冒険っぽい回
昼下がり。
やる気が出ない日というのは、本当に何をしても出ない。
依頼掲示板の前に立ってはみた。
だが紙を見るだけで疲れる。
「ゴブリン三体」
多い。
「森の調査」
遠い。
「荷物運び」
重い。
無理だ。
俺は広場へ移動する。
石畳が温まっている。
ベンチに座る。
木陰。
完璧だ。
パンをかじる。
今日は静かに終わるはずだった。
――そのはずだった。
隣に、男が座る。
静かに。
音もなく。
ちら、と横目で見る。
地味な服。
特徴がない。
武器も見えない。
だが妙に落ち着きがない。
指が膝を叩いている。
トントントン。
三回。
止まる。
また三回。
気のせいだろう。
男が小声で言う。
「……予定より遅いな」
知らん。
俺はパンを食べる。
「北門はもう開いているはずだ」
知らん。
男がちら、とこちらを見る。
目が合う。
やめろ。
俺は視線を外す。
男が続ける。
「合図はまだか?」
誰への質問だ。
俺ではない。
断じてない。
俺は無言を貫く。
沈黙は金だ。
余計なことを言うと死ぬ。
それは人生の教訓だ。
そのとき。
向かいの建物の二階。
窓が開く。
白い布がひらり。
洗濯物か?
風が吹く。
布が三回揺れる。
男が止まる。
俺も止まる。
偶然だ。
男が、ほんの少しうなずく。
立ち上がる。
俺も立つ。
単に、座り疲れただけだ。
男が言う。
「……来るのか?」
来ない。
俺は首を振る。
だがその瞬間。
広場の入り口から衛兵が三人。
早足。
視線が鋭い。
なぜだ。
男が小さく舌打ち。
「ちっ」
そして走る。
なぜ走る。
走ったら怪しい。
俺は動かない。
だが遅い。
衛兵が叫ぶ。
「止まれ!」
誰にだ。
俺か?
男か?
判断がつかない。
迷った瞬間、腕を掴まれる。
「動くな!」
痛い。
俺は言う。
「動いてない」
事実だ。
衛兵の一人が走る男を追う。
もう一人が俺を押さえる。
理不尽。
「共犯か!」
違う。
俺は今日、何もしていない。
パンしか食べていない。
「話は聞いていたな!」
「知らん」
本当に知らん。
「合図を見ただろう!」
「洗濯物だろ」
衛兵が眉をひそめる。
どうやら違うらしい。
ややこしい。
詰所。
椅子が固い。
机も固い。
衛兵が紙を広げる。
「名前」
言う。
「職業」
冒険者。
小声で。
「仲間は?」
いない。
「さきほどの男との関係は?」
ゼロだ。
「なぜ同時に立った」
知らん。
座り疲れたからだ。
衛兵がじっと見る。
俺は汗をかく。
何もしてないのに。
これが一番怖い。
やがて、扉が開く。
上官らしき人物が入ってくる。
落ち着いた目。
俺を見る。
「ああ……」
何だその「ああ」は。
知っているのか。
嫌な予感。
上官が衛兵に言う。
「そいつは違う」
即断。
最高だ。
衛兵が驚く。
「ですが、合図と同時に――」
「偶然だ」
即答。
素晴らしい判断力。
上官が俺を見る。
「お前、前にも妙な誤解を受けていたな」
やめろ。
覚えなくていい。
俺はうなずく。
「だいたい偶然だ」
本当だ。
上官がため息をつく。
「放せ」
解放。
自由。
俺は立ち上がる。
足が少し震える。
戦ってないのに疲労がすごい。
外に出る。
広場は何事もない。
ベンチは空いている。
さっきまでの騒ぎが嘘のようだ。
俺はベンチを見つめる。
もう座らない。
座るだけで共犯になる。
危険すぎる。
今日の教訓。
・知らない男の隣に座るな
・同じタイミングで立つな
・ハンカチは見ない
俺は静かに宿へ戻る。
戦闘ゼロ。
評価変動ゼロ。
報酬ゼロ。
ただ精神が削れただけ。
だが――
これが一番“冒険”っぽい気もする。
命ではなく、社会的に危ない。
町は今日も平和だ。
俺は今日も小物だ。
そして明日は、できれば誰の隣にも座らない。




