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黒の吟遊詩人

ローデシア王国首都イデア。


街路樹が多く植えられた中央通りは南門から王城を繋ぐ石畳の広い通りだ。

その中央通りに対して垂直に伸びるのは、南から商人通り・教会通り・騎士通りだ。

丁度教会通りから北が貴族、南が市民の住宅地となる。商人通りは南門から入るとすぐ出くわす通りで、その名の通り商人たちが多く店を構える通りで、毎朝市場が開かれる事からも、かなり活気のある区域だった。



夕方の市場。


リーファは人でごった返すその場所にいた。

五百年前には考えられないくらい、市民が活気づいている。その事は単純に嬉しかった。


フルーラの所から黙っていなくなった後、血と泥で汚れた団服は捨て簡素な服を手に入れた。

髪の色を魔法で染め上げ、藍色にした。



正直、フルーラたちから逃げようとも行く宛ても無ければ、目的も無い。ただ気になったから来た街。もう五百年前の面影を残さない街に。


「ねぇ!黒の吟遊詩人が来てるみたいよ!」

「えぇ!?ホント!?行く行く!」


手にしたカゴの中身を落とさぬよう、年若い少女たちが通りの奥へと小走りにリーファの横を駆けていく。


黒の、という言葉が気になった。昔はよくそう言われたものだ。黒の魔女、黒い化け物。それは全て、白を正義の色として、白い制服を身につける騎士団や王国兵士から投げられた罵声だ。

そんな黒が、まるで憧れのように言われる事が気になった。


己をえぐるような思い出を考えながら、リーファの足は少女たちを追っていた。




王都の中心を通る中央通りから離れた、小さな噴水のある市民の憩いの場所と呼べるような広場。噴水の周りを囲む人々は、若い女性が多いような気がする。


噴水の縁に腰かけ、空色のローブを纏う男性。目深に被られたフードから零れる髪は黒。

だから黒の吟遊詩人か、と口にはださず納得する。


「では、今日は恋の話を語りましょう。英雄様の恋のお話を…」


わたし!?と、一瞬パニックになる。驚愕の叫びが口から出なかったのが幸いだ。

いや、しかしと思い直す。五百年も前に戦争を終結させた黒髪赤眼の少女が自分だと思うから間違いなのでは無いだろうか。

帝国の皇帝と刺し違え、僅差で勝利を掴んだのは覚えているが、その後似た容姿の人物が制圧したのかもしれない。

きっとそうだ、とリーファは己に言い聞かせた。そうする事で、落ち着いて物語を聞ける気がした。


「美しき英雄様。強い心と力を持った英雄様。しかし、孤独であった英雄様。戦の最中、彼女は一人の男性と出会いました」


詩人の紡ぐ物語は続く。リーファは次第に強く手を握りしめた。


「彼の名はエズ。圧倒的な魔力を持った為に他人と距離を置いていた英雄様に、エズは気安く接しました」


エズ…。その名は…。


「自分を恐れず一人の人間として接するエズに、英雄様は惹かれていきました。もちろんエズも、英雄様の事を愛していました」


愛、していた?その物語は…本物なの?エズの、本心は?


「英雄様とエズ。仲睦まじく過ごす二人に、闇が覆いました。英雄様が帝国を滅ぼした後に、彼女は戦場で受けた傷が元で亡くなりました。エズは哀しみ、英雄様の物語を作りました。それが…現在我々が語り継ぐ英雄様の物語なのです」


心地好いアルト音域が奏でる、寂しく幻想的な音色と物語。

僅かな時間で人々を魅力した吟遊詩人の前に置かれた入れ物には、小銭がぎっしり投げ込まれていた。


観客が去り、寂しくなった広場で後片付けをする黒の吟遊詩人。


「ねぇ。エズは…その後どうなったの?」


目深にフードを被っている詩人の手がぴくりと止まる。

少し悩んでから、詩人はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「エズは指名手配中の盗賊でした。当時の王国にとって、英雄様はは存在してはならない人でしたので、エズは詐欺と盗みの罪で捕まりました」

「捕まった…?」

「火焙りの刑です」


ぁ…、と小さく声がリーファの口から零れる。

盗賊ごときではそんな重い刑に処せられる事は無い。リーファの話を広めたからだ。王国にとって秘匿しておきたかった事実を広めたからだ。


「彼の最後の言葉は“俺の語った事は事実で、俺はあいつを愛していた!”」


死にゆく者に許される、処刑直前の遺言の時間。盗賊を火焙りにするという異例の処置に、野次馬として集まった大勢の人々。エズはその人たちの前で、そう叫んだのだ。


「エズ…」


リーファの頭の中には、エズとの思い出が溢れ返っていた。キザでナルシストちっくな盗賊。仲間思いの盗賊頭で、何よりも部下を大事にし部下からも慕われていた。魔女と罵られたリーファに優しくしてくれた人。


「彼は、私にこれを託しました」


吟遊詩人が見せたのは、小粒の宝石が嫌味では無い程度に散りばめられた腕輪。女性用のものだ。


「…?」

「貴女に渡して欲しい、と。“お前にもっと相応しい装飾品、贈ってやるよ”と言う台詞に覚えはございませんか?リーファ様」


ゆっくりとフードを外した吟遊詩人は、黒髪の下の銀色の瞳を優しくし微笑む。

見た目の年齢は25、6歳の神秘的な雰囲気を纏う青年。しかし、五百年前に処刑された人物から物を預かっているのは、彼が人では無いことに由来する。


「の、ノワール?」

「はい。ご無事で何よりです。リーファ様」

「貴方どうして?契約は切った筈よ?何故こちらに居られるの!?」


エズの死を伝えた青年に掴みかかる。ローブをくしゃくしゃに掴み問う。


「私は確かにリーファ様との契約を切りました」


契約。それは、リーファが皇帝の居る城に突入する直前に切った。ノワールはリーファと契約した使い魔の一人。契約が切れれば自分たちの世界に帰るのが通常だ。


「貴方たちを巻き込みたく無かったから、よ」


そう言われても、ノワールを筆頭に、使い魔たちは納得ができなかった。殆どは仕方なく帰ったが、ノワールはエズから腕輪を託された。どうあっても、帰りたくは無かった。何より、最もリーファの近くに居た自分のプライドが、リーファの死を認めたく無かった。


「ですから、エズに頼んで腕輪に魔力を込めて貰い、私は腕輪と契約しました」


物質と契約する。それは前代未聞とも言える物だ。その無理を通す為に、エズとノワールは一体何を対価としたのか。何を犠牲にしたのか。


「っ!?貴方!まさか」


ぐいと詰め寄るリーファの頭には、最悪のパターンが想定される。エズの魂を腕輪に封じ込め、その意識とノワールが契約するというもの。魂は、そのままの状態で現世にいると徐々に弱っていく。最期には、来世を期待できない状態になる。更にはそんな弱っていく魂と契約した使い魔にも影響が出る。ノワールの様子から、その想定が正しくて、更にはノワールの魂すら弱っているのが見て取れた。


「私なんかの為に…」

「なんか、ではありません」


ノワールはゆっくりと、しかしはっきりと首を振った。


「我々はずっと貴女について行きたかった。我々の寿命は人に比べればずっと長いですが、私でも五百年が精一杯でした」


傷付き、魔族としての位も力も弱ってしまったノワールは、はかなげに微笑む。


「でも、全く後悔してません。それに、このままならば貴女が天寿を全うする時に私も死ねるかもしれない」

「そ、んな…」


固い決意を口にするノワールに、リーファは口をつぐむ。


「私は、再びリーファ様のお側にいたい」

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