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掲示板のいちばん端、風で半分めくれかけている紙を、俺は何気なく押さえた。
【倉庫の備品確認。数が合わない】
報酬:昼飯代。
どう考えても割に合わない。
レナが横から覗き込み、三秒で結論を出す。
「帰る」
即断すぎる。
「待て。戦闘なしだぞ」
「戦闘ないなら、なおさらあなた案件でしょ」
正論を刃物みたいに投げるな。
だが受付嬢がカウンターの向こうで、帳簿を抱えながら今にも泣き出しそうな顔をしている。
「どうしても……どうしても数が合わなくて……」
その“どうしても”を二回言うのは、本当に困っているときのやつだ。
仕方ない。
俺は依頼書を剥がす。
なぜかレナもついてきた。
「なんで来る」
「あなた一人だと日が暮れそうだから」
否定できないのが悔しい。
倉庫の扉を開けた瞬間、俺は悟った。
これは戦闘よりひどい。
埃が舞う。
棚は傾き、箱は積み上がり、槍と盾とよく分からない袋が混在している。
整理という概念が存在しない空間だ。
レナが腕を組み、真顔で言う。
「斬っていい?」
「何をだ」
「この状況」
物理で解決しようとするな。
俺は帳簿を広げる。
“長槍:12”
“丸盾:8”
“訓練用木剣:35”
文字だけは整然としているのが腹立つ。
「分担するぞ」
「どうやって」
「左列はお前、右列は俺。数えたら声に出せ」
「地味」
「地味でいい」
五分後。
レナが淡々と言う。
「長槍、12」
俺は自分の列を数え終えてから答える。
「11だ」
空気が止まる。
「12ある」
「ない」
二人で同じ場所を数える。
11。
レナが俺を見る。
「あなた、一本背負ってる?」
大道芸じゃない。
もう一度数える。
やっぱり11。
沈黙。
俺は床を見る。
微妙に盛り上がっている板がある。
嫌な予感というのは、たいてい当たる。
板を外す。
下から槍が出てくる。
なぜ床下収納。
レナが笑う。
「備品って隠すものだっけ?」
違う。
12。
帳尻は合ったが、精神が削れた。
次。
丸盾。
「8」
「7」
またか。
今度は天井を疑う自分がいる。
なぜだ。
レナが棚によじ登り、埃をかぶりながら言う。
「上にはない」
俺は床を叩く。
音が違う。
やめろこの倉庫。
板を外す。
盾。
また床。
床万能すぎる。
「このギルド、床に信頼置きすぎじゃない?」
レナの言葉に反論できない。
問題は木剣だった。
「35」
「34」
嫌な数字だ。
一本足りない。
倉庫中を見回す。
箱をどけ、袋を開け、樽を転がし、俺たちは完全に埃まみれになる。
レナが言う。
「一本くらい誤差でよくない?」
「ダメだ。受付嬢が泣く」
「あなた、受付嬢基準で動いてるの?」
違うと言い切れないのがつらい。
ふと、入口を見る。
扉が開きっぱなしにならないよう、棒で固定してある。
嫌な予感。
抜く。
木剣。
35。
なぜ武器をドアストッパーに使う。
レナが腹を抱えて笑う。
「これが戦わずして使われる武器?」
やめろ。
ようやく終わったと思ったとき、帳簿の一番下に目が止まる。
“謎の木箱:1”
知らない単語を増やすな。
倉庫の奥。
埃をかぶった箱がある。
鍵付き。
レナが目を輝かせる。
「宝箱?」
「嫌な予感しかしない」
鍵は壊れている。
レナが躊躇なく剣でこじ開ける。
だから物理で解決するな。
開く。
中身は紙。
大量の紙。
俺は一枚手に取る。
“市場露店配置最適化案”
やめろ。
レナが別の紙を読む。
「“パン屋行列制御法・改訂版”」
やめろ。
「“宿部屋割り効率図”」
全部俺だ。
受付嬢が顔を出す。
「あっ……それ、参謀さんの資料で……」
なぜ倉庫保管。
「大事そうだったので……」
床下に入れなかっただけマシか。
レナが笑いすぎて座り込む。
「戦術家様、町内会の守護神だった」
言い方。
整理は終わった。
倉庫は多少マシになった。
帳簿は合った。
精神は削れた。
報酬は昼飯。
ギルドの食堂で、俺はスープをすすりながら思う。
戦闘の方が楽だ。
敵は明確だ。
床は襲ってこない。
レナがパンをかじりながら言う。
「今日の敵は床だったね」
「あと扉」
「あと帳簿」
増やすな。
少し黙ったあと、レナが言う。
「でもさ」
俺を見る。
「あなたが数えてると、ちゃんと終わる気がした」
軽い。
だが嘘がない。
重くない評価。
それが妙に落ち着く。
俺はスープを飲み干す。
「次は魔物で頼む」
レナが笑う。
「床が魔物じゃなければいいね」
そのとき受付嬢が新しい紙を持ってくる。
嫌な予感しかしない。
【裏庭物置、鍵紛失。中身確認求む】
レナが即答する。
「逃げる」
俺も同意する。
だが受付嬢がまた“どうしても”の顔をしている。
俺は天井を見る。
本当に。
本当に戦闘の方が楽かもしれない。




