にこやかな回
馬車から降りてきた男は、やけににこやかだった。
前回の黒外套とは違う。
柔らかい笑顔。
丸眼鏡。
書類を抱えている。
いかにも“文官”。
嫌なタイプだ。
「この度は大変ご迷惑を」
深々と頭を下げる。
町人たちがざわつく。
王都の人間が頭を下げた。
珍しいらしい。
俺は壁に溶ける。
関係ないふり。
だが男の視線は一直線。
やめろロックオンするな。
「あなたが例の……」
違う。
俺は猫担当だ。
「参謀殿」
その呼び方をやめろ。
町人たちがまたざわつく。
やめろ評価を再燃させるな。
男は丁寧に説明を始めた。
「あの箱は、調査資料です」
知ってる。
「第七種不安定核に関する」
嫌な単語。
町人が手を挙げる。
「爆発するの?」
男は即答。
「しません」
よかった。
全員ほっとする。
「ただし」
やめろ“ただし”。
「扱いを誤ると、混乱が拡大します」
抽象的すぎる。
ミレアが小声で言う。
「心理誘導型」
何それ。
どうやら。
第七種不安定核とは。
“情報そのもの”らしい。
広まると騒動になる。
誤解を生む。
噂が連鎖する。
つまり。
紙爆弾。
最悪。
男は言う。
「本来は王都内で封印管理されるはずでした」
「それがなぜ井戸に」
「輸送中の事故です」
嘘くさい。
町人Aが叫ぶ。
「井戸に落ちる事故あるか!?」
正論。
男はにこやか。
「それを調査するのが我々の仕事です」
信用できない笑顔。
そして。
さらっと言った。
「ところで、箱を開封されたのは」
全員が俺を見る。
やめろ。
俺は即答。
「勝手に開いた」
事実。
男がメモする。
「偶発開封、と」
やめろ記録するな。
ミレアが言う。
「既に数名が文書を閲覧」
町人がビクッとする。
男は慌てない。
「問題ありません」
「広まっていませんか?」
町人たち、目を逸らす。
絶対広まってる。
案の定。
夕方には町中で噂。
「王都が何か隠してる」 「第七種って七回爆発するって意味?」
勝手に解釈するな。
俺は頭を抱える。
これだ。
これが“情報の不安定”。
男が俺の横に立つ。
距離が近い。
「参謀殿」
やめろ。
「お願いがあります」
嫌だ。
「この町での沈静化を」
帰れ。
王都案件だろ。
俺ははっきり言う。
「俺は小規模専門です」
男がうなずく。
「ええ。だからこそ」
やめろ。
理屈を通すな。
「これは大規模に見えて、まだ小規模です」
屁理屈だ。
「噂が町単位のうちに止めたい」
止めたいのは俺の胃痛だ。
ミレアが冷静に言う。
「拡散前なら処理可能」
味方するな。
俺は考える。
爆発はしない。
でも。
放っておくと、勝手に大きくなる。
火じゃない。
風だ。
俺はため息。
「……井戸の前に紙を貼る」
男が瞬き。
「注意喚起?」
「違う」
翌朝。
井戸前に貼り紙。
【中身は難しい書類です。
読んでもよく分かりません。
つまらないです。】
町人が読む。
「……つまらないのか」
「じゃあいいや」
人は単純だ。
さらに。
俺はギルドで言う。
「爆発もしないし、宝もない」
大声で。
「ただの役所のミス」
少し盛った。
町人たちの熱が下がる。
噂は弱い。
燃料がなければ消える。
男が感心する。
「なぜ“つまらない”と」
「興味がなくなるから」
本音。
ミレアが言う。
「期待値操作」
勝手に専門用語にするな。
夕方。
町はほぼ平常。
井戸はまだ封鎖中だが、
誰も騒がない。
男は深々と頭を下げる。
「助かりました」
違う。
俺は面倒を最小化しただけだ。
去り際。
男が小さく言う。
「王都にはもっと大きな“核”がある」
聞きたくない。
「今回は偶然落ちました」
偶然多すぎる。
馬車が去る。
町は静か。
井戸も静か。
俺も静か。
ミレアが言う。
「結局、王都案件を処理しました」
「小さくな」
「範囲内です」
ギリギリだ。
俺は思う。
大規模は嫌だ。
でも。
大規模は、分解すれば小さくなる。
たぶん。
今の俺にできるのは、
それだけだ。
そして翌日。
掲示板。
【井戸再開準備 立会い】
普通の仕事。
ほっとする。
だが。
掲示板の端に、
小さな文字。
【王都調査協力者(非公式)】
消せ。
その肩書きは消せ。




