広場はまだ広場ではなかった回
広場は、まだ広場ではなかった。
中央はえぐれ、石畳は裏返り、噴水は思い出だけが残っている。黒殻との戦いから三日。町の象徴は、立入禁止の札とロープに囲まれた巨大な工事現場になっていた。
その中心で、町長が腕を組んで立っている。
「討伐は感謝する」
レナが即座に胸を張る。
「どういたしまして!」
「だが」
町長の視線がゆっくりと足元のクレーターに落ちる。
「広場を直せ」
沈黙。
風が吹く。
レナが俺を見る。
俺もレナを見る。
「……え?」
「正式依頼だ」
町長は羊皮紙を差し出す。
《広場復興作業》 ・石畳の再敷設 ・噴水再建 ・地盤の安定化 ・予算超過厳禁
レナが紙を上下逆さまにして読む。
「魔獣いないじゃん」
「いないな」
「経験値は?」
「ない」
レナは三秒でやる気を失った。
最初の作業は石運びだった。
割れた石を撤去し、新しい石材を運び、並べる。単純だ。単純だが、重い。
レナは最初こそ元気よく担いだ。
「よいしょー!」
五往復目で聞いた。
「これ、何体倒せば終わるの?」
「倒さない」
「ボスは?」
「予算だ」
十往復目で石を投げた。
「ほら、飛距離!」
石は見事に仮設の壁に命中し、壁が崩れた。
作業量が増えた。
遠くで町長が静かに膝をついた。
俺は設計図とにらめっこしていた。排水勾配、動線、強度。今度こそ爆発しない広場を作らなければならない。
レナが後ろから覗き込む。
「噴水もっとでかくしよ?」
「予算」
「黒殻像置こ?」
「やめろ」
「黒殻キック像」
「やめろ」
気づいたらレナが中央に石を積み上げていた。蹴り上げポーズの自分を再現するつもりらしい。
「観光名所になるよ?」
「町長が倒れる」
地盤の安定化は魔術師に任せた。
「軽く圧縮するだけです」
魔法陣が淡く光る。
レナが言う。
「黒殻の残り魔力使えない?」
全員が同時に振り向いた。
「やめろ」
だが魔術師がうっかり試した。
地面が赤く光る。
一瞬の静寂。
ドォォン。
クレーターが深くなった。
町長が再び膝をついた。
俺は空を仰いだ。
レナが土埃の中で言う。
「なんで?」
午後になると、全員が疲れ始める。
石は重い。砂は舞う。誰も拍手しない。達成感が地味すぎる。
レナが石の上に寝転ぶ。
「戦闘のほうが楽じゃない?」
「たぶん」
「敵は殴ればいいし」
「予算は殴れない」
レナがむくりと起き上がる。
「いっそ闘技場にしよ?」
「広場だ」
「訓練場」
「広場だ」
「黒殻テーマパーク」
「町長が倒れる」
町長はすでに座っていた。
それでも少しずつ形になっていく。
石畳は並び、噴水の基礎が組まれ、中央は平らになった。
夕方、最後の石をはめ込む。
カチリ、と音がする。
レナが両手を広げる。
「完成!」
確かに、綺麗だ。
以前より整っている。
排水も完璧だ。
爆発もしていない。
レナが満足げに頷く。
「やればできるじゃん」
その瞬間。
中央の石畳が、カタンと沈んだ。
全員止まる。
嫌な音。
ゆっくりと中央がへこむ。
地面の下に空洞。
レナが真顔になる。
「黒殻、まだいる?」
俺は冷や汗をかく。
小さな音。
カサ。
全員が飛び退く。
町長が半泣きになる。
石をどける。
慎重に掘る。
緊張が極限まで高まる。
そして出てきたのは――
巨大なモグラ。
ぽかんとこちらを見る。
沈黙。
レナが言う。
「……お前か」
モグラは逃げた。
誰も追わなかった。
再び地盤を埋め、石を敷き直す。
夜。
本当に、今度こそ完成した。
噴水から水が静かに流れる。
石畳は平らだ。
町長が涙ぐむ。
「……ありがとう」
レナが胸を張る。
「討伐より疲れた!」
俺も頷く。
「同感だ」
町の人々が少しずつ広場に戻ってくる。
子どもが走る。
商人が屋台を置く。
日常が戻る。
レナが噴水の縁に座る。
「次は小さい依頼にしよ」
俺は即答する。
「賛成だ」
その瞬間。
噴水の水圧が急に上がる。
バシャァァァ。
レナが全身ずぶ濡れになる。
沈黙。
レナが水を滴らせながら言う。
「……敵?」
俺は噴水の配管を見て言った。
「施工ミスだ」
戦闘より難しい。
広場復興クエストは、こうしてようやく終わった。
たぶん。




