善意な回
夜、俺はベッドの上で、
天井を睨みつけていた。
腹が鳴る。
「……違う、今のは木の音」
もう一度鳴る。
「……床の軋み」
三回目。
「……俺だ」
認めた。
銀貨一枚を机に置く。
こいつは最後の切り札だ。
宿代に使う。
つまり、
飯に使える金は――
ゼロ。
「無料で、合法で、怒られずに
できれば感謝されつつ飯を食う方法……」
条件が多い。
案1:知り合いに奢ってもらう
→ 知り合い、いない
却下。
案2:倒れて介抱される
→ 本気で心配されると、
あとが面倒
却下。
案3:パン屋の前でじっと見る
→ 不審者
却下。
腹が鳴る。
「……静かにしてくれ、今、作戦会議中だ」
腹は黙らない。
交渉不可。
俺はそっと外に出た。
夜の村は、
昼とは違って静かだ。
家々の窓から、
暖かい光と、
夕飯の匂い。
(この世界、匂いの描写が強すぎる)
広場。
ベンチに座り俺は考える。
「この世界、“善意”って通貨、
流通してないかな」
ちょうどその時。
「……あれ?」
声。
子どもが一人、
うずくまっている。
(来たか……イベント)
俺は警戒した。
「どうした」
「パン……落とした」
地面に、
砂まみれのパン。
拾って、吹いて、食べるか。
いや、
教育的にどうなんだ。
「……家は?」
「あっち」
指さす方向。
(送れば、ワンチャン飯)
俺は打算的に立ち上がった。
家の前。
母親が出てくる。
「すみません、この子が……」
「ありがとうございました!」
即礼。
そして――
何も出ない。
(まだだ、焦るな)
沈黙。
母親は言った。
「……大変でしたね」
「いえ」
それだけ。
扉、閉まりそう。
(ここで帰ると、ただの善人)
俺は覚悟を決めた。
「……あの」
「はい?」
「えっと……」
言え。
乞食ではない。
戦略的要請だ。
「この子、パン落としたの、結構ショック受けてて」
子どもを見る。
子どもは状況を理解していない。
「そうねえ」
「もし、夕飯とかで元気づけてあげたら……」
沈黙。
空気が重い。
(終わったか)
母親が、
ふっと笑った。
「……よかったら、一緒にどう?」
(通った)
食卓。
スープ。
パン。
煮込み。
神。
「……うまい」
言葉が漏れる。
母親が言う。
「冒険者さん?」
「いえ、無職です」
「正直ね」
「それだけが取り柄です」
子どもが聞く。
「つよいの?」
「弱い」
「えいゆう?」
「ちがう」
「じゃあなに?」
俺は少し考えて答えた。
「……生き延びる人」
母親が、
なぜか感心している。
(やめて、評価いらない)
帰り道。
腹は満たされた。
心は、
少しだけ軽い。
「……無料飯、いけるな」
危険思想が芽生えた。
宿に戻ると、女将が言った。
「どこで食べてきたんだい」
「……村の善意です」
「気をつけな。それ、癖になるよ」
重い。
ベッドに倒れ、
俺は思った。
「……明日も、善意探しから始めよう」
こうして俺は、
この世界で
一番地味な生存スキルを
身につけつつあった。




