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小物の異世界生活  作者: おこげ


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55/69

55

掲示板のいちばん端、風で半分めくれかけている紙を、俺は何気なく押さえた。

【倉庫の備品確認。数が合わない】

報酬:昼飯代。

どう考えても割に合わない。

レナが横から覗き込み、三秒で結論を出す。

「帰る」

即断すぎる。

「待て。戦闘なしだぞ」

「戦闘ないなら、なおさらあなた案件でしょ」

正論を刃物みたいに投げるな。

だが受付嬢がカウンターの向こうで、帳簿を抱えながら今にも泣き出しそうな顔をしている。

「どうしても……どうしても数が合わなくて……」

その“どうしても”を二回言うのは、本当に困っているときのやつだ。

仕方ない。

俺は依頼書を剥がす。

なぜかレナもついてきた。

「なんで来る」

「あなた一人だと日が暮れそうだから」

否定できないのが悔しい。

倉庫の扉を開けた瞬間、俺は悟った。

これは戦闘よりひどい。

埃が舞う。

棚は傾き、箱は積み上がり、槍と盾とよく分からない袋が混在している。

整理という概念が存在しない空間だ。

レナが腕を組み、真顔で言う。

「斬っていい?」

「何をだ」

「この状況」

物理で解決しようとするな。

俺は帳簿を広げる。

“長槍:12”

“丸盾:8”

“訓練用木剣:35”

文字だけは整然としているのが腹立つ。

「分担するぞ」

「どうやって」

「左列はお前、右列は俺。数えたら声に出せ」

「地味」

「地味でいい」

五分後。

レナが淡々と言う。

「長槍、12」

俺は自分の列を数え終えてから答える。

「11だ」

空気が止まる。

「12ある」

「ない」

二人で同じ場所を数える。

11。

レナが俺を見る。

「あなた、一本背負ってる?」

大道芸じゃない。

もう一度数える。

やっぱり11。

沈黙。

俺は床を見る。

微妙に盛り上がっている板がある。

嫌な予感というのは、たいてい当たる。

板を外す。

下から槍が出てくる。

なぜ床下収納。

レナが笑う。

「備品って隠すものだっけ?」

違う。

12。

帳尻は合ったが、精神が削れた。

次。

丸盾。

「8」

「7」

またか。

今度は天井を疑う自分がいる。

なぜだ。

レナが棚によじ登り、埃をかぶりながら言う。

「上にはない」

俺は床を叩く。

音が違う。

やめろこの倉庫。

板を外す。

盾。

また床。

床万能すぎる。

「このギルド、床に信頼置きすぎじゃない?」

レナの言葉に反論できない。

問題は木剣だった。

「35」

「34」

嫌な数字だ。

一本足りない。

倉庫中を見回す。

箱をどけ、袋を開け、樽を転がし、俺たちは完全に埃まみれになる。

レナが言う。

「一本くらい誤差でよくない?」

「ダメだ。受付嬢が泣く」

「あなた、受付嬢基準で動いてるの?」

違うと言い切れないのがつらい。

ふと、入口を見る。

扉が開きっぱなしにならないよう、棒で固定してある。

嫌な予感。

抜く。

木剣。

35。

なぜ武器をドアストッパーに使う。

レナが腹を抱えて笑う。

「これが戦わずして使われる武器?」

やめろ。

ようやく終わったと思ったとき、帳簿の一番下に目が止まる。

“謎の木箱:1”

知らない単語を増やすな。

倉庫の奥。

埃をかぶった箱がある。

鍵付き。

レナが目を輝かせる。

「宝箱?」

「嫌な予感しかしない」

鍵は壊れている。

レナが躊躇なく剣でこじ開ける。

だから物理で解決するな。

開く。

中身は紙。

大量の紙。

俺は一枚手に取る。

“市場露店配置最適化案”

やめろ。

レナが別の紙を読む。

「“パン屋行列制御法・改訂版”」

やめろ。

「“宿部屋割り効率図”」

全部俺だ。

受付嬢が顔を出す。

「あっ……それ、参謀さんの資料で……」

なぜ倉庫保管。

「大事そうだったので……」

床下に入れなかっただけマシか。

レナが笑いすぎて座り込む。

「戦術家様、町内会の守護神だった」

言い方。

整理は終わった。

倉庫は多少マシになった。

帳簿は合った。

精神は削れた。

報酬は昼飯。

ギルドの食堂で、俺はスープをすすりながら思う。

戦闘の方が楽だ。

敵は明確だ。

床は襲ってこない。

レナがパンをかじりながら言う。

「今日の敵は床だったね」

「あと扉」

「あと帳簿」

増やすな。

少し黙ったあと、レナが言う。

「でもさ」

俺を見る。

「あなたが数えてると、ちゃんと終わる気がした」

軽い。

だが嘘がない。

重くない評価。

それが妙に落ち着く。

俺はスープを飲み干す。

「次は魔物で頼む」

レナが笑う。

「床が魔物じゃなければいいね」

そのとき受付嬢が新しい紙を持ってくる。

嫌な予感しかしない。

【裏庭物置、鍵紛失。中身確認求む】

レナが即答する。

「逃げる」

俺も同意する。

だが受付嬢がまた“どうしても”の顔をしている。

俺は天井を見る。

本当に。

本当に戦闘の方が楽かもしれない。

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