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ギルドの扉をレナが蹴り開けた。
「でかいの出たよー!」
報告が雑すぎる。
昼間のギルドはいつも通り騒がしく、酔っぱらいと依頼書と怒号が混ざっている空間だったが、その一言で一瞬だけ静まり返った。
「でかいって何が?」
「猪の親戚か?」
「また壊すのか?」
違う。
壊す前提で話すな。
俺は前に出る。
「森の北側で露出した遺跡は封印構造だった、核が破壊されており、内部は空、封じられていた何かが外に出た可能性が高い」
説明は簡潔に。
空気がゆっくり重くなる。
受付嬢が恐る恐る聞く。
「……どれくらい危険ですか?」
レナが両手を広げる。
「でかい」
抽象的すぎる。
「具体的に」
「でかい」
語彙が死んでいる。
俺が補足する。
「巨大猪より大きい」
ざわつく。
「嘘だろ」
「森のボス級か?」
「封印って言ったよな?」
言った。
レナがにこにこしながら付け足す。
「甲殻ついてた」
余計怖い。
誰かが小声で言う。
「……それ、昔話に出てくるやつじゃないか?」
知らないが、その“昔話”が嫌な方向なのは分かる。
そのときだった。
ドン。
低い振動が床を伝った。
ギルドの窓がわずかに揺れる。
全員が固まる。
レナだけが嬉しそうだ。
「来た?」
来るな。
もう一度。
ドン。
今度ははっきり分かる揺れ。
外から悲鳴が上がる。
「森が揺れたぞ!」
誰かが走り込んでくる。
「でかい影が出た!」
レナが振り返る。
「ほら」
ドヤ顔するな。
俺は即座に状況を整理する。
距離はまだあるはずだ。
だが振動が届くということは、森を抜けてきている。
速くはない。
だが確実だ。
受付嬢が震えた声で言う。
「どうすれば……」
レナが言う。
「戦う?」
軽い。
軽すぎる。
俺は深く息を吸う。
「まず確認する」
「もう確認したじゃん」
「町に入る前にだ」
そのとき、三度目の振動。
今度はさらに強い。
天井の埃がぱらりと落ちる。
外で誰かが叫ぶ。
「見えたぞ!」
ギルド中の視線が入口へ向く。
レナが剣の柄を叩く。
「行こ」
俺は頷く。
「正面で止める」
「止まるかな」
「止める」
レナが笑う。
「いいね」
外に出ると、森の縁にそれはいた。
黒い。
でかい。
甲殻が月光を弾いている。
四足がゆっくりと動くたびに、地面が沈む。
町までは、あと少し。
レナがぽつりと言う。
「ほんとにでかい」
「今さらだ」
黒殻の獣が、ゆっくりと顔をこちらへ向ける。
目は見えない。
なのに、確実に“見られている”。
嫌な圧が町を包む。
誰かが後ずさる。
誰かが剣を抜く。
レナが前に出る。
「で、どうする?」
俺は短く答える。
「入らせない」
黒殻の獣が、一歩踏み出す。
地面が鳴る。
町の入口がきしむ。
レナが小さく笑う。
「じゃ、挨拶してくる」
止める暇もなく、地面を蹴った。
本当に面倒なのは、ここからだ。




