今日 まで 回
朝、財布を開いた俺は、
そっと閉じた。
理由は簡単だ。
中身が
現実を突きつけてきたから。
銀貨一枚。
銅貨二枚。
以上。
「……減ってない?」
昨日から何も買ってない。
宿泊費と朝食だけだ。
なのにこの心許なさ。
「異世界、物価の圧が強い……」
階下に降りると、女将がいた。
「今日はどうするんだい」
「生きます」
「それは前提だよ」
女将はカウンターを指で叩く。
「今夜までだからね」
「今日含めて?」
「今日“まで”」
外に出る。
村は今日も平和だ。
平和すぎて、
俺の財布事情を誰も知らない。
露店のパン。
湯気が出ている。
「一個、銅貨二枚」
(買ったら、終了)
俺は匂いだけ吸って立ち去った。
ギルド前を通る。
通るだけだ。
入らない。
掲示板が、
やけに目に入る。
・薬草採取(安全)
・倉庫整理
・羊探し
(羊……昨日もあったな)
羊は可愛い。
だが、
可愛い仕事ほど罠だ。
俺は道端のベンチに座った。
何もしないで金が減る。
働けば死ぬ可能性がある。
詰みでは?
「……一回、人生リセマラしたい」
空は異様に青い。
そこへ、
昨日の冒険者が通りかかった。
「お、新顔」
「どうも」
「依頼、受けないの?」
「受けたら金より先に命が尽きそうで」
「分かる」
分かるな。
昼。
俺は水を飲んでいた。
水は無料。
神。
その横で、
子どもがパンを落とした。
パンが転がる。
一瞬、
世界がスローモーションになった。
(……拾ったら犯罪?)
拾わなかった。
俺にはまだ、
最低限のプライドがある。
宿に戻る。
女将が腕を組んでいる。
「昼、食べてないね」
「水は飲みました」
「それは飲食じゃない」
「水は命です」
「金も命だよ」
名言が重い。
部屋に戻り、
ベッドに座る。
財布を机に置く。
「……銀貨一枚」
これでできることを考える。
・宿泊 → 消える
・食事 → 消える
・依頼 → 死ぬ可能性
選択肢が全部BAD END寄り。
夕方。
ギルドの前で、
俺は立ち尽くしていた。
入らない。
入らないが、
近づく。
「……見るだけ」
自分に言い訳しながら、
掲示板を読む。
【倉庫整理:半日】
【報酬:銅貨五枚】
【危険度:なし】
俺は、
五回読み直した。
「……本当に?」
受付嬢が気づく。
「何かご用ですか?」
「いえ……視力検査を」
「倉庫整理ですね」
即断が怖い。
「敵、出ません?」
「出ません」
「罠は?」
「ありません」
「実は魔物の巣とか」
「倉庫です」
俺は汗をかいていた。
ここで受けると、
「初依頼」になる。
だが受けないと、
今夜、路上。
究極の選択。
結論。
「……今回は、見送ります」
受付嬢が目を丸くした。
「え」
「倉庫、崩れたりしません?」
「しません」
「急に燃えたり」
「しません」
「……そうですか」
俺は深く頭を下げた。
「命が、惜しいので」
外に出る。
夕焼けが綺麗だ。
綺麗すぎて、
財布の中身が
余計に虚しい。
「……今日は、水で耐えよう」
小物は、
空腹より恐怖を選ぶ。
夜。
宿のベッドで、
俺は天井を見つめていた。
銀貨一枚が、
月明かりで光る。
「……明日こそ、本当にヤバい」
だが今日は、
まだ生きている。
それだけで、
この世界では
勝ちなのかもしれなかった。




