何もしない予定回
朝は、思ったよりうるさかった。
宿屋の下から聞こえる、鍋を叩く音。
誰かが階段を駆け下りる音。
外では鶏が、人生に不満があるレベルで鳴いている。
「……異世界、目覚まし雑すぎない?」
ベッドから起き上がると、
木の床が「ミシッ」と文句を言った。
「ごめんて」
謝る相手を間違えながら、俺は服を整える。
昨日と同じ服。
洗濯?知らない文化だ。
窓を開けると、
朝の村が広がっていた。
白い湯気を上げるパン屋。
井戸の前で水を汲む女たち。
剣を腰に下げた冒険者が、
明らかに二日酔いの顔で歩いている。
「……平和だな」
平和すぎて、逆に怖い。
階下に降りると、女将がいた。
「朝食、銀貨一枚」
「食べます」
即答だった。
異世界での優先順位は
命>飯>プライド。
パンは固い。
スープは薄い。
だが、温かい。
「……うまい」
自分で言って、少し引いた。
隣の席では、
冒険者らしき男たちが話している。
「昨日の依頼、報酬安すぎだろ」
「スライム十匹で銅貨五枚だぞ」
「十匹倒す前に心が折れる」
俺は耳を澄ませる。
(スライム……安い……)
頭の中で、
「危険度」と「報酬」を天秤にかける俺。
結論:やらない。
食後、村を歩く。
石畳はところどころ欠けていて、
雨が降ると水たまりになるタイプだ。
露店では、
干し肉、薬草、
用途不明の石。
「これ何に使うんですか」
「お守り」
「効果は」
「気分」
「最強じゃないですか」
一応買おうとして、
値段を聞いてやめた。
気分より宿代だ。
鍛冶屋の前では、
火花が飛び、
鉄を打つ音が響く。
「おお、新顔か?」
「はい。何もしない予定の新顔です」
「はっはっは!」
笑ってくれた。
通じてない。
剣が並ぶ棚を見る。
どれも重そうで、
俺の人生より責任がある。
「武器、持たないのか」
「持つと戦わされそうなので」
「賢いな」
なぜか褒められた。
昼前、
広場では子どもたちが走り回っている。
木の棒を振り回し、
「勇者!」とか叫んでいる。
俺が小さい頃は、
もっと地味な遊びしてた気がする
その横で、母親たちが井戸端会議。
「最近、魔物増えてない?」
「でも被害ないわよ」
「冒険者が多いからねえ」
(魔物はいる)
(被害は少ない)
(つまり、前線は誰かがやってる)
俺は深く頷いた。
「……いい分業社会だ」
昼過ぎ、
冒険者ギルドの前に立つ。
大きな看板。
中から聞こえる笑い声と怒鳴り声。
ドアを開けて、
三秒で後悔した。
「うるさい」
情報量が多い。
掲示板には、
討伐、護衛、採取。
「初心者歓迎」の文字が、
一番信用ならない。
受付嬢と目が合った。
「登録ですか?」
「見学です」
「……見学?」
「将来の自分に期待して」
「変わった方ですね」
褒め言葉として受け取った。
夕方。
何もしていないのに、
なぜか疲れていた。
宿に戻り、
ベッドに倒れ込む。
「……今日、生き延びただけで百点では?」
天井を見上げる。
木の梁。
小さな虫の影。
外では、
夕飯の匂いと、
誰かの笑い声。
英雄譚は、
たぶん別の場所で始まっている。
俺は、
この村の片隅で、
全力で関わらない努力をしていた。
「明日も……観察でいいかな」
小物は小物なりに、
慎重に、
異世界一日目を終えた。




