天才発明家の回
その日、ギルドの扉が勢いよく開いた。
爆発音はしなかった。
だが白煙だけが、やたら堂々と入ってきた。
全員が顔をしかめる。
「またあいつか」
誰かがつぶやいた。
煙の向こうから現れたのは、ゴーグルを額に乗せ、油まみれの手袋をはめ、工具とネジをぶら下げた男。
町の自称・天才発明家。
成功率は低いが、声量は常に最大。
「諸君!ついに完成した!」
拍手はない。
むしろ椅子が一斉に後ろへ引かれる。
俺も静かに席をずらす。
目を合わせるな。
存在感を消せ。
だが、発明家の視線は獲物を探す鷹のようにゆっくりと動き――そして止まる。
俺である。
嫌な予感しかしない。
「君だ」
やめろ。
「その平凡さ、平均値、そして多少壊れても物語に支障が出なさそうなポジション」
ひどい。
周囲がうなずくな。
俺はまだ何も言っていないのに、気づけば両腕を掴まれ、腰に金属ベルトを巻かれ、背中に歯車とバネの集合体を装着されていた。
冷たい。
重い。
不安しかない。
武闘派が笑う。
「ついに戦闘力つくのか?」
つかない。
発明家が胸を張る。
「自動戦闘補助装置だ!素人でも一流の動きが可能!」
スイッチが押される。
一瞬の静寂。
次の瞬間、俺の右腕が信じられない速度で振り抜かれた。
机が粉砕。
椅子が吹き飛ぶ。
受付の書類が空を舞う。
「止めろォォ!」
俺の叫びは無視される。
左腕も動く。
蹴りも出る。
なぜか回転まで加わる。
俺の意思は完全に不在だ。
魔術師が距離を取る。
新人が悲鳴を上げる。
武闘派は腹を抱えて笑う。
発明家は真剣な顔でメモを取っている。
「出力は想定内だな」
想定するな。
最終的に俺は壁へ一直線に突っ込み、衝撃とともに装置が停止した。
ギルドは半壊。
俺は床に転がる。
発明家が近づく。
「改良すればいける」
いかなくていい。
数日後。
広場。
嫌な予感が的中する。
発明家が巨大な機械を設置していた。
歯車がむき出しで、無駄に光り、やたら音が大きい。
町人は遠巻きに見ている。
俺はなぜか横に立たされている。
「自動依頼受注機だ!」
受付が青ざめる。
武闘派が興味津々。
魔術師は腕を組む。
新人はわくわくしている。
俺は帰りたい。
「個々の能力を分析し、最適な依頼を振り分ける!」
嫌な未来しか見えない。
スイッチが押される。
ガガガガガ。
紙が吐き出される。
武闘派:荷車護衛。
魔術師:簡単な討伐。
新人:猫探し。
そして。
俺:危険度S・古代遺跡単独踏破。
静寂。
全員が俺を見る。
違う。
俺は何もしていない。
発明家がうなずく。
「潜在能力を検知した」
していない。
俺は戦闘力ゼロだぞ。
周囲の視線が変わる。
「実は隠してたのか?」
「裏ボスか?」
やめろ。
その瞬間、機械が震える。
煙。
火花。
そして爆発。
掲示板が吹き飛び、依頼書が宙を舞い、広場は混乱の渦に包まれる。
衛兵が駆けつける。
発明家は一歩下がり、迷いなく俺を指差す。
「彼が近くにいた!」
最低だ。
俺はただ立っていただけだ。
結局、修理費の話になる。
発明家は理論を語る。
町長は頭を抱える。
マスターはため息をつく。
そして決定。
「実験協力者も連帯責任だ」
なぜだ。
俺の財布から銅貨が消える。
武闘派は無事。
魔術師も無事。
発明家は言い訳で無事。
一番減ったのは俺の所持金だ。
町では新しいあだ名が広がる。
“爆発の男”。
違う。
俺は被害者だ。
だが今日も、発明家は俺の隣に座る。
「次は飛行装置だ」
俺はゆっくり席を立つ。
全力で逃げる。
だが背後から聞こえる。
「逃げるという判断、実にデータ価値が高い!」
もうやめてくれ。
この町で一番危険なのは魔物ではない。
発明家でもない。
俺の運の悪さだ。
そしてたぶん、次もまた俺が巻き込まれる。
なぜなら物語は平和で、
そして不憫枠は常に俺だからだ。




