魔王を論破する回
その日はレナが単独で遠征に出ていて、俺は「今日は何も起きない」と確信していたし、確信できるだけの根拠もあったし、少なくとも爆発や突進や物理的な破壊活動は起きないはずだったのだが、“起きない”と断言した瞬間に世界が裏切るのはもはや様式美だと思う。
昼前、街道で呼び止められた。
旅芸人の一団だった。
派手な衣装。
大きな荷車。
そしてなぜか俺を見る目が真剣。
「そこの知的そうなあなた!」
嫌な呼び方だ。
「代役を探していまして!」
断る気満々だった。
だが団長が早口で説明する。
今日の目玉演目、“伝説の勇者と魔王の頭脳戦”の勇者役が逃げたらしい。
逃げた理由は「台詞が多い」。
わかる。
「見た目がちょうどいい!」
どこがだ。
「難しい役なんです!」
やめろ。
「報酬出ます!」
……いくらだ。
気づけば舞台裏にいた。
衣装を渡される。
マント。
妙にキラキラしている。
俺は言う。
「剣は?」
「小道具です!」
軽い。
発泡素材だ。
嫌な予感しかしない。
開演。
小さな広場に観客が集まる。
子どもが多い。
逃げられない。
幕が上がる。
魔王役が登場。
大げさな笑い。
「勇者よ!」
俺、登場。
拍手。
なぜ拍手。
台本通りに進める。
頭脳戦だ。
論理で追い詰める演目らしい。
俺は台詞を言う。
「貴様の計画には三つの穴がある」
観客がざわつく。
魔王役がうなずく。
「ほう、言ってみよ」
ここまでは順調。
だが途中で気づく。
魔王役、アドリブを入れてくる。
「だが私は保険をかけている!」
台本にない。
俺は止まる。
観客が期待の目で見る。
団長が袖でジェスチャーする。
続けろ。
俺は即興で言う。
「保険の約款は確認したか」
魔王が止まる。
観客が笑う。
なぜだ。
「その条項は無効だ」
子どもが爆笑する。
頭脳戦がなぜか法律相談になっている。
魔王が焦る。
「では物理で!」
突然、戦闘パートに入る。
聞いてない。
魔王が大げさに斬りかかる。
俺は避ける。
小道具の剣で受ける。
軽い。
軽すぎる。
勢い余って魔王役が転ぶ。
観客、大爆笑。
団長が小声で叫ぶ。
「続けて!」
俺は仕方なく魔王を指差す。
「計画性が足りない」
拍手。
なぜ拍手。
魔王が寝転がったまま叫ぶ。
「覚えていろ勇者!」
終演。
観客が満足げに帰る。
団長が握手してくる。
「最高でした!」
何がだ。
「リアルな頭脳戦!」
俺は言う。
「台本と違う」
団長が笑う。
「生き物ですから舞台は!」
嫌な生き物だ。
報酬はそこそこだった。
帰り道、俺は真顔で考える。
戦闘より疲れた。
精神的に。
宿に戻る。
扉を開ける。
レナがいる。
「ただいま!」
俺はマント姿のままだ。
レナが固まる。
「……何してたの」
俺は短く答える。
「魔王を論破してきた」
レナが目を輝かせる。
「戦ったの!?」
「ほぼ法律相談だ」
レナが笑い転げる。
俺はマントを脱ぎながら思う。
レナがいないと静かだが、なぜか世界のほうが絡んでくる。
たぶん俺は、巻き込まれ体質だ。
レナがいなくても。




