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森が静かだった。
……いや、静かすぎた。
「鳥いなくない?」
レナが上を見上げる。
本当にいない。
いつもならうるさいくらい鳴いてるくせに、今日は一羽もいない。
風も弱い。
木も揺れない。
魔物の気配もない。
森が、まるで“気配を殺している”みたいだ。
俺は言う。
「帰るか」
「早いよ」
「嫌な静けさだ」
「びびってる?」
「森が」
「森がびびるって何」
正論を言うな。
きっかけは、地面の陥没だった。
巨大猪が暴れた北側の森。
地面がごっそり沈んで、石階段が露出しているらしい。
ギルドでその話を聞いたときの反応はこうだ。
「宝だろ」
「罠だな」
「どっちにしろ金」
そしてレナは即答した。
「行こ」
お前の判断基準、常に単純だな。
現場は思ったよりでかかった。
地面が円形に沈み、その中心に石階段。
いかにも“古代遺跡です”って顔してる。
レナが覗き込む。
「暗いね」
「そりゃ地下だからな」
「宝ありそう」
「罠もありそう」
「半々?」
「九割罠」
レナが笑う。
「行こ」
なぜだ。
階段を降りる。
ひんやり。
空気が重い。
壁に刻まれた模様。
円と鎖と妙な文字。
レナが触ろうとする。
「触るな」
「なんで」
「触っていい遺跡模様、見たことあるか?」
「ない」
「だろ」
少し進む。
床に骨。
魔物の骨だ。
しかも出口方向を向いて倒れている。
レナがしゃがみ込む。
「襲われた?」
「逃げた」
「何から?」
俺は壁を見る。
刻まれた紋様の配置。
円が外へ向かって閉じている。
これは“中に入れる”構造じゃない。
「……封印だ」
「何それ」
「閉じ込めるための場所」
レナが一瞬黙る。
「何を?」
それを言おうとした瞬間だった。
奥から音がした。
ゴリ、と。
石を引きずるような、重い音。
レナの目が光る。
「いるね」
「追うな」
「なんで」
「封印されてた何かは、大体ロクでもない」
経験則だ。
奥の大空間。
天井高い。
中央に石柱。
鎖。
そして。
床に砕けた球体。
ひび割れ、黒く焦げている。
レナが言う。
「壊れてるね」
「最近だ」
断面が新しい。
風化していない。
つまり。
「中身は?」
レナがきょろきょろする。
静か。
何もいない。
本当に何もいない。
レナが肩をすくめる。
「空っぽ?」
俺はゆっくり言う。
「違う」
足元を見る。
床に、巨大な爪痕。
石が抉れている。
「もう出てる」
レナが笑う。
「じゃあ追う?」
「帰る」
「なんで!」
「封印されてたんだぞ」
「でも倒せばいいじゃん」
理屈が雑。
そのとき。
奥の通路のさらに向こう。
ドン。
地面がわずかに震える。
空気が揺れる。
レナが剣に手をかける。
俺も振り向く。
影が、横切った。
ほんの一瞬。
巨大な四足。
黒い甲殻。
目が、ない。
いや、見えない。
レナがぽつりと言う。
「でか」
正直すぎる感想やめろ。
それはゆっくりと通路の奥へ消えた。
追えば追える距離。
でも。
本能が言っている。
やめろ、と。
俺は言う。
「撤退」
レナが不満そうにこっちを見る。
「勝てそうだったよ?」
「“そう”は信用しない」
「じゃあ何するの」
俺は石柱を見上げる。
砕けた封印核。
鎖。
抑制陣。
「調べる」
「つまんない」
「死ぬよりはいい」
レナは数秒考えてから、にやっと笑う。
「準備してからなら、暴れていい?」
「制御できる範囲でな」
「努力する」
信用ならない。
地上へ戻る。
森はさらに静かだ。
嫌な静けさ。
そのとき。
森の奥で、また音。
ドン。
今度は少し近い。
木々の向こうに、巨大な影。
甲殻が月光を弾く。
四足が地面を踏む。
そして。
町の方向を向く。
レナが笑う。
「町行くね、あれ」
俺も見る。
はっきり見えた。
あれは――
普通じゃない。
「……準備、急ぐぞ」
レナが剣を肩に担ぐ。
「大きい敵は好き」
俺はため息を吐く。
「封印されてたやつを“好き”で済ますな」
森の奥で、もう一度。
ドン、と地面が鳴った。
町はまだ、何も知らない。
本当に面倒なのは――
これからだ。




