座ってる回
最近、俺はたまに“参謀”と呼ばれる。
本気ではない。
あだ名だ。
軽口だ。
……のはずだ。
その日も俺は広場のベンチに座っていた。
依頼はない。
金もない。
やることもない。
動くと腹が減る。
だから動かない。
生存戦略である。
最初に来たのは商人だった。
「なあ」
「なんだ」
「今週、仕入れを増やすべきだと思うか?」
「知らん」
「率直な意見でいい」
「知らん」
俺は空を見ていた。
雲が薄い。
たぶん雨は降らない。
それだけだ。
商人は腕を組んだ。
「……様子見、ということだな」
違う。
次に鍛冶屋が来る。
「鉄が少し上がる気配だ」
「へえ」
「買い占めるか?」
「金あるのか?」
「ない」
「じゃあやめとけ」
「堅実だ……」
堅実ではない。
ない袖は振れないだけだ。
気づくと、俺の前に三人並んでいた。
なぜだ。
パン屋が小声で言う。
「小麦が安くなる噂がある」
「噂だろ」
「信じるか?」
「腹減った」
「……控えめに仕入れる」
会話が成立していない。
新人冒険者が震えている。
「危険度Bの依頼、受けるべきでしょうか」
「BならBだろ」
「どういう意味ですか」
「Bってことだろ」
「……無理はするな、ですね」
違う。
文字通りだ。
その日の夕方。
町はなぜか静かだった。
商人は仕入れを抑え、
鍛冶屋は買い占めず、
パン屋は在庫を減らし、
新人は依頼を断った。
結果。
何も起きなかった。
大事件もない。
赤字もない。
爆発もない。
平穏。
翌日。
ベンチの横に小さな札が立っていた。
“参謀席”
やめろ。
誰だ。
俺は札を裏返して座る。
五分後、また人が来る。
「今日はどう動く」
「動かない」
「やはり」
何がだ。
昼になる頃には、完全に“相談所”になっていた。
商人が紙を持ってくる。
鍛冶屋が相場を書いてくる。
パン屋が試作品を持ってくる。
「味見してくれ」
「うまい」
「売れるな」
俺はただ食っただけだ。
問題は、皆が俺の反応を数値化し始めたことだ。
「今日はうなずきが少ない」
「慎重だ」
「笑わなかった」
「危険信号だ」
勝手に分析するな。
数日後。
市場に奇妙な変化が起きた。
皆が“俺を見るまで動かない”。
値札も、仕入れも、依頼も。
町の流れが、ベンチ基準になった。
困る。
俺が寝坊した日、市場は半日止まった。
俺が川に行った日、商人が動けずに夕方になった。
俺が腹を壊した日、なぜか誰も仕入れなかった。
責任が重すぎる。
俺は何もしていないのに。
ある日、町長が来た。
「最近安定しているな」
俺を見る。
「参謀効果だ」
「違う」
「謙遜するな」
していない。
だが、問題はそこからだった。
旅人が噂を聞きつけて来た。
「この町には優秀な参謀がいるらしい」
やめろ。
相談料を払おうとするな。
俺は受け取らない。
受け取ると本物になる気がする。
その夜。
女将が言う。
「最近、町が静かだよ」
「そうか」
「あんたが座ってるからだ」
「座ってるだけだ」
「それが効くんだろうね」
意味がわからない。
そしてある日。
俺は意地になって言った。
「今日は何でもいいから好きに動け」
沈黙。
商人が汗をかく。
鍛冶屋が困る。
パン屋が迷う。
「本当にか?」
「本当だ」
「……責任は?」
「知らん」
その日、町は少しだけ荒れた。
商人が仕入れすぎ、
鍛冶屋が鉄を抱え、
パン屋が焼きすぎ、
新人が怪我をした。
大惨事ではない。
だが、無駄が出た。
翌日。
ベンチの札が大きくなっていた。
“参謀席(常時在席)”
やめろ。
常駐扱いするな。
俺は座る。
座らないと不安そうな顔をされる。
座ると皆が安心する。
俺は何もしていない。
本当に。
ただ、動かないだけだ。
焦らないだけだ。
無理をしないだけだ。
町は今日も平和だ。
大儲けもない。
大失敗もない。
ただ、緩やかに回っている。
俺の財布は相変わらず軽い。
相談料はもらっていない。
称号だけが増えた。
平和とは、だいたい誰かが動かないことで保たれている。
そしてその誰かは、
だいたい何も考えていない。




