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小物冒険者の日常災害  作者: おこげ


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ワックスの回

朝。

ギルドの空気がいつもと違った。

床がやたらと光っている。

磨き上げられた石材が、朝日を反射してまぶしい。

俺は入口で立ち止まった。

嫌な予感しかしない。

掲示板の横に紙。

《本日、床をワックスがけしました。走らないでください》

小さい。

字が小さい。

冒険者に読ませる気がないサイズだ。

俺は読む。

なぜなら俺は戦闘力がない代わりに危険察知能力だけはあるからだ。

床を見る。

つるつるだ。

自分の顔が映る。

嫌だ。

こんな情けない顔を床に見せたくない。

俺は慎重に、壁沿いを歩く。

カニのように。

横移動。

完璧だ。

だがそのとき。

バァン!!

扉が開く。

風。

勢い。

声。

「討伐成功ォォ!!」

武闘派だ。

汗だく。

血まみれ。

テンション最大。

三歩。

一歩目、セーフ。

二歩目、危険。

三歩目――

滑走。

人間がここまで水平になるとは思わなかった。

見事な浮遊。

そして着地。

ドゴォン。

静寂。

俺はつぶやく。

「読め」

武闘派が仰向けのまま言う。

「床が裏切った……」

床は裏切らない。

物理だ。

魔術師が鼻で笑う。

「筋肉は知性に敗北する運命なのだ」

優雅に一歩。

滑る。

くるり。

机に突撃。

机が動く。

机も滑る。

机が武闘派に当たる。

武闘派が再び倒れる。

受付が立ち上がる。

「走らないでって書いたでしょう!?」

その瞬間、受付も一歩踏み出す。

滑る。

カウンターにしがみつく。

全員が床に敵意を向ける。

床は無言だ。

新人が言う。

「え、そんなに滑ります?」

実験するな。

踏み出す。

滑る。

両足が開く。

奇妙なポーズ。

叫ぶ。

「助けてください!」

誰も助けられない。

全員滑っている。

荷運び屋が桶を持って出てくる。

「騒がし――」

滑る。

桶が宙を舞う。

水が広がる。

床がさらに輝く。

最悪だ。

俺は椅子に座ったまま状況を見ている。

なぜなら立ったら終わるからだ。

武闘派が床で叫ぶ。

「参謀!指示を!」

なぜ俺だ。

俺はただ座っているだけだ。

だが仕方ない。

俺は言う。

「立つな」

「は?」

「四つん這いになれ」

沈黙。

だが一人が試す。

武闘派。

四つん這い。

……安定。

魔術師も。

安定。

新人も。

安定。

荷運び屋は腹が邪魔だが、なんとか。

ギルドが異様な光景になる。

冒険者全員、床を這う。

受付がカウンターの向こうで呆然。

俺はゆっくり立ち上がる。

壁に手をつく。

慎重に歩く。

勝者の歩み。

だが――

そのとき。

外からまた扉が開く。

「おーい!緊急依――」

衛兵だ。

走って入る。

滑る。

槍が飛ぶ。

槍が天井に刺さる。

全員が床に伏せる。

武闘派が言う。

「伏せろ!」

もう伏せている。

衛兵が這いながら叫ぶ。

「ゴブリンが町に――」

受付が言う。

「今それどころじゃありません!」

正論だ。

床が敵だ。

衛兵が四つん這いのまま言う。

「どうなってるんだここは」

武闘派が答える。

「文明の敗北だ」

違う。

ワックスだ。

そのとき。

奥の扉が開く。

ギルドマスター登場。

巨大。

威圧感。

完璧な足取りで一歩踏み出す。

滑る。

誰も声を出せない。

ゆっくり倒れる。

床が勝った。

完全勝利だ。

沈黙。

マスターが仰向けで言う。

「……誰だ、許可したのは」

受付が小さく手を挙げる。

空気が凍る。

俺は思う。

今日は依頼どころではない。

ゴブリンより危険だ。

敵は足元にいる。

やがて全員、四つん這いで出口へ向かう。

異様な行進。

外に出た瞬間、全員が立ち上がる。

太陽がまぶしい。

武闘派が言う。

「外って滑らないんだな……」

当たり前だ。

魔術師が真顔で言う。

「文明は時に人を堕落させる」

ただのワックスだ。

俺は静かに決意する。

明日は来ない。

乾くまで絶対に来ない。

戦闘力はない。

だが学習能力はある。

町は平和だ。

ただしギルドは壊滅した。

原因は魔王でも魔物でもない。

ワックスだ。

そしてなぜか、這う指示を出した俺が

「冷静な指揮官」として妙に感謝されている。

違う。

俺は立ちたくなかっただけだ。

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