伝説
深く深くに沈む意識。
もう二度と、目覚めることは無いと。
もう二度と、その瞳を見ることは無いと。
もう二度と、話すことは無いと。
もう二度と、その澄んだ声を聞くことは無いと。
そう思っていた。
そんな事実信じたくなかった。
だけど。
だから。
深く深くに押し込められてしまった意識が、再び目覚めたとき。
私は、どうすればいいのか…分からなかった。
僕は、神に感謝した。
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「ねぇ!おばーちゃん!!英雄様のお話をしてー!」
頭の高い位置で髪を結び、白いパジャマを着た少女が、祖母のもとへ走る。
暖炉の近くで椅子に座り編み物をしていた祖母は、一旦手を止めて、駆け寄って抱きついてくる孫を愛おしそうに抱きとめた。
少女がおねだりするお話は、ほとんど伝説のようなものだ。
ずっとずっと昔に、まだこの国が他国と戦争していた時のお話。
「好きだねぇ、お前は」
「うん!だって英雄様かっこいいんだもんー!!私もいつか英雄様みたいになるんだよ!」
「そーかい、そーかい。それなら、しっかりとお話しなくてはねぇ」
「やったー!!」
祖母の膝から降りて小躍りし、少女は自分の椅子を持ってきてちょこんと座る。
「じゃぁ始めようか」
ずっと、ずーっと昔。
ローデシア王国は帝国ゲルティアと長い間戦争をしていた。
世界を手に入れようとする帝国に、自分の国を守るために王国は必死に戦ったが、少しずつ少しずつ領土を奪い取られていた。
優秀な魔法使いがたくさんいたにもかかわらず、帝国はそれを上回る戦力を持っていたから。
そんなある日、王国の辺境の村で、優秀な魔法使いが見つかった。
僅か12、3歳の少女の魔力は、当時王国にいたどの魔法使いよりも圧倒的に優れていた。
少女は、自分の国が滅んでしまうかと思うと、いてもたってもいられずに王国軍に志願した。
その少女の魔法は凄まじくて、あっという間に勝利を重ねていき、奪い取られていた領土を取り返した。
更には、他国に侵略していた帝国軍をも蹴散らし、終には帝国を追い詰める形となった。
しかし、帝国軍も簡単には負けを認めなかったし、それに皇帝は少女に匹敵するくらいの魔力の持ち主だった。
このままでは、いずれ帝国軍が再び力を持ち、世界を恐怖に染めてしまうと考えた少女は、自分の命を投げ打つ覚悟をした。
少女の死と引き換えに、帝国軍は壊滅した。皇帝を失い、統率力を無くしてしまったからだ。
幼い少女の死に、王国の人々は大層悲しみ、彼女を英雄にすることを決めた。
国を救った英雄として、ずっとずっと未来まで、彼女の活躍を語り継いでいこうと。
夜色の髪をなびかせて
炎のように燃える赤色の瞳
彼女の心は、まるで聖母のよう
世界を救った英雄様
貴女の願いや思いが、人々を救った
美しき英雄様
安らかにお眠りを
「さぁ、お前も自分のベッドで、眠るんだよ」
「…うん!ありがとう!おばあちゃん!!」
孫の去っていく後姿を眺め、再び編み物を手に取る。
今まで自分が話していたお話を、再び思い出してみる。
伝説としての英雄様は、先ほど話したままの内容だ。
しかし、事実としての英雄様は、謎が多い。
王国と帝国が戦争をしていたのは、今から丁度…二百年ほど前だ。
しかし、当時の記録らしきものには、少女が戦っていたという話は皆無。
そして、王国が保有する英雄様のお墓。
三十年ほど前に、その墓が荒らされる事件があったのだが、墓には何も入っていなかったのだ。
彼女を示すのは、夜色の髪と炎のような瞳、そして圧倒的な魔力。
肖像画もない、遺体らしきものも無い。
ただ、御伽噺と、彼女が使っていたらしい武器などが数点残っているのみ。
英雄様などいなかったのだ、とする学者もいれば、絶対にいたと主張する学者もいる。
意見は別れ、未だに決着がついていない。
ぐるぐると堂々巡りをしてしまう思考を振り切って、老女は編み物をやめ、ベッドに向かった。
幸せそうに眠る孫の寝顔を、これまた幸せそうに眺め、自分も眠りについた。
12.12.16訂正(帝国名と英雄の活躍時期を変更しました)