放った扉。

人形のように横たわる女性。

その女性からあふれ出てくる、魔の気配。

アニーの呪いよりも進行が早く、アニーの呪いよりも呪いの度合いが濃い。

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