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始まりは、本当にどうでもよかった。
朝。
パン屋が遅刻した。
理由。
「戦略的二度寝だ」
やめろ。
俺はギルドの隅でパンをかじっていた。
そこへ八百屋が来る。
「今日はな、戦術的に店を半開きにする」
ただ寝坊だろ。
気づけば町じゅうが“それっぽい言葉”を使い始めた。
鍛冶屋。
「この剣はな……いや剣じゃないけど……
これは攻撃的農具だ」
ただのクワだ。
洗濯中のおばちゃん。
「今日は陽光の配置が完璧」
干しただけだ。
そしてなぜか、俺を見る。
「どうだ、参謀」
知らん。
昼。
広場で事件。
パンの取り合い。
勇者と子どもが同時に最後の一個へ手を伸ばす。
空気が張り詰める。
誰かがささやく。
「参謀はどう見る……?」
見ない。
俺は言う。
「半分こ」
勇者が言う。
「なるほど」
子どもが言う。
「さすが」
さすがじゃない。
普通だ。
しかし町は騒ぐ。
「資源の再分配!」
「争いの回避!」
「最小損失!」
パンだぞ。
夕方。
さらに進化する。
子どもたちが遊んでいる。
鬼ごっこ。
だが言い方が違う。
「今から包囲網を敷く!」
「陽動だ!」
「退路を断て!」
ただ走ってるだけだ。
ミレアが呆れ顔で俺に言う。
「町がちょっとおかしいです」
「前からだろ」
「言葉の使い方がです」
確かに。
全員が“それっぽく”なっている。
夜。
ギルドで飲み会。
鍛冶屋が言う。
「参謀、今日はどう動く」
「帰る」
「撤退か……!」
帰宅だ。
そして翌日。
掲示板に新しい注意書きが増える。
【※戦略的無断欠勤は禁止】
ただの無断欠勤だろ。
なぜこうなったのか。
たぶん。
俺が昔、何気なく言った一言が原因だ。
畑仕事のとき。
「無理に動くな。
様子を見ろ」
それだけ。
それだけが、町の中で発酵した。
今やパンを食べるのも
「計画的摂取」
寝るのも
「体力温存戦略」
昼寝は
「長期戦構想」
もう全部そうだ。
俺は壁にもたれる。
何もしていない。
なのに町は勝手に“作戦化”していく。
ミレアがぽつり。
「でも、ちょっと楽しいですね」
町を見る。
勇者が真顔で
「これは心理戦だ」
と言いながら犬とにらみ合っている。
犬、寝る。
「勝った……」
何にだ。
そして遠く。
旅人が町に入ってくる。
第一声。
「この町、会話が物騒だな……」
違う。
ただのバカだ。




