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小物冒険者の日常災害  作者: おこげ


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卵が無くなった回

「卵が一個足りないだけだった」

その日の朝、俺は台所で固まっていた。

理由は単純だが深刻で、昨日確かに六個入りを買ったはずの卵が、なぜか五個しか存在していないという、極めて些細でありながら俺の朝食計画を根底から覆す重大事件が発生していたからだ。

目玉焼きを二個焼くつもりだった。

それが一個になる。

たったそれだけの違いだが、満足度は半減どころではない。

俺はしばらく卵パックを見つめ、振ってみて、裏返してみて、現実が変わらないことを確認してから、重い足取りでギルドへ向かった。

武闘派に声をかける。

「お前、卵盗ったか?」

武闘派はゆっくりとこちらを向き、三秒ほど考えたあと、真顔で言った。

「俺をなんだと思ってる」

正論だ。

魔術師にも聞いてみる。

「錬金術で卵が消えることあるか?」

魔術師は本を閉じ、心底呆れた目で俺を見る。

「お前の生活はそんなに魔法依存なのか」

新人はなぜか先に謝った。

「ぼ、僕じゃないです!」

まだ疑っていない。

だがなぜか俺が一番怪しい空気になっている。

そのとき、受付がぽつりとつぶやいた。

「最近、町で小さな消失事件が続いているんです」

全員が反応する。

「パンが一つなくなった、とか、洗濯物が片方だけ消えた、とか……」

俺は嫌な予感を覚える。

武闘派が立ち上がる。

「怪盗か」

違う。

卵だ。

だが空気は一気に変わる。

魔術師が腕を組み、冷静な声で言う。

「規模は小さいが、継続しているなら組織的犯行の可能性もある」

やめろ。

卵が組織犯罪に昇格するな。

気づけば俺たちは町中を捜索していた。

理由は「最初の被害報告が卵だったから」という、どう考えても過大評価な根拠である。

衛兵まで動き始め、町長が姿を見せ、「町の信頼に関わる問題だ」と深刻な顔で宣言する。

卵一個である。

だが噂は加速する。

“影の盗賊団”

“見えざる手”

“異界転移の前兆”

飛躍がすごい。

夕方には広場で緊急会議が開かれ、なぜか俺が壇上に立たされていた。

「最初の被害者として証言を!」

町長が真剣な顔で言う。

俺は言う。

「卵が一個」

ざわめきが広がる。

「一個ということは警告だ」

「心理戦かもしれない」

違う。

ただ足りないだけだ。

夜になり、ついに“怪しい影”が目撃される。

全員が広場へ集合し、武闘派は剣を抜き、魔術師は詠唱を始め、新人は震え、俺は「帰って目玉焼きを食べたかった」と思いながらその場に立っていた。

物陰から現れたのは、小さな子どもだった。

手に握られているのは、卵。

静寂が落ちる。

子どもは小さな声で言う。

「おなか、すいて」

空気が一瞬で変わる。

武闘派が剣を下ろす。

魔術師が咳払いをする。

町長が天を仰ぐ。

俺はその卵を見つめる。

間違いない。

俺のだ。

だがこの空気で「それ俺の卵」と言える勇気は、残念ながら俺にはない。

新人が涙目で言う。

「分けてあげましょう!」

拍手が起きる。

なぜだ。

町は感動に包まれ、“助け合いの精神”という言葉が飛び交い、気づけば「消失事件解決記念祭」の開催が決定していた。

解決していない。

ただお腹が空いていただけだ。

翌日、広場には横断幕が掲げられ、屋台が並び、町長が演説する。

「小さな違和感に向き合うことが町を強くする!」

違和感は俺の朝食だ。

武闘派は肉を食べ、魔術師はうなずき、新人は笑っている。

俺は財布を見る。

銅貨は減っている。

卵一個より被害が大きい。

なぜだ。

夜、部屋に戻ると机の上に紙袋が置かれていた。

中には卵が六個。

メモが入っている。

“ごめんなさい。ありがとう。”

俺はしばらくそれを見つめ、それから小さくため息をついた。

「……最初から言え」

目玉焼きを二個焼く。

静かな夜だ。

ただ卵が一個足りなかっただけで、町は陰謀論に包まれ、緊急会議が開かれ、祭りが開催され、そして俺の財布だけが確実に軽くなった。

この町では、日常が一番規模が大きい。

そして翌朝。

牛乳が減っていた。

俺はゆっくりと空を見上げる。

「今度は外交問題になるな」

平和とは、案外うるさい。

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