旅立ちの回
レナが旅立つと聞いたのは、本人からじゃなかった。
ギルドの掲示板だ。
《長距離遠征・北方調査隊
前衛:レナ》
名前が普通に載っていた。
俺は三秒ほど固まった。
そのとき背後から声。
「お、見た?」
振り向く。
レナだ。
パンをくわえている。
「載せた」
軽い。
「言え」
「言うほどのこと?」
そこだ。
そこが問題だ。
俺たちは固定パーティではない。
契約もない。
報酬も基本は折半なだけ。
依頼ごとに組む。
ただそれだけ。
ただ――
ほぼ毎回一緒だっただけだ。
「いつ出る」
「明日」
早い。
「期間は」
「二ヶ月くらい?」
疑問形やめろ。
俺は掲示板をもう一度見る。
北方調査。
寒冷地。
未知の魔物。
高難度。
レナは肩をすくめる。
「ほら、ずっと同じ町だと飽きるじゃん」
「飽きてない」
「私はちょっと飽きた」
率直だ。
腹は立たない。
妙に納得する。
レナは続ける。
「参謀ってさ」
嫌な始まり方だ。
「私いなくても困らないでしょ」
即答しようとして、少しだけ詰まる。
事実だけ言えば、困らない。
俺一人で依頼は回せる。
効率も安定も保てる。
でも。
「効率は落ちる」
そう言った。
レナが笑う。
「数字で言うな」
俺は視線を外す。
「好きにしろ」
レナはうなずく。
「うん」
本当に軽い。
翌日、ギルド前。
調査隊が集まっている。
知らない顔ばかり。
重装の前衛。
魔術師。
斥候。
レナが混ざっている。
妙に自然だ。
「あ、参謀」
レナが手を振る。
まるで今日も依頼に行くだけみたいに。
「死ぬな」
「縁起でもない」
「無茶するな」
「するかも」
即答だ。
調査隊のリーダーが呼ぶ。
「出発!」
レナが歩き出す。
二、三歩進んで、止まる。
振り向く。
「さ」
何だその一文字。
「戻ったら、また組も」
契約でも約束でもない。
ただの一言。
俺はうなずく。
「依頼次第だ」
レナが笑う。
「ドライだなあ」
そう言って去っていく。
今回は背中が小さくならない。
人数が多いからだ。
すぐに人混みに紛れる。
見えなくなる。
静かだ。
だが、喪失感というほど重くもない。
俺たちは恋人でも、相棒固定でもない。
ただ、たまたま噛み合っただけだ。
だから――
二週間後。
別の依頼で知らない前衛と組む。
普通だ。
問題ない。
戦闘は安定。
だが、敵が予想外に散開した瞬間、無意識に思う。
ここでレナなら突っ込む。
そして状況をかき回す。
俺は一瞬だけ、判断が遅れる。
「……癖か」
小さく呟く。
依存ではない。
ただの最適化だ。
たぶん。
一ヶ月後。
北方から報せが届く。
《調査成功。新種魔物討伐。軽傷数名。》
名簿の中に、レナの名前。
生きている。
それだけで十分だ。
俺は紙を折る。
次の依頼を選ぶ。
きっとまた、どこかで交差する。
固定じゃない。
約束もない。
でも――
同じ地図の上を歩いている限り。




